私が小林泰三先生の講演会に行った時の思い出

小林勤務

第1話

 その日――


 私は暇を持て余しながら、適当にPCをいじっていた。


 なんか面白いニュースないかな。

 良い商品ないかな。

 なんてマウスをぽちぽちクリックしていた時だ。


 私がよくやるのが、アマゾンの書籍検索。

 いまは便利な世の中で、試し読みの機能があるため、気になるやつをざっと見て、好みに合うか合わないかをなんとなくで決めることができる。だが、試し読みでは本当に面白いかどうかはわからない。そのため、第一関門をクリアして、ちょっと興味のある本から適当に選んだレビューを読んで、購入するための判断材料にしている。

 しかし、最近のレビューはそこまで参考にしていない。レビューはレビューで、結局、自分の好みに合うレビューだけを参考にしている。

 こうやって整理すると、消費者がモノを購入するに至るプロセスというのは複雑極まりない。


 そして、定期的にチェックしているのが――

 増刷のかからない書籍の情報だ。


 アマゾンは本当に便利だ。私は、書籍は紙派。電子だと目が疲れるし、読みづらいしで、新品がなくどうしても欲しい本は古本で購入している。この検索機能は、ほんとに便利で、紙媒体の古い書籍の値段が正規料金だと、「おっ、この本増刷したんだな」ということがわかる。価格が変動していると古本しかないことがわかる。

 当然、古本だと購入に迷う。

 まあ、こんな感じだ。


 その日も、ぶらぶらとそんなアマゾン検索をしていた。


 小林泰三先生の書籍で欲しいものがあり、お目当てのものが増刷されてないかチェックしている傍ら、その他もろもろの情報を拾うべくネットに名前を打ち込むと。


――まさかの訃報。


 えっ! うそだろ。

 慌てて色んなサイトを検索すると、それが真実であったことがわかる。

 2020年11月23日。まさに先生がお亡くなりになった数日中に、偶然、先生の作品の増刷チェックをしていた。


 正直なところ、先生が亡くなるなんて想像すらしてなかった。この訃報を受けて、私の心の中の第一声が――現実とは思えない、だった。

 こんなことってあるんだな、とも。

 まじかよ、とも。


 妻は私が小林泰三先生の大ファンであることを知っているので、同様にこの訃報に驚いていた。以前、ホラーが嫌いな妻とは、

「こばやし ?」

「いやいや、って読むんだよ」

「へえ~。珍しい読み方ね」

 こんなやりとりをした記憶がある。

 そして、妻は暫し呆然としている私に向かってこう言った。


「先生の講演会に行っててよかったじゃない」


 私は全国に数多いる、ただの先生の一ファンだ。

 ただ、こうしてカクヨムに登録して、エッセイというものがあるので、生前、先生の講演会に行った時の思い出を、つらつら私小説として綴っていこうと思う。


 遡ること――〇〇年〇〇月(伏せる)

 とある大学で小林泰三先生が講演会をするという情報を目にした。


 作家の講演会ってどんな内容なんだろう。


 そういうものに行ったことがなかったため、単純に興味があった。

 どうやら、持参した本に直筆サインをくれるらしい。


 これは――またとないチャンスなのでは?


 以前からこのような講演会を実施しているというのは知っていた。だが、色々忙しかったことや、住んでる地域の関係もあり、なかなか訪れる機会がなかった。

 先生に直接会えるかも。そんな期待に胸を膨らませて、先生の作品を初めて読んだ衝撃を思い出した。


 その作品名は――酔歩する男


 こんな、ホラーってあるのか――このエッセイは書評でもないので、特に内容に触れるつもりもなく――読み終わったあとも恐ろしいとは、まさのこのこと。


 続けざまに読んだのが、人獣細工。


 これで、完全にやられてしまった。正直、この本は手元にあると、何かよくない負のオーラをまとうんじゃないかと一回捨てた。そして、また買い直した。なんじゃそれ、になる。

 今でも、気持ち悪いホラー映画をみると、たまに悪夢をみる。大体が、その悪夢というのがストレスが溜まった仕事をぶり返すという、まさに俗世にまみれた寝起き最悪のオチ。そして、翌日には妻から、「絶対、ホラーなんか精神状態によくないから止めた方がいいよ」ついでに、「その悪夢の内容を聞かされるのいやなんだけど」おまけに、「ホラーの感想を共有したくないから、言わないで欲しいんだけど」と言われて、三段オチ。

 ちなみに、本棚は真っ黒い背表紙が半分を占めているという四段オチ。


 小林泰三先生は、私が説明するまでもなくホラー、SFを得意とする作家だ。何冊も名作を発表されている。詳しくはwikiを見てください。よっぽど私より整然とまとめられている。専ら、私は著者のホラーを読んでいた。


 先生の経歴は存じ上げていたが、ついに直接会える日がくるとは……!


 うきうき、少し緊張しながら大学に向かう。

 しかし、ここでとんだハプニング発生。途中でスイカを落とす、痛恨のミス! やはり、よくないことが起こる前振りじゃないか……。いやいや、んなアホな。……まあ、自分の不運を嘆くしかない。


 気を取り直して、いざ会場へ。そこはありふれた大学の教室。ざっと見て、二十人ぐらいの方がいたと思う。

 事務方に案内されて席を確保して、トイレを済ましてお茶でも飲んで待っていると、静かに先生が現れた。


 おおー! 本物だ。


 ……よな?


 正直、作家というものは顔を出さない方が多く、本物か偽物かの区別がつかない。ネットでご尊顔を拝見していたが、ネットと実物は乖離することがよくある。妙に疑ってしまったが、紛れもない本物の先生。

 講演会の内容は、主に作品の紹介であった。作品を執筆する時に、どのような心境でこれを書いたのか、どんな風に想像を膨らませたのか、そして、印税事情やこぼれ話も交えて、淡々とスライドに合わせて説明されていた。

 びっくりしたのが、あのデビュー作「玩具修理者」を1週間で書き上げたことだ。どうやら、奥様が元々ホラーが好きで、日本ホラー小説大賞に応募しようと執筆していたが、うまく内容がまとまらず、夫である先生に書いてとお願いしたのが切っ掛けだそうだ。

 お願いされて、わずか1週間で、あの名作。

 しかも日本ホラー小説大賞 短編賞受賞。


 天才――

 それ以上、言いようがない。


 ちなみに玩具修理者は映画にまでなって、収入的にも奥様はたいそう喜ばれたそうだ。楽しそうに語る先生が印象的であった。ついでに、私も印税収入ふくめて計算してしまった。頭で電卓を弾いて、シャキンと0が並ぶ。こりゃあ喜ぶわ、そんな感想。


 ひと通り講演内容が終わると質疑応答に入る。

 私は決めていた。

 この質問をすることを。

 どなたかいらっしゃいませんかを合図に、しゅばっと一直線に手を上げた。


「人獣細工を読んで気分が悪くなった思い出があります。先生は、ご自身でいろんなホラー小説を執筆されて、気分が悪くなったりしないんですか?」


 本当に疑問だった。よくあんな気持ち悪いの書けるな、と。一体全体、頭のなかはどうなってんだ、とも。

 そして、気になる回答は――


「全然。全くないです。むしろ、もっとみんなを気持ち悪がらせたいですね」


 せ、先生……。


 サイコー!!!!


 質疑応答も終わり、最後に握手と直筆サインへとうつる。

 私は「失われた過去と未来の犯罪」に、名前を書いて頂いた。ぱっと見、作家の文字ってこんな感じなんだ、と妙な親近感が湧いてしまった。特に変な意味ではない、素人の率直な感想。そして、握手をした。先生の手は大きく、分厚かった印象がある。

 あの時、少し後悔していることがある。


 それは――一緒に写真を撮ってもらえばよかったことだ。


 流れ作業のごとく案内されたし、誰もそこはお願いしてなかったんで、仕方ないのだが……。

 今となっては激しく悔やまれる……。


 さてさて、脱線を戻して時を戻す。

 先生の講演会から帰宅したあと、

「リアルヤスミンはどうだった?」

 妻に興奮気味に感想を伝えて、酒を飲んだ。

 そして、あの時もいつものように酒を飲み、ぐびぐびアルコールが巡るとこんな思いが。

 そうか……もう、先生の新作は読めないのか。

 改めて、そう思った。

 同時に、小説について考えてみた。


 今まで小説というものを書いたことが一度だけあった。理由は伏せるが、とある人生の岐路があり、とある理由により、前からやってみたかった小説作りに挑戦をした。どうせ書くなら公募に出すと決めて、短編も書いたことがないずぶの素人(まあ、今でもだが)が、いきなり長編を書いた。


 作った感想は――今までで一番大変な作業、だった。


 こ、こんなの書けないっ。


 結論からいえば、10万字は書けなかった。たしか、8万字もいかなかった。正確には中編であり、なんちゃって長編だったと思う。作り上げた当初はあまりの達成感に、受賞間違いなしと興奮したが、当然かすりもせず一次落選。マラソンだって練習しないとゴールすらできないもんだ。

 改めて読み返してみると、今だったらもうちょっと面白く書けるな。作者脳というものは、自分が一番面白いのが書ける、こんなもの。

 あのときは色々と忙しく、仕事しながらこんなの続けられない、と最初の挑戦で止めた。挑戦せずにやめるのが嫌いなので、チャレンジしてダメだったから、まあいいだろうと。


 だが、あの日を境に、再びなんとなく書きたくなった。一番の理由は、上記で伏せた理由+αではあるのだが、次にあったのはホラー小説を書いてみようかな、だった。

 そんなとき、色んなことが重なり、書ける環境ができた。そして、WEB投稿サイトなるものを知った。


 改めて登録日をみると、私がカクヨムに登録したのは2020年12月7日。我ながら衝動的だな。


 さてさて登録の際、いざペンネームを考えたときに何にも思いつかず、先生にあやかって名付けたのだが、これは今となっては恐れ多いのでは?と感じている。だが、1年半以上、このペンネームを続けて思いのほか気に入ってしまった。そのため、今さら変えようとは思わなくなった。


 そして、思い立ったが吉日とばかりに創作活動を始めたのだが、ホラーを書くのではなく、コメディばかり書いている。なんじゃそりゃではあるが、思いつくのはしょーもないギャグばかりだから仕方ない。気持ち悪いことを考えると、悪夢をみるからどうしよかなと。今ではバイオハザードをプレイしただけで、悪夢をみてしまう始末。もしかして――ホラー耐性が減少しているのでは?

 ま、まさか……0?になっちゃった?


 まあ――別に小説なんて作らなければいいのだから、特に困ってはいないが、


「だめだめ、ホラーなんて負のオーラをまとうから。明るいほうがいいじゃない」と言われる始末。


 やっぱり、暗い世の中には笑えるようなやつがいいよなあ。

 いざ自分が小説を作ってみると、ますますそう思うようになった。

 でも、

 やっぱりホラーも好きなんだよなあ。

 とも。


 ところで、先生が逝去されてもう新作は出版されないかと思ったが、最近、未収録短編が発売された。タイトルは――逡巡の二十秒と悔恨の二十年。バラエティ豊かなホラー短編集だ。


 最初の「玩具」のオチで笑ってしまった。そうくるか~。

 いやはや、先生は最後までファンの期待値を超えてくる。


 さてさて、この私小説もそろそろお開きにしたいと思う。

 終わりに、先生へペンネームのお断りを。



 先生、長いおやすみ中ですので、その反対にさせて頂きました。



 いちファンより愛を込めて。



 了


――追記――

 小林泰三先生の作品のなかで、これは最高と思う書籍をご紹介したい。

 基本的には理論を隠れ蓑にしたブラックユーモアが根底にあり、どのジャンルも独特のクセがあり面白い。こういうのを作家性というんだろう。短編集が多く、キレもよく、隙間時間に読み易い。改めてホラーは短編がベストと私は思っている。


「玩具修理者」 短編集(ホラー)

「失われた過去と未来の犯罪」 連作短編(SFホラー)

「惨劇アルバム」 連作短編(ブラックユーモア)

「因業探偵リターンズ」 連作短編(ミステリー)





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私が小林泰三先生の講演会に行った時の思い出 小林勤務 @kobayashikinmu

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