イキぬけ、(外伝)

@nanato220604

第1話


 迷宮を彷徨っている俺たち四人の影が、松明の炎で揺らめいている。


「ごめんなさいぃ~~」(グスングスン)


 『影』はさながら、生きることの確かさと不確かさを象徴するかのように、


「ごめんなさいぃ~~」(グシグシ)


 『確かに、揺れては、いる』という確かさと、『確かに揺れている』という不確かさをもつ俺たちのことを嘲笑うかのように、


「ごめんなさいぃ~~」(ズズーッ)


 光と闇の間で踊り狂う。


「ごめんなさいぃ~~」(ヒックヒック)


 松明を手に先頭を歩く俺の額を一筋の汗が伝い、


「ごめんなさいぃ~~」(グスグス)


 空いている手でそれを拭った俺に、この状況に少々焦り始めている自分を自覚させる。


「ごめんなさいぃ~~」(ゴシゴシ)


 ……こ、こんな時に余計なことを考えてはいけない。


「ごめんなさいぃ~~」(ズズズーッ)


 い、今は生き抜くことだけを考えて……、


「ごめんなさいぃ~~」(ううぅ~)

「ちっ!」


 本日、「いったい何回目だか忘れたがとにかくうんざりするほどの回数」目のネ子の「ごめんなさいぃ~~」の炸裂に、俺は我慢しきれずに振り向いて怒鳴った。


「うるさい、ネ子!」

「あうぅ~~」


 びくりと身をすくませたこの黒髪のポニーテールの女〈盗賊〉の名前は、ネ子。あだ名だ(正確に言うと、あだ名の愛称(?)だが)。不器用ではないのだが、そそっかしいというか、あわてものというか、……まぁ、「ドジ」というのが一番しっくりくるな。


 そーいう、〈盗賊〉としては三流であるのを知っていながら、こうしてパーティを組んでいるのは、お人よしというか、物好きと言われてもしょうがねーなぁ、俺(苦笑)。何だか、放って置けねーんだよなぁ、こいつ(他にパーティを組んでくれるよーなやついるのか?とか、余計な心配をしてしまう)(微苦笑)


「ご、ごめんなさ……」

「だーかーらーっ! 謝んなっつーの!」

「で、でも、だって、」


 両手を胸の前でモジモジとさせながら、ネ子は上目遣いで俺の事を見つめる。


「私が~、そんなに難しくなかったはずの《罠解除》に失敗しちゃったばっかりに~、みんなで落とし穴に落ちちゃって~、こうしてダンジョンを彷徨う羽目になっちゃったんじゃないですかぁ~~」

「ちっ!」 


 鼻をグズグス鳴らしているネ子に、俺は舌打ちした。


「だから、それは、もういいっつーの!」

「でもぉ、私がぁ、あそこでドジしてなければぁ……」

「お前のドジなんて、いつものことだろーが!」

「あうぅ~~」

「そーだよ。ねーちゃん♪」


 お気楽な調子で言って、落ち込んでいるネ子の背中をバシンと叩いたのは、チョトツ・モーシン。お子様〈武闘家〉だ。見た目は茶髪のショートの少年だが、かなりの怪力だ(現に、大して力を入れてないはずなのにネ子のやつがむせかけている)(叩かれたのが背中じゃなくて肩だったらネ子のやつ、つんのめって転んでたかもしれないな)(汗)。


 もっとも、怪力なだけではなく、腕も確かだ。相手の急所に素早い動きで一撃を叩き込む戦い方が得意で、そういう点も含めた総合的な『攻撃力』は俺たちの中で一番だ(だから、このパーティでは、俺とモー(モーシンの愛称だ)とで前衛を担当することが多い)。


「気にしない気にしない♪」

「ありがとう。モーちゃん」

「うん♪」

「でも、……どうして、私ってこんなにドジなのかなぁ……」

「あ~~、もうっっ!」


 まだごちゃごちゃ言うネ子に、俺はまた怒鳴ってしまう。


「気が散るから、うだうだ言うのは止めろっ!」

「あうぅ~~」

「グチるより先に、やることがあるだろうが!」

「どうしてお主はそういう言い方しかできんのじゃ?」


 古風な口調で言って、ド派手な赤いローブを着た銀髪の美女が苦笑する。彼女の名は、フロー=フシ。年齢不詳の〈魔術師〉だ(自称、『ないすばでぃ~な十九歳』なのだそうだ)。


 スタイルはともかく、歳は怪しいが(…もちろん、そんなこと、とても怖くて口に出せねーけどさー)、その《魔法》の力や卓越した知識にどれほど助けられたか分からない。そのせい「も」あって、俺は、彼女には頭が上がらない。

(その他の理由は何かって? まー、いいじゃねーか、そんなことは)(苦笑)


「……過去の失敗を悔やむより、今、現在、目の前のことに集中しろって言ってるんです」

「そんなことは分かっておるわ」


 フローさんは、口元に笑みを浮かべた。


「お主の不器用さを再確認していただけじゃ」

「そーですかー」(なんとなく小さくため息)


 ……からかわれやすいのか、俺?


「ほれ、先に進まぬか」

「……へいへい」



 フローさんの言葉を受けて、俺は、……俺たちは、歩みを再開する。



「……しっかし、長い通路だよなー」


 何気なく呟いた俺の言葉に、「そうですねぇ」とネ子は相槌を打って、


「通路の分岐点から、現時点でもう九百五十六歩歩いています。今までの通路において、行き止まりまで到達するのに必要な歩数は平均五百歩ほどでしたから、もう倍近くの距離を歩いている計算になります」


 そんなことをあっさりと、言う。


「へ、へぇ~」


 ……何でそんなことが分かるんだ……?


「出口とは言えないまでも、何らかの特別な意味合いを持つ通路である可能性が高いため、このまま進むのが、現時点での最良の選択肢だと推測されます」

「そ、そうか……。って、お前、」


 思わず振り向いて俺は尋ねる。


「ひょっとして、今まで歩いた歩数、全部数えてたのか……?」

「はいっ!」


 ネ子は嬉々として答える。


「職業柄、こういうのは得意なんです!」

「職業柄、ねぇ……」


 俺は皮肉交じりな笑みの形に口元を歪めて見せた。


「そういうのは得意なのに、どーして、そんなに難しくない《罠解除》には失敗するのかねぇ、お前さんは?」

「あうぅ~~」


 得意げだったネ子の表情が一瞬にしてヘコむ。


「素人目にも簡単そーな《罠解除》に失敗するやつに『職業柄』とか言われてもなー」

「す、すみません~~」


 意地悪な俺の言葉に、律儀に(?)ネ子は頭を下げる。


「本当に、皆さんにはご迷惑かけてばっかりで大変申し訳なく思ってます……」

「ほ~~う。ホントーにそう思うのなら、結果で示してほしいもんだがなー」

「あ、あうぅぅぅ~~」

「そのぐらいにしておかぬか?」


 心底困ってしまって、どうしていいのか分からない様子のネ子に、苦笑交じりにフローさんが助け船を出す。


「人には、得意な分野と不得意な分野が必ずあるのじゃから、『その職業に期待されていることが全てできる』とは限らん。ネ子の場合、それがたまたま、『〈盗賊〉なのに、罠を前にすると緊張してしまい、解除に失敗することがある』というだけのことじゃろ?」

「そりゃあ、まぁ、そーですけどねー」


(でもそれって、神様から見放されて《司祭系魔法》の使えない〈神官戦士〉とか、《技》を使って人を傷つけるのが怖くて戦場に出られない〈武闘家〉、《魔法》を覚えるのが苦手で詠唱に失敗する〈魔術師〉並みにありえないことだと思うんですが、フツー?)


 そんなことを思いながら小さく肩をすくめて見せる俺に、茶目っ気たっぷりにフローさんはウィンクする。


「まぁ、好きな子をいじめたくなるお主の気持ちは分からんでもないがのぅ」

「は、はいぃ?」


 フローさんの言葉に、俺の目が点になる(なんすか、そりゃ?)。


「ひゅーひゅー♪ お熱いね、ご両人♪」


 モーのやつが口笛を吹いて冷やかす。


「え? え?」


 ネ子が状況がまるで分かっていないような戸惑いを見せる。


「何で、そーなるんですか?」


 俺はあからさまな苦笑を浮かべる。


「状況が進展しないからって、俺をからかって退屈しのぎするのはよしてくださいよ?」

「ふむ?」


 にやりと笑うフローさんに、俺もニヤリと笑ってみせる。


「冗談言ってないで、先に進みましょう?」

「そうじゃのぅ」


 フローさんがかすかに頷くのを確認して、俺は歩き始める。


「ちぇ~。つまんないの~」


 手を頭の後ろで組んで唇を尖らせながら、モーのやつもしぶしぶ歩き始める。


「あれ、あれれ?」


 いまいち状況が理解できていないように首を捻りながらも(……たぶん、ほんとーに、分かっていない)、ネ子も足を動かし始める。



 天然は、芸ではなく天然であるからこそ、天然と言われるのだ(棒読み)。



 ま、そうこうしているうちに、


「お?」


 どうやら行き止まりらしい所にたどり着き、俺は思わず声を上げた。松明で

照らし出された“壁”には、複雑な文様が描かれている。今までの行き止まり

にはこんなものはなかったから、


「……どーやら、ネ子の推測が当たったみてーだな」


 俺はちょっとだけ感心したようにつぶやいてしまった。


「はいっ!」


 嬉しそうなネ子の声を背中越しに聞きながら、俺は何気なく壁に向かって手

を伸ばし、


「あ、だめですっ! 触っちゃ!」


 彼女の鋭い声に止められた。


「お、おお……」


 俺は、苦笑しながら手を引っ込めた。そりゃー、俺は専門家じゃねーけどさー(まあ、その〈専門家〉もいろいろ失敗しまくっているけど、さすがに言えんな。この状況じゃ)。


「さぁ、ねーちゃん、出番だよ~」

「名誉挽回のちゃんす、じゃな」

「は、はいぃ~~」


 モーとフローさんに押されるようにして、ネ子が進み出る。


「……今度は、頼むぜ?」


 場所を入れ替わる時になるべく何でもない口調で告げる俺に、


「はいっっ!」


 気負いすぎる返事をしてネ子は“壁”を調べ始める。俺は、作業の邪魔にならないような位置に慎重に立つと、松明を掲げてネ子の手元を照らしてやる。


(今度こそ、成功してくれよ~~)


この上なく真剣な面持ちで仕掛けの解析を進めるネ子のことを半ば祈りながら見つめている俺のわき腹を、フローさんがつんつんと肘で突っついてくる。


「随分と心配そうじゃの?」(ひそひそ)

「あ、当たり前じゃないですか! 前例ありありなんですから」(ひそひそ)

「お主を見ていると、それだけではないように見えるんじゃが?」(にやにや)

「だっ、だから、それは邪推ですってばっ!」(こそこそ)

「え~、そうなの~~?」(ニヤニヤ)

「お、お前もかよっ!」(モーを睨み付けるが、何となく迫力に欠ける)

「前例ありありですから~~♪」(俺の口調を真似している)

「かっ、からかうのは止せよ、大人をっ!」(なにげに倒置法)

「え~~。おいら、子どもだから、わかんな~い♪」(ニヤニヤニヤ)

「つっ、都合のいいときだけ、コドモになるなよなっ! いつもは、子ども扱いすると怒るくせにっ!」(もはや、ひそひそ声とは言えなくなっている)

「~~♪」(どこふく風といった調子のモー)



「――何か、話してます?」



 動かしていた手をぴたりと止めて、ネ子が聞いてくる。


「いっ! いいえぇ! 何もぉ~~♪」


 冷や汗を流しながらも努めて冷静を装う俺の言葉に、「……そうですか」とかすかに頷いて、


「気が散るので、静かにしていてくださいね?」


 まったく嘘のない声音で告げて、ネ子は作業を再開する。


「もっ、もちろん!」(さっきは、黙っていても失敗したくせに……)

「……何か、おっしゃいました?」

「いっ! いいえぇぇぇ~」(何で、そーいうところには鋭いかなぁ、お前さんは?)

「恋する女の勘はそういうものじゃて」(にやにや)

「かっ、からかうのはよしてくださいってば!」(なっ、何故に、そーなるんですかっ!?)

「誰に恋している、とは言っておらぬが?」(にやにや)

「うぬぅ」(そーきますかっ!?)

「にーちゃん、顔、真っ赤だよ~?」(ニヤ~リ♪)

「うっ、うっせーなっっ!」(こんにゃろ~)

「動揺するところがますます怪しいのぅ」(ふふふふ)

「してないですってば、動揺なんか」(言葉遣いヘン)

「そ~かぁ~。にーちゃんは、ねーちゃんのことがぁ~」(ニヤリ~ン♪)

「べ、別に、俺はネ子のことなんて、何とも、」


 ガタン!


「あっっっ?!」

「どうした!?」


 声を上げたネ子の方に振り向いた俺が見たものは、



 ガタン! ガタン! ガタン!



 ……どー見ても、触ってはいけない所に触れてしまったために仕掛けが作動してしまっている様子の“壁”なのでした(トホホ~)


「【罠解除】に失敗しちゃいました~~」

「んなもん、見れば分かる!」


 涙目になっているネ子を俺は問い詰める。


「この後、どーなるんだ!?」

「ええと、……天井に仕掛けられた何かに連動しているみたいですからぁ、」

「上かっ!」


 松明を上に向けると、――天井が?!


「天井が下がってきておるのぅ」

「なんで、そんなに冷静なんですかっ!?」


 「今日はいい天気だのぅ」みたいな口調でそんなことを言うフローさんに、思わず俺はツッコんだ(まぁ、この場合、『冷静』というよりは、『危機感が薄い』が正しいけどな)。


「まだ、慌てるには早いからじゃ」


 さらりと言ってフローさんは、



【平等に あまねく全てを 照らし出す 太陽と月の 光の欠片を】



 《明かり》の《魔術師系魔法》を取り出した棒杖(ワンド)を対象にして詠唱する。

 ……た、確かに、明かりをもうひとつ確保しておいた方がこの場面では有効だ。冷静、なのか、やっぱり?(もっとも、《明かり》の《魔法》をここまで使わなかったのは、出来るだけ力を温存しておくためというより、単に使うのが面倒くさかったかららしいけどなー)(苦笑)


「このままじゃ、ボクたち、ぺちゃんこだね♪」

「『ぺちゃんこだね♪』じゃあなーいぃっ!」(ちょっとだけモーの口調に似てた)


 自分の命の危機だって、わかってらっしゃいますかぁ?!


「『〈武闘家〉たるもの、死地こそが身を置く所なり。生きるように死に、死に向きあうように生きるべし』ってね。あ、これ、とーちゃんの受け売りなんだけど、常日頃からぎりぎりの戦いの場に身を置いているべき〈武闘家〉が、命が危ないからっていつもと違う態度なんてとるようじゃ、修行が足りないっ

て言われちゃうってことだよ~♪」

「なるほどー! って、俺は〈武闘家〉じゃねーから、あんまりそんなの関係ねーー!」

「えへへ~♪」


 ペロッと舌を出すモーのやつの余裕をちょっとうらやましく感じながら、俺は次の行動の指示を出す。


「取りあえずここから離れるぞ! みんな、安全な場所まで走れ!」

「うむ」

「りょーかいっ♪」


 頷いて、フローさんとモーは今きた道を全速力で戻っていく。


「あっ、あうぅ」

「ちっ!」


 立ちすくんでしまっているネ子の手を引っ掴むと俺も駆け出す!


「コ、コウさん!」


 ネ子の驚いた声が聞こえたが、無視して走り続ける。……柔らかい手のひらを

意識する余裕など、ない(ないってば、ない! 断じてない!)。


「ごっ、ごめんなさいぃ~~」

「いいから、走れネ子!」


 まったく、手間かけさせやがる。


「やっぱり、お前は『ネコイラーズ』だぁぁ~~!」

「いっ、言わないでくださいぃ~~」

「お前を捕まえるのに、ネコなんかいるもんか~~!」

「あうぅぅぅ~~」


 涙ぐむネ子――〈盗賊〉としての通り名、『ネコイラーズ』を略して愛称、“ネ子”だ。『ネコイラーズ』ってのは、ネズミを殺す猛毒入りの餌のことだが、こいつの場合は、「あいつを捕まえるにゃ、猫も要らない」ってそのまんまの意味らしい。最初に聞いた時、「ギャグっぽい通り名だけど、ひょっとして実は凄腕の暗殺者なのかも…?」とか思っちまったのは秘密だ――のことなどお構いなしに、俺は、……俺たちは迷宮の通路を突っ走った。



 あ、そうそう。



 俺の名前は、シュ・ジーン・コウ。やや茶色がかった短めの金髪をした〈神官戦士〉で、一応、この物語の主役のはず、だ。まあ、自分で言うのも何だが、まるで自信はねーけどなー(苦笑)。

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