第14話 幽暗
「彼とは・・・・・・十代の頃から他人には言えない仲でした」
そういう関係を持ち始めて、お互いの存在にのめり込んだ二人は一生側にいると誓いあった。が、ある日彼は急な留学を決め、志憧の側を離れたという。
「はじめは、一年で戻ってくると言っていました。それが二年、三年と伸び・・・そのうちに連絡がつかなくなりました。そしてこの手紙が届いたんです」
フォトフレームに入っていた手紙は、外国に行ったきり戻ってこなかった恋人からのものだった。そしてその内容は、現地で知り合った女性と結婚する、という知らせ。
「もうおまえとはおわりだ、とでも言うようにこの写真を送ってきました。それから・・・・・」
志憧は言葉を探して、天井を見上げた。
「少しして、妊娠した奥さんと帰国する、と聞きました。僕はもう・・・彼に近づくことも出来なくなりました」
「・・・事故は、いつ?」
「帰国したその日です」
「!!」
センターラインを越えて来たトラックは、夫婦の車に向かって少しもスピードを落とさずに突進した。とっさにハンドルを切ったが、運転席はつぶれ後部座席に座っていた妻だけがぎりぎり命を取り留めた。しかし数時間後、彼女は亡くなり子供だけが残された。
「杏珠は三歳になるまで乳児院に預けられていました」
忘れ形見という言葉では語りきれない、志憧と杏珠の関係。愛した男の裏切りと、その妻の子供を育てる志憧の思い。憎んでも不思議ではない相手の子供を、これほど愛せるものだろうか?
「杏珠は今でもたまに、パパ、と呼ぶことがあります。テレビでそういう言葉を聞いたあとは特に・・・子供の本能なのかもしれません。僕は最初に、自分の名前を覚えさせました。本当の親子でないことを知らせないために、幼稚園にも通わせなかったんです」
通わせられなかったのではなく、通わせなかった。少しずつ真実が紐解かれてゆく。
「父親に似た目で見つめられ、志憧と呼ばせる・・・僕のやっていることは・・・最低です」
「志憧さん・・・・・・」
「まっとうな愛情なんかじゃない・・・」
「志憧さん!」
志憧は大粒の涙をこぼした。瑛太郎はとっさに志憧の肩を掴んでいた。酒の力とはいえ、こんなに危うい志憧を放っておくことなど出来なかった。
唇が触れるほど近く顔を近づけ、瑛太郎は言った。
「あなたは悪くない・・・あなたは裏切られたんでしょう」
「・・・・・・っ・・・」
「立派に父親の役目を果たしているじゃないですか!罪悪感なんて感じなくても・・・」
「瑛太郎さん・・・」
瑛太郎は、自分を見つめる志憧の涙を指先で拭った。目は潤み、半開きの唇は切なげな吐息を漏らす。瑛太郎は志憧の顎をそっと上向かせ、唇を合わせた。
隣では、杏珠が安定したリズムで寝息をたてていた。
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