第8話 Side クレナ episode.5

 その後父さんと連絡をとり、家で合流した私たちは先程見た光景について説明した。


だが、父さんは驚いた様子でもなく淡々と話し始めた。


「会社でな、『娘さんがあんな大きな事故で生死を彷徨ってるのに

こんな所へ来ている場合じゃないでしょう』って


それで、今お前たちの話を聞いて思い出したんだ。


セレンは、交通事故で病院にいるはずなんだよ」


その一言は想定外で、でもなぜだが心の空白にすっぽりと収まってくれて


そこにきっちりとハマるピースだったような気がする程に。


「4月1日に横断歩道の上で、トラックに轢かれたはずなんだ」


少しだけ震え始めるその肩がこの言葉に現実味を抱かせる。


「でもな、病院に連絡してもつながらないんだ。

というより、俺たち以外の主要な人間以外誰もいないんだ」


そういえば、街へ向かう道中も殆ど人がいなかった。


見慣れたはずの八百屋のおじさんも

活気のいい声で声を掛けてくれる魚屋の主人もいなかった。


「……なぁ2人とも。もしかしたらだけど

この世界はセレンの死を認めない為に繰り返して……」


そう話し始めた途端


父さんの体が崩れ始めた。


四肢の末端から中枢へ向かって

サラサラと灰色の粉になって降り注ぐ。


「なん、だよこれ」


そう紡ぐ間にも、崩れていく父さんの体。


人の体が塵になる


そんな現象を見たこともないし、聞いたこともない。


でもそれは確かに目の前にあって

今ここで起こっている事象には違いないのだ。


「おやじさん!」


クロウが手を伸ばす。

父さんも必死に手を伸ばしたように思ったが

その手はもう塵と化して互いに何も掴むことは出来なかった。


斯くいう私は、目の当たりにした不可解な事実に対し

思考を巡らせるばかりで、何も行動出来なかった。


そうして、時間にすればきっとたったの数分だったはずの時間過ぎ去った。


私はその場に立ち尽くしたままで


クロウは灰になった父の前に膝をついていた。


「クロウ、行こう。このおかしな世界を正さなければ」

そう声をかけて私はクロウの手を強く握りしめた。

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