君に痴漢扱いされた日、君に恋をした

東線おーぶん

思い出

 小学生の頃、初めて人の事を好きになった。

それは当時モノを知らず碌に世間を知らない未熟な少年に色と熱を与えた。


吐く息には体温が宿り、頬は熱く心臓が高鳴り明滅した視界はもはや君一人しか見えていなかった。


ハァハァ、と。


それが自分の呼吸音であると気付いたのは何時だろうか。


纏まらない思考を記憶と理性と論理をまるで糸の様に手繰り寄せて言葉という結果を紡ぐ、周りの声がやけに静かだった。


本当は煩いくらいに騒いでいる。


静かに感じるのは僕ぐらいだろう。


目の前で僕を見つめる彼女の瞳に映る僕の顔は――。


きっと犯罪者の様に気持ち悪い顔をしているに違いないと、誰も信じる事はないだろうなと思いながら僕は声をあげた。


「冤罪だ!僕は痴漢なんてしてない!!」


その顔はどうみても興奮しきったマヌケな阿呆であったろう。


ただどうしてだろう?この心臓の高鳴りもまるで貧血の様にフラフラとしたこの思考がまとまらず視界が明滅するのも、だったからだなんてこの後倒れて運ばれた保健室でそう言われた時には思わず初恋だったと言ってしまった。


恥ずかしさの余り、ベッドにすぐ包まってしまったが先生のため息がやけにハッキリと聞こえた。


僕は悶えた。


きっと僕の余りの醜態をあざ笑ったように聞こえたからだ。



――目が覚める。


 懐かしい夢を見た。子供の頃に起きた痴漢の冤罪の夢だ。


高校二年生になってもどうやら自分は酷く拗らせていて一人の女の子の事しか見えていないのだろう。


昨日は部活の後輩からの告白をやんわりと躱した所為か自分の中にしまい込んでいた淡い恋心を刺激されてしまったようで。


誰よりも傷つけたくはなかったのに傷つけてしまった最愛の彼女の事を思い出す。


女々しくて泣きそうになる。


結局拗らせに拗らせた僕はあの後彼女と一回も口を利いていない。


話そうとしても勇気がでなかったり周囲が遠ざけようとするからだ。


当たり前の話だろう。自分は性犯罪者の烙印を押され加害者であり彼女は被害者で。


あの保健室に運ばれた後結局クラスの帰りの会という名のクラス裁判で圧倒的多数で俺は有罪となったのである。


その場では仲直り、という体裁に持って行った先生は天才か何かに違いなかった。

そのおかげで僕は保護者召喚されずクラス替えもされずそのまま彼女と一緒のクラスで卒業出来たのだから。


まぁ、次の日の朝、先生が来る前にクラスメイト達に捕まり彼女の机の前で彼女に痴漢を詫びを要求され色々と出血したり制裁をくらったりしたのだがそれもまぁ仕方ないだろう。


俺だってきっとそうしただろうしな。許せんわ。


 でも。


でも、だ!


俺は諦めなかった。


努力をしたのだ!!


血が滲むような努力だ、本当に辛かった。


小説コンクール小学生の部で金賞も取ったし、運動会では上位のグループに入った。


テストだって中学に入ってからは常に十位以内を獲った

何故陸上部かっていうのもミソだ。


陸上部で身体能力をあげた事は学校での授業で活かせる。


腐る事がないのだ、要するに。


走るという事は全てのスポーツの根幹だし、鍛えておくことで体系だって筋肉がつくし無駄な肉は付かないし何より先生の判断基準で大会に出れないという事がない。


リレーは話が別になるが陸上部における大会は顧問に申請書を出して五百円程度の参加費を払う事で参加する事が出来るし――彼女の姿が見えたからだ。


彼女はバドミントン部でグラウンドからは体育館が外周をしていると良く彼女が見えたからだ!!


ここだけの話何回も目が合った事がある!


うん、シレっと言ったが同じ中学に行った。


因みに彼女が何処の高校に行っても良い様に成績は上位をキープしていてそのかいあって、市内で一番の高校に入学する事が出来たのだ!


・・・彼女が受験する高校だったから推薦で入った。理由はそれだけ。


うん、シレっといったが同じ高校に行った。


・・・だが彼女と未だに話せた事はない。


しかも神様が微笑んだのか折角同じクラスになったというのに彼女とは全く話せていない。


お金は小説を書き続けて賞を獲ったりして稼いでいるから問題なし、体だって鍛えている・・・が高校では運動系の部活動には入っていない。


推薦入学者である俺はそれまでの実績が考慮されより大きい実績である文化系統の部活に入り小説関係での実績を積みつつ生徒会にも入っているからだ。


本来は一年生は入る事は出来ないが推薦入学者の中でもトップだった俺は特例として認められている。


評判だって男らしくなく紳士的と言われ悪くはないのだ。


何故なら俺には好きな人がいるしその子以外には興味がないからだ。


その子相手には野獣にでも何にでもなってしまいたいぐらいだし何でもやれるし実際その子の彼氏になる為に今までずっと頑張ってきた。


それ以外の女子何て目にも入らないのだ。


告白も例の痴漢の話が忘れ去られ俺が必死に彼女にモテようとしている時に何度もされてきたが全て断っている。


だが彼女からは告白はされない。


もしされたら秒でオーケーだ。


だがされない、彼女からすれば俺は痴漢してきた変態だからだ。


何時も何処か蔑んだ様な昏い瞳でハイライトを失くした目で俺を見てくるのだ。


俺の前でだけそうなのだ。


とても悲しい、だが過去は消せない。


その為俺は努力しているのである、今もこの高校でもモテる男ムーブを続けている。



 そんな俺の数少ない癒しの時間は授業中の彼女を眺める事である。


国語の時間は特に神。


そして彼女の朗読の時間になった時が、人生の絶頂である。


彼女の染める事を知らないまるで夜空をそのまま写し取った様な神秘的な髪の毛は痛む事等とは無縁であろうと察せられる。


腰まで伸ばした髪は今夏の季節になり露わになったうなじと首筋を流星の様に流れている。


クリアブルーの海が洗い空が清めた様な清純な瞳は明るく太陽の様な煌めきを放つ虹彩さえも内包しており神も欲して止まないであろう宝石の様な芸術品だ。


スラリと伸びた手足には余計な脂肪等は無くスタイルは正に神の創り上げた芸術の如く黄金のバランス感覚であり見るもの全てを魅了するだろう。


お椀型のお胸はあまり見ると目がつぶれ全身から血が噴き出して死にかねない程の破壊力を秘めており成長性は未知数であり俺如き矮小な身でどれ程賛美の言葉を尽くしても足りない程に至高と言っても過言ではなくこの評価さえ過少ですらあるかもしれない。


そんな現代に生きる誰しもが賛美し歓喜に震えるであろう彼女の桜色の唇から紡がれ喉を小さく震わせる音の旋律は正に神の祝福そのもの。


「枕草子より、現代語訳。

 夏は、夜がいい。

月が満月の頃は、言うまでもない。

月がないときもやはりまたいい。

蛍が多く乱れ飛んでいるのや、また、多くは飛び交ってはなくても、ほんの一匹二匹と、ほのかに光って飛んでいるのも、趣がある。

雨が降っている時も、趣がある――です。」


 季節は7月。


梅雨が明けからりとした空気が熱気と共に押し寄せる中この教室――正確には彼女の周りだけは違うのではないかと俺は半ば本気で思った。


あけ放たれた窓から吹き抜ける風は柔らかく微かに木陰に流れる風の様に爽やかに彼女の肌を撫でる。


耳にかかった髪の毛を小さく身じろぎをしながら微かな吐息と共に整えながら風を受けた彼女が先生の承諾を得て着席する。


見つめた彼女が幸せであれと何度も思う。


彼女がいるのならばどの季節でもいいと思った。


趣があるからいいというのであればきっと枕草子は彼女を知らない事を悔やんだだろう、彼女こそが趣であるからだ。


どの季節でもどの時間帯でも、きっと彼女がいなければ物足りないであろうと思ってしまうにちがいないであろうと、先生に当てられて慌てて教科書を読むことになる時までそんな事を思った。


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