ドルドアは魔国に避難したいらしい

 二時間ほどかけてドレスや髪型、装飾品を選び終わると既に昼食の時間近くになった。

 来賓のレヴァール国の国王とその息子がやってくると言われ、私は慌ててオルクスと応接室に向かった。

 本当に国王と第一王子で国を空けて来たのかと思ったけど、オルクスの話だと王弟である宰相と正妃がしっかり内政をしているから、外交目的で国王が国を出ても問題はないらしい。

 応接室の扉を護衛騎士が開ける。

 オルクスに抱かれて移動していたので、その状態で中を見ると、ソファーに座った子供と大人。

 うん、目を見開いてオルクスと私を見ているけど、そうだよね、魔王がこんな格好で入ってきたら驚くよね。


「シンヴァとその息子だな。私の娘の生誕半年の記念日祝賀会の為によく来たな。来なくても良かったが」


 はい、失礼! いくら転移魔法陣があるからって魔国に来るとか、かなりの魔力を消費するのに来たんだよ?

 その言い方はないでしょう!


「パパ、お客様にそれは失礼だわ」

「問題ない。貴賓扱いとはいえ我が国の方が圧倒的に優位だ」

「そういう問題じゃないの! 無礼なお客様じゃなければ親切に対応するのは常識なのよ」

「……はあ、わかった」

「あと、おろして」

「…………ソファーにおろしてやろう」


 そうじゃねーよ。

 私の内心の叫びなど当然聞こえるはずもなく、オルクスはレヴァール国の親子の対面にあるソファーに座る。

 そしてしばらく考えた後に、やっと私をおろ……。


「ライラは私の膝の上でいいな」


 おろさなかった。


「パパ、おろすって言ったのに嘘はいけないわ」

「……ソファーに座ってはいる」

「わ た し が、ちゃんと座りたいの」


 そこまで言うと、不承不承と言う感じにだけれども、ようやくソファーに座らせてくれる。

 このやり取りの間、レヴァール国の親子は一言もない。

 今更感は満載だけれども、ソファーにお行儀良く座ってにっこりと二人を見る。

 ねえ、この場合私から名乗るべきなの?

 オルクスは何も言わないし、どうしろというの?


「…………パパ、無言がつらい」

「ん? それは良くないな。おいシンヴァ、ライラが気まずくなっただろう。どうしてくれる」

「は? え? あ……いや、コホン。これは失礼しました魔王の姫様。俺はレヴァール国の国王であるシンヴァ=ルジャイド=レヴァール。こちらは息子のドルドア=ランファ=レヴァールです」

「初めまして、魔王の姫様」


 二人が揃って頭を下げたので、私も慌てて頭を下げようとしてオルクスに頭を押さえられた。


「パパ?」

「ライラが頭を下げる必要はない」

「でも、偉い人達なんだよね?」

「私が必要ないと言っているから必要はない」

「いや、魔国の人にならその暴論は通るかもしれないけど、他国の人にまでそれはどうなの?」


 慌てて首を振るけど、オルクスは繰り返し「必要ない」と言ってくる。

 仕方がないので頭を下げずに挨拶をする事にした。


「あの、無礼をして申し訳ありません。ライラ=ブランシュアです」

「二人とも、頭を上げてよい」


 オルクスの言葉に二人が頭を上げると、ほっとしたような、どこかまだ驚いているような顔で私を見てくる。

 ほっとしたのは、頭を上げたからっていうのはなんとなくわかるけど、なんで驚いているの?


「魔王陛下、無礼を承知でお伺いしたいのですがよろしいですか?」

「なんだ」

「本日は姫君の生後半年の記念祝賀会では?」

「その通りだ」

「俺には姫君は3歳、いや5歳ほど? とにかく少なくとも生後半年には見えないのですが」

古代エンシェント宝石精霊ジュエリアだからな。外見年齢と実年齢は同じではない」

「「なっ!」」


 オルクスの発言に二人は目を見開くと、まじまじと私を見てくる。

 希少種だもんね、それを自分の娘とか言っているんだから、それは驚いても仕方がないけど、美形と美少年のガン見はビビる。


「そうなりますと、ライラ姫の母君は」

「ライラの母親はライラの中にいる」


 間違ってないけど、その言い方だと私の母親である『私』が死んだみたいじゃない。

 ある意味死んでいるんだけど。


「そうでしたか。古代エンシェント宝石精霊ジュエリアは古い稀少宝石に高い魔力を持つ魂が宿り、魔王の魔力を得て誕生することが出来る希少種。まさか生きている間にこの目に出来るとは思いませんでした」


 感動したように言うレヴァール国王に、そうなんだぁと思いながらオルクスを見るけど、相変わらずの無表情。


「しかし、古代エンシェント宝石精霊ジュエリアなのであれば、外見年齢はもっと上でもおかしくはないのではないでしょうか」


 言葉の後に「趣味ですか?」とか聞こえた気がするけど、気のせいだよね?


「魔力も魂も問題はない。この外見も訓練次第では変えられるようになる」

「そうですか」


 とりあえず納得したのかレヴァール国王が頷く。

 しかし、それに反してドルドアが困ったように眉を寄せている。

 なんじゃらほい。


「どうしますか父上、贈りものは生後半年の赤子用の物しか持って来ていません」

「そうだな、どうしたものか……」


 流石におむつとは言わないだろうけど、生後半年のお祝いの品って言ったら赤ちゃん用品だよねぇ、普通。


「あの、想定外の事でしょうから、贈りものとかはお気になさらないでください」

「これは、なんとお優しいお言葉……」


 レヴァール国王が感動したように言った後にオルクスを見る。


「ライラがこのように言っているからな、構わない」

「「よかった」」


 声を揃えて安堵の息を吐き出した二人に、オルクスがどれだけ普段恐怖心を植え付けているのかを、なんとなく垣間見た気がする。


「ちなみに、何を持って来てくれたんですか?」

「モルモアの毛で作ったブランケットです」

「モルモアのブランケット!」


 思わずくわっと目を見開いてしまう。

 『フルフル』では入手難易度バカ高い、攻略対象への好感度アップアイテム!

 攻略対象の話では、超高級品、尚且つ保温性に優れながらも通気性がよく丈夫、手触りはサラサラのフワフワで、ずっと触っていたい気分になる一品!


「おや、ライラ姫はモルモアのブランケットをご存じなのですか?」

「憧れの一品です!」

「そうでしたか。それでは今回持ってきたモルモアのブランケットは、そのまま贈らせていただきましょう。後ほど、ライラ姫にお似合いの別の品物もご用意させていただきます」

「え、モルモアのブランケットさえもらえれば十分です」


 私が満面の笑みで言うと、レヴァール国王は驚いたように目を瞬かせた後ににっこりと笑ってくる。


「ライラ姫は謙虚でいらっしゃる」

「いえ、そんな事は無いと思いますよ」


 王族が用意するモルモアのブランケットとか、絶対に超高級品でしょ?

 課金で入手しようとするとリアルマネーで五千円したよ。

 実際には好感度が爆上がりする代わりに、その過程のイベントを全部すっ飛ばすから、序盤からそう言う系アイテムを使うのは邪道とも言われたよね。

 でも、ある程度のイベントを終えた攻略対象が裏切らないように、好感度維持に課金アイテムやゲーム内で何とか入手するアイテムを贈るのはよくあったんだよ。

 攻略対象の好感度は何もしないと下がっていくし、一定以下になると割と気軽に裏切るから!

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