遅く、遅く どこまでも遅く

布団カバー

第1話

人が宇宙船を足に使うほど技術と行動範囲が進んだ時代

宇宙船の速度は骨董品と呼ばれる代物でも毎時100光年(1光年は約9.5兆キロ)。

そんな誰もが光の速さで動く時代を逆行するものを古の時代のアーカイブで見つけた。その時代の主な移動手段であった自動車のビジュアルは丸っこく可愛らしいデザインをしていた。

しかしんがら驚いたのは速度。

なんと時速40㎞

あまりにも遅い、文字通り桁違いに遅すぎて訳が分からない。そんな速度が移動手段として成り立っていたなんて。とても想像がつかず考古学者が立てた噓っぱちではないかと調べてみたが、しばらくして事実だと分かった。

そして気になってきた私はこの車をなんとか今の時代に再現したくなってきた。外見までは簡単だったが、問題は速度。

今の技術は速くすることは出来ても遅くするための技術はもはやロストテクノロジーになっており再現が絶望的になっている。

だが、諦めるわけにはいかない。

私は片っ端から古文書を探しては調べて再現を試み続けた。

それから長い時間が流れた。

いつしか私の周りには時速40㎞に魅了されたものたちが集まってきていた。

同好の者たちがいるようになってからは、いかに遅い車を作れるか大会が開かれることになった。今の時代はいかに速く、いかに(移動時間を)短くするか技術者が研鑽する中で、ここだけはまったく逆。いかに遅くするかを速くする以上に手間をかけて苦心しながらする日々、なぜだがとても心地よい。


大会は熱狂の声が響く中、数千年前の自動車を模した車がゆっくりゆっくり、ゆっくりと走る異様な姿がある。

観客たちの時間を浪費しながら悠長に急ぐことは決してなく走り続ける、その…あまりにも時代から逆行を体現する車の動きに観客は魅了される。

嗚呼なんて遅いんだ。遅すぎる。嗚呼そんな姿が愛おしい。

永遠にゴールにたどり着かないでくれ。嗚呼でも完走してほしい気持ちも同じくらいある。

どれくらいの時があっただろう。熱中するあまり短くも思えたが、実際にはかなり時間が経っているはずだ。しかし、やはり短かった。

そして、その時は訪れる。と同時に今日一番の歓声が会場を包みこんだ。

ここで生まれた熱気はいずれ速さに取りつかれたものたちすらも誘い込み、この世は再びゆっくりした流れになるだろう。多分。


それから大会の光景は光の速さで全宇宙を駆け巡っていき、色んな車たちが作られ始めることになった。

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