第2話 お兄ちゃんって、爆乳が好きなの?

 結婚とは――

 そもそも、相手がいなければいけないのだが……。

 今まさに、その相手が見つかったような気がする。


 と、体育館にいる阿久津久人あくつ/ひさとは思った。


 だがしかし、問題点は山済みである。

 告白してきた女の子は、美少女でかつ、爆乳。その上、学校内で一番階級の高い組織――生徒会役員に所属している子なのだ。


 大半の男子生徒が付き合ってみたいランキング一位の存在であり、そんな子から告白されてしまった今、久人の立場は危うかった。

 悍ましい視線が、背中や左右から突き刺さってくるようだ。


「……」


 久人は無言のまま、硬直し続けていた。


『阿久津久人。返答が欲しいのだけど……』


 マイク越しに、フルネームで問いかけてくる生徒会長の神崎恵令奈かんざき/えれな

 俯きがちだった久人は顔を上げ、辺りをチラッと見、体育館の壇上の方へと視線を向けたのである。


 辺りにいる人は久人を睨んでいるのは事実。壇上にいる生徒会長は、悲し気な瞳で久人にことを見つめているのだ。

 そ、そんな目で見ないでくれ……。


 久人は、憎悪の塊しかいない場所で、生徒会長から、心配そうに見つめられているのである。

 どうしたらいいのだろうか?


 返答をするにしても、皆の反応が怖くて、言い出せなかったのだ。


『阿久津久人? 返事は? 私、結婚前提で勇気をもって、告白したんだけど……』


 恵令奈の声が一段階下がったような気がする。

 こんなでいいのか?

 生徒会長を悲しませたままでもいいのか?


 生徒会長の恵令奈は、爆乳だ。

 見間違いがないほどに、おっぱいがデカいのである。

 そんな美少女からの問いかけのチャンスなんて、そうそうない。


「……お、俺……」


 久人は決心を固め、勇気をもって返答しようとした。

 ようやく口を開けたのである。


 刹那――


『えー、っと……生徒会長? 一体、何を言っておられるのでしょうか? 今は全校集会なのですが……』


 生徒会役員の一人が、冷静でかつ、真っ当な発言をマイク越しにしたのである。


『え、あ、んん、そ、そうね。わ、私、何言ってんだろ……んんッ、場違いな発言だったわね……』


 恵令奈えれなは少々慌てた態度を見せつつも不満げな顔を浮かべ、クラスごとに並んでいる久人をチラッと睨むように見るなり、咳払いをしていたのだ。


『では、そろそろ、本題に入らせてもらいます。では、先月のことになるんですが――』


 恵令奈はマイクを片手に、気分を切り替えて淡々と話し始めている。

 さすがは生徒会長だと思う。


 それと同時に、返答するのが遅れてしまい、変に気まずくなったのだ。


 生徒会長には悪いと思いつつ、恨みにも似た視線を感じつつ、全校集会をやり遂げるのだった。






「っていうか、あいつじゃん」

「そうだな」

「生徒会長からの告白に返答しないとか、最低ね」


 午前中の授業が終わった瞬間。

 廊下を歩いている久人は、周りにいる女子生徒から指を刺されつつ、最低呼ばわりされていたのだ。


 告白しても恨まれるだろうし、しなかったとしても最低だと言われるのだ。

 どうしたらいいんだ……。


 久人ひさとは内心、モヤモヤしながら、気まずい廊下を俯きがちな姿勢で移動し、校舎の裏側に先早に向かうのだった。


 校舎の裏には、基本的に殆どの人がいないのである。

 故に、今の四面楚歌のような絶望的な状態から解放され、最適な昼食環境だと思った。


 久人は、そこの木製のベンチに腰掛け、事前に学校に持ってきていたパンを袋から出し、一旦、冷静になり、それを一口だけ口にしたのだ。


「はああ……やっと、冷静になれたよ……」


 久人はゆっくりと深呼吸するかのように息を吐いた。


 それにしても、爆乳な生徒会長から、直接告白されるとは思ってもみなかったのだ。

 しかも、全校集会の時に、公開告白とか。

 今振り返っても、急に気恥ずかしくなり、久人は頭を抱え込んでしまったのだ。



 今日の朝の全校集会が終わった後の体育館は人が多く。その上、他の人から憎悪のこもった睨みから逃れるために、必死であった。

 だから、生徒会長のところへ、返事をしに行くことなんてできなかったのだ。


 昼食時間になった今、生徒会長から呼び出されることも、廊下で出会うこともなかったため。彼女がしてきた告白は何かの勘違いだと思った。


「だよな……俺みたいな奴が、爆乳な先輩に告白されるなんてな……」


 ふと、ため息を吐いたのだ。

 その時だった。


「ねえ、お兄ちゃん、何が爆乳なのかな?」

「え……え⁉ 弥生⁉ いつからそこに⁉」


 久人は体をビクつかせ、背後を見た。

 そこには、ツインテール風の髪型をした小柄な体系の妹、阿久津弥生あくつ/やよいが佇んでいたのだ。


「さっきからいたよ? お兄ちゃんの背後にね」

「そうなのか?」

「うん、お兄ちゃんが裏庭に向かって廊下を歩いている時からずーっと後ろにいたし」


 久人専属の背後霊みたいな子である。

 それはともかくとして。今は、妹の話に耳を傾けることにしたのだ。


「……さっきの俺の言葉も」

「うん。独り言だよね? 聞いていたよ」


 妹の弥生やよいは笑みを見せつつ、久人の左隣のベンチに腰を下ろすのだった。


「ねえ、お兄ちゃんはさ。あの先輩と付き合うの? 告白するの? ねえ、どうなの?」

「どうって……」


 久人は薄っすらと距離を縮めてくる妹の存在にたじたじだった。


 弥生には、愛嬌がある。

 けど、今の妹の表情は真剣そのもので、いつも以上に怖かったのだ。


 弥生は久人の顔をまじまじと見。外の風により、ツインテール風の髪型がゆっくりと揺れていたのである。






「お兄ちゃん、ハッキリとしたら? というか、やっぱり、おっぱいがいいの?」

「え?」


 久人は妹の問いかけに、素っ頓狂な声を出してしまう。

 どういうことだという、顔を妹に見せたのである。


「私も、おっぱい小さいし、やっぱり、おっぱいなの?」

「そうじゃないっていうか……先輩の告白にどう答えるかまだ決めていないからさ……そういう問題じゃないよ」


 久人は焦りながら、否定的に反応を返したのだった。


「本当におっぱいじゃないの?」

「ああ」

「本当に断言できる?」

「うん」

「わかったよ、お兄ちゃん。そのことを、汐里先輩に伝えておくね」

「ん? な、なんで?」

「だって、汐里先輩。全校集会の件で相当気にしていたみたいだよ。だから、聞いておいてって言われていたの」

「そうなのか……でも、どうして?」

「お兄ちゃん、分からない?」

「は? 何が?」

「もう……でも、いいや。あとで、そのおっぱいの件や、生徒会長とは付き合わないって伝えておくよ。さっきの発言に嘘はないよね?」

「え、まあ、うん……」


 久人は気まずげに頷いた。


 けど、爆乳な先輩と付き合いたい。

 そんな思いが、心のどこかにはあったのだ。


 だから、実の妹に対して、ちょっとだけ嘘をついてしまったのである。


「じゃ、またあと――」


 弥生が話し始めた刹那。


『二年、阿久津久人――、今すぐに生徒会室に来なさい。繰り返します――』


 と、学校の放送室からアナウンスされたのである。


「……」

「多分、あの件だよね?」

「まあ、そうだな」

「絶対に、付き合わないよね?」

「え、まあ、うん……」

「じー……」


 妹の弥生から、ジト目で見られていた。


「本当かな?」

「ほ、本当だって」

「まあ、そういうことにしておくけど。じゃ、お兄ちゃん、後でね。生徒会室に行ってきなよ」

「わかった。あとでな、弥生」

「うん」


 弥生の声に怖さを感じてしまったが、久人は余計なことを考えず、校舎内の廊下の途中で別れたのだ。


 久人は食べかけのパンを袋に入れたまま持ち、生徒会室へと、少々早歩きで向かうことになった。

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