25番目の天使
端音まひろ
プロローグ「メイドのメノン」
「何を見ているんですか」
ボクの食事の準備をしているメイドのメノンはするどくキツい声でボクに言葉を投げかけた。
無表情なら、まだ怖くないのだが、仕事中の真剣な目はぶっちゃけ、むちゃ怖い。
メノンは長い黒髪をポニーテールにしている。あまりにサラサラしているためか、すぐにリボンがほどけるようで、三十分に一回は結び直している。今もそうだった。その姿がなんだか美しくて、見とれてしまっただけだと言ったら、何を言われるか分からない。
ボクは、
「何でもないよ。夕飯、まだ?」
としか、返答できなかった。
彼女がボク付きの侍女になったのは、前任者の小姓がボクが大事にしていた万年筆を盗み、あまつさえ、売り飛ばしたからだ。
窃盗の罪で捕まった。クビにはなったが、父の温情のため、物理的に首が吹っ飛ばなかった。それがまだマシなのは分かっているけれど、同じ十四歳という年で、割と仲が良かったため、裏切りというショックはデカい。
そして、後任者がやってきた。
それがメノンだ。
女なら反抗的ではないという、父親の言葉から、後任者には女の子になった。
「女の子」とは言うけど、ボクより一個上だ。
無愛想な女ね! と母は不満げだったが、父はこういう女の方が、ボクを誘惑しないだろうと思っているようだ。
実際は十二分に誘惑しているのだけど、それは本人の意図しているワケではないだろうから、何も言わないでおこう。どんな反応が来るか怖いし。
「夕餉の支度が終わりました。どうぞ」
メノンは頭を下げる。いつの間にか、目の前のテーブルには美味しそうな夕食が並んでいる。今日のメニューはどうやらトマトメインらしい。熱々のトマトのスープ、カプレーゼ、トマトの海鮮パスタなど、好物ばかり並んでいる。
ここ十数年のこんだては、コンピュータの計算による栄養バランスが最優先だと聞くけど、ここまで好物が並ぶと嬉しい。
料理長、ありがとう……! 感謝しかない……!
思わずがっつくところだったのだけど、メノンが来て、初日の夕食のとき、
「ラケス様。一応、公爵のご子息なのですから、もう少しお上品にお食べになったらどうでしょうか?」
と、無表情でさらりと言われてしまった。「一応」という言葉が少し引っかかるが、事実そうなので、反論はできない。それを思い出し、とりあえず、マナーを守って食べることにする。
「さて、早いですが、明日のスケジュールを確認しましょうか」
メノンはエプロンドレスからスマホを取り出した。
「そんなの、あとでいいでしょ。今は夕飯食べているし、明日は火曜日なんだから、いつも通り学校だよ」
「そうですね」
メノンはボクの言葉に納得したのか、ポケットにスマホをしまった。
夕飯はもちろんペロリと平らげた。食事中、メノンはかいがいしく、ボクの給仕をやってくれた。
メノンがこの屋敷にやってきて、早一ヶ月。少しぐらい彼女のことを知ってもいいかな、さすがにずっとこんな他人行儀は居心地が悪いな、いい加減、打ち解けたいな、そう思い、
「ねえ、メノンの好きなものってあるの?」
と尋ねた。
メノンは、無表情から突然驚いた表情になり、顔を赤らめた。こんな表情ははじめてだったので、新鮮だ。
「い……一体、何をお尋ねになるのでしょうか?」
「ただ、メノンのことが知りたいだけだよ。自分に仕えている人間がどんな人物か知りたいのが、主のサガってヤツ」
ボクの言葉にメノンは、少し首を捻ってから、
「読書……でしょうか。あと、旅でしょうかね。家出をして、ここに来るまで、様々なところを点々としておりました」
「それは旅っていうの……?」
「さあ? どうなんでしょう。おかげさまで見聞は広がりました」
良い感じにメノンにはぐらかされた感じがしないでもない。
どんなところを回っていたのか、どんな本を読むのかも聞きたかったけど、
「では、お下げしますね。では、今夜はおいとまさせて頂きます」
いつの間にかキレイになっていたテーブルが目の前にあった。メノンは食器を軽々と持ちながら、戸を開け、一礼して、部屋を出た。
赤らめたメノンの表情が見られたのが嬉しくて、ちょっとニヤけてしまう。
彼女もあんな顔をするのか。
ボクは、メノンはどうやったら、笑うか考えてみようと思った。
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