変態女子中学生 無人の教室で...

豚肉丸

第1話

 黒板の上に掛けられている時計に目を移す。針は七時二十分を指していた。


 教室には私以外誰もいない。そりゃそうだ。ホームルームが始まる一時間以上前に学校に来る人なんて特別な事情が無い限り滅多に無い。親の仕事の関係で学校に早く来なければならないとか、そういう事情が無い限り。


 私は例外なんだけどね。


 私に関しては、ただ誰もいない朝の教室が好きだから早く来ている。一時間以上前に。放課後とかではなくて、この朝の時間にしか味わえない空気を味わうために。


 誰もいない教室でやれることは無限大。無限大は少々言い過ぎているかもしれないが、無数にあることは間違いない。例えば、一つ目は演劇。観客無し、演じる人は私一人だけの舞台がそこにはある。


「ここはどこ?」


 教卓の前に立ち、辺りを見回す。見知らぬ街の風景に右往左往しながら、なんとか目的地のカフェ『エデン』まで目指す。何せ田舎から上京してきたばかりなのだから、道ゆく人の多さに目が眩みそうになる。数分おきに来る電車にも驚きながら足を踏み出して、次の目的地まで運ばれる。


 そう、演劇だ。誰かに成って物語を演じる行為。人前で演じられないけど、誰一人見てないこの状況だったら誰にだって成りきれる。


「あなたは誰なの?ここは新幹線のはずで、あなたの居場所じゃない」


 なんて、観客席に呼びかける。


 ……飽きた。それに、物語の展開も思いつかない。ここからどう転がっていくのか、場面の情景すら思い浮かばない。そもそも演じる者は私一人だけで、舞台は教室だけなのだから無理しかない。


 自分の机の棚に入れていた本を取り出して、椅子に座って文章を眺める。結局何をやっても、最終的にはそれに落ち着く。居心地が良いし、それに私の頭では思い浮かばない物語が手に持てるサイズの紙に詰め込まれているから読んでいて飽きない。


 本を開いてしばらくすると、私の背後で大きな音を立ててドアが開く。ガラガラガラ、と横にスライドするタイプのドアが。続けて、パタンパタンと柔らかい足音が耳に入る。


 振り向かずとも誰が来たのか察せる。私の優雅な一人時間を中断させ、現実の世界に身を戻させる人物、と言えばわかりやすい。


 言葉を交わしたことは無い。彼女の姿をじっくり見たことも無い。言ってしまえば赤の他人と言える程の存在。クラスは同じだけど住む世界が違うのだ。


「おはよ」とでも言えば私たちの関係は少しは前進するのだろうか、とも考えるのだけど話しかける勇気は湧かない。この関係が始まって数週間ぐらいだったらまだ勇気は湧いたのだろうけど、数ヶ月も経ってしまったら最早勇気すら湧かない。


 という訳で、今日も私は本を読みながら時々目を外して彼女の背中を見る。彼女も私と同じく本を読んでいるだけなのに、彼女の周りに漂う空気は彼女の世界の空気に変わっている。


「私の空気とは違うよね、絶対」


 


 誰もいない朝の廊下。話し声は一切聞こえない。聞こえるわけが無い。


普段は聞こえるはずが無い換気扇の音が聞こえてくる度に、この時間に限りがあることを思い知らされる。換気扇の音を聞けるのはあと何回なのか。大人になっても換気扇の音を覚えているのかな、とか、そういうことばっかり考えてしまう。


 何でも自分を出せる時間なんて、人生においてこの時間のこの場所しか無いんじゃないか、と思う。周りの目に縛られずにあるがままの自分を曝け出して、そうして安心できる。そんな場所なんて、滅多に無い。大人になったらさらに減るんだろうなと思うと嫌になる。


 教室の前にたどり着く。


 ドアが閉まっていた。いつも閉まってるけど。いつもは鍵も閉まっているはず。なのに、今日は鍵が空いている。


「もしかして鍵を閉め忘れてたのかな?」


 最後に帰った人が鍵を閉め忘れることなんて滅多に無いんだけどな。


 なんて考えていると、ドアの先から声が聞こえることに気がついた。声というよりか、息というか。話し声では無いから人間だとは断言できないけど、明らかに虫とかその類では無い。


 右耳をドアに近づけた。耳がドアの素材に触れるぐらいにと近づけた。


 間違いなく誰かの吐息がドアの奥からハッキリと聞こえてくる。


 不審に思いながら、音が立たないよう慎重にドアを開けた。片目が覗き込めるぐらいの間ができたことを確認し、手を止める。そして、その間に目を入れて教室の様子を見回す。誰かがいるであろう教室に。


「はぁ……はぁ……」


 そこには確かに、思っていた通り、人がいた。女子。しかも、何度も目にしたことがある女子。決して関わったことは無いけど、間接的に言えば関わっているであろう人物。彼女の姿を視認した。見間違いとかじゃなくて、ちゃんと彼女の姿だ。


「んっ、んんっ……!」


 吐息の声の正体もまた、彼女であった。教室に彼女以外いないから当たり前ではあるが。


 では何故彼女が吐息を漏らしているのかと言うと……机の角に彼女自身の股を擦り付けていたのだ。スカートを下げて、下着越しに性器を角に当たるように、擦り付けていた。そしてその度に、彼女は気持ち良さそうに吐息……喘ぎ声を漏らしていた。


 ちょうど性器が食い込む位置に調節して、その位置からできるだけ動かないように注意しながら快感を得ている。


 机の位置を確認する。教卓の前から三番目で、教室の壁側から二番目。


 紛れもなく、私の机であった。


「あっ……いっ、いぃっ!」


 喘ぎ声は次第に激しさを増していく。


 気持ち悪い。信じられない。私の机で、関わったこともないのに、話したこともないのに、私の机でオナニーするなんて、信じられない、信じられるわけがない。


 なのに、目が離せない。身体がここから動こうとしない。

身体が全体的に火照っているような気がする。


「もしかして私、興奮してんの?」


 冗談めかして吐いた言葉で、一旦脳の思考を整理させよう。


 と思ってたけど、こんな状況で脳の思考が纏まるわけが無くて。視線は彼女の股間付近に自然と移っていて、彼女に興奮している自分を恥じた。彼女はほぼ絶頂状態に達しており、この場、この時間限りの行為に耽っていた。


 彼女の下着はじわっと湿っていた。


 私の身体の火照りが収まらないことが気にかかり、ふと右手を下着の中に突っ込んでみた。隠部付近を人差し指と中指で触った後、外の世界へ取り出す。


 右手を目の前に持ってきてじっと見つめる。


 濡れていた。


 べったりと、液が付いていた。


 


「おはよ、今日は早かったんだね」


「……話しかけてくるなんて、珍しい」


「いやだって、いつもより早かったから、つい。なんか用事でもあったの?」


「……無いけど。用事が無くても早く来たっていいでしょ」


「別に悪いとは言ってないけど。てか、私が話しかけたら迷惑だった?」


「……迷惑じゃないけど。ただ、話しかけてくるなんて思ってもいなかったから」


「そっか、良かった。私のことが嫌いなのかと思って」


「……そんな訳無いよ」


 いつもの私の机の前に到着し、椅子に腰掛ける。ふと床を見ると、水滴が落ちた跡が床に染み付いていた。


 何の水滴なのかはもうわかっているけど、敢えて知らないふりをした。



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