第21話 短夜
「スカボローフェア」は、もはや叶わぬ恋の相手を思う心を歌ったものだと学生時代に知った。英語の不得意な
うとうとする瑛太郎の耳に、
瑛太郎は立ち上がり、リビングを出た。本当ならシャワーに入りたいぐらいの汗だが、夜中に勝手に借りるのは気が引ける。杏珠もこの暑さで起きたのだろうか。志憧は?キッチンの灯りも消えているし、ほかの部屋も真っ暗だ。せめて顔だけでも洗わせてもらおうと風呂場に向かう。そこにも志憧はおらず、瑛太郎はシャワーをひねり、顔を濡らした。タオルを借りて水滴をぬぐうといくぶんすっきりした。リビングに戻ろうとして、ふと瑛太郎は足を止めた。
あの部屋から光が漏れている。「志憧」と書かれた習字が貼られていた部屋。瑛太郎は足音を消して、そっと扉に近づいた。隙間から暗闇に目を凝らすと、小さなスタンドライトの灯りに照らされる志憧の後ろ姿が見えた。杏珠はいない。
瑛太郎はシャワーを借りたことを伝えようとドアノブに手をかけた。と、気配に気づいた志憧が振り向いた。
「あ・・・・・・」
つい声が出てしまったのは、振り向いた志憧が泣いていたからだった。志憧は彼の名前が書かれた半紙を優しく撫でていた。
「瑛太郎さん・・・」
「す・・・すみません、あの、寝苦しくて・・・」
志憧は慌てて涙を拭った。瑛太郎の口が勝手に動いた。
「どうしたんですか」
部屋には入りづらい。入口で返事を待っていると、志憧が近づいてきた。そして力強く抱きしめられた。
「あ・・・あの・・・」
「・・・このまま・・・少しだけ」
「志憧さん・・・?」
志憧の体も汗ばんでいた。互いの冷えた汗が冷たい。すがりついてくる志憧の腕が小刻みに震えている。瑛太郎は自分も腕を回し彼の背中を優しくさすった。志憧はゆっくり顔を上げた。一度拭ったはずなのに、また涙があふれ出していた。
「わすれたいのに・・・できない・・・」
亡くなった恋人が、彼の後ろに立っているような気がした。瑛太郎は暗闇を凝視しながら答えた。
「・・・忘れなくても・・・いいんじゃないですか」
志憧は驚いた顔で瑛太郎を見た。瑛太郎は涙で濡れた志憧の頬を撫でた。杏珠と接する時の穏やかで包容力にあふれる志憧ではない。きっとこれが本当の彼なのだ。誰にも頼れず、ひとりきりで杏珠を育ててきた。弱音を吐ける相手もいなかったのだ。
「寂しかったら僕がいます。杏珠ちゃんの遊び相手でもなんでも出来ます。彼が忘れられなくて苦しいなら、頼ってくれてもかまわない」
「瑛太郎さん・・・?」
「代わりにはなれない・・・でも慰めることなら・・・」
言い切る前に、志憧は熱い唇を瑛太郎に押し当てた。バランスを崩して瑛太郎の背中が壁に当たった。志憧はむさぼるようなキスをしながら体を密着させる。瑛太郎は頭の片隅にあった杏珠の存在が、ぼんやりと薄れてゆくのを感じていた。
瑛太郎はせわしない手つきで志憧の上半身を裸にした。自分もTシャツを脱ぎ捨て、離れようとしない志憧の体に下半身を押し当てる。いつか服を着たまま疑似的に体を重ね合わせた。今夜はそれでは足りない。熱くたぎるそれぞれを擦りあわせ、唾液にまみれたキスを繰り返した。
「ん・・・あぁっ・・・ぅん・・・」
指を動かす度に、ぐちゅぐちゅとみだらな音がして、志憧の中が絡みついてくる。ここに挿入するんだと思うと、下半身が熱くなる。四つん這いになった志憧は背中をしならせて、切ない声をあげる。汗で光った背中越しに振り向いた志憧は甘い声で、はやく、とせがんだ。まだほぐしきれていないのに、瑛太郎も志憧の妖艶な表情に我慢が出来なかった。
好きな相手とセックスをしたのはいつぶりか。いや、こんなに満たされた想いで誰かと身体を繋げたのは初めてだったかもしれない。何度も達した。何度も貫いて、そのたび志憧はぼたぼたと精を滴らせ、床をびしょびしょに濡らした。
甘美な夜は短く、気がつけば空が白みはじめていた。
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