第49話 蹶起
昼休み、その場にいたたまれなくなった碧人はすぐさま昼食を終えて教室への帰路についた。とはいえ、やはり也寸志もやることがないらしく一緒に食堂から三年生の教室のある階まで歩こうという話になった。
とはいえ、どちらも受験生。自然と話題は受験のことになってくる。
「共通テストの問題集っていつ発売だっけ?」
「○台と河○塾は6月、代○ミと○会は7月だった気がする」
也寸志は筋肉第一だが、受験のことも考えているためそういった細かい情報もきちんと入手している。
「横解きできるのない?」
共通テストの問題集は、全体的にどのくらいいけるのかを判断するのには良い。だだし、得意な分野と苦手な分野がある場合は効率が落ちる。
「旺○社の奴は二種類あった気がする。教科書チックな奴とバリバリの問題集の奴」
「へー」
碧人は也寸志の話に出てきた参考書をできる限り覚えながら、その後も受験のことについて話していく。
しかし、次第に話は受験とは関係ないことになっていった。
「話は変わるけど、この前リュックを背負ってランニングしたんだよ。なんかリュックがわさわさすると思ったらリュックサック全開だった。あるあるじゃね?」
「ああうん、あるあ……あるか?」
碧人は、歩いているとなぜかリュックサックが全開な人を見かける。特に何か理由があるのだと思い特に気にしないことにしている。とはいえ、自然と気が付きそうなものだと碧人は考えた。
自然と教室に戻ったら参考書の続きでもしようかと考えが移行する。そんな中、とある出来事が起こった。
「ん……?」
歩いている碧人は、ふと違和感を覚え足を止める。
丁度近くにある教室を見てみると、僅かながら教室のドアが音を立てて小刻みに震えていた。
近くで工事か何かがあり、その振動が伝わっているのかと思うとすぐさまその振動は収まった。
「なんだったんだ? 地震?」
振動の大きさからして、そこまで大きな地震ではない。せいぜい震度二くらいというのが碧人の体感であった。
そのため、特に気にせず碧人は歩いて也寸志と分かれると教室と到着する。
すでに次の授業が迫っており、次の時間の教師がいるのだがいつもと様子がことなった。
化学の教師が映像を見せるためにパソコンとプロジェクターを準備しているのだが、様子がおかしかった。
「あれ? パソコンもプロジェクターもどっちも給電されてないな?」
パソコンは、ノートPCである以上バッテリーが入っており給電の様子が見られるのだがそのような表示はない。そして、プロジェクターは起動すらしない。
どちらか一方であれば器具の故障だろうが、どちらも動かないのだ。それが意味するものは、そもそもコンセントに電気が通っていないということだ。
「ちょっと事務室に確認してきます」
そう言って帰ってきた後、化学の教師は停電であると生徒たちに告げた。
特に直接被害があるわけでもないが、暗くなった場合明かりが確保できない。そのため、急遽今日の部活は全て中止。放課後即下校となった。
◇
「停電なんて珍しいな」
天気は晴れ。強い風雨がこの辺りを襲ったわけではない。
しかし、送電事業者の公式サイトを見るとかなりの広範囲で停電していると書かれており、原因は変電所の故障であるらしい。
珍しいこともあるものだと、特に碧人は気にせずに下校としていると也寸志の姿を見かけた。
本来であれば筋肉いじめに邁進している時間だが、今日は停電であるため全員下校である。であれば、たまには也寸志と一緒に帰ろうと思い碧人は也寸志に近づいた。
「也寸志? 一緒に帰ろうや」
受験のことなりいろいろと話そうと思ったが、也寸志の様子がおかしかった。
「ああ、悪い。今日ちょっと用事がある。飽海と一緒にでも帰っといてくれ」
今回の部活動がなくなったのは偶然である。にもかかわらず、ある用事とは一体何なのか。碧人理解できなかった。
「碧人くん? たまには一緒に帰りましょう?」
棒立ちしていた碧人に、声がかかる。飽海だ。
「ああ、そうしようか」
碧人は、気持ちを切り替えて飽海と一緒に自転車で帰ることにした。
しかし、自転車であれば帰りながらの会話は難しい。並列しようものなら、いつ警察の世話になるかわからないからだ。尤も、以前二人乗りを平然と行ったのだが。
そのため、道中の公園にて軽く話をすることにした。
「それにしても、さっき見てたけどあの筋肉馬鹿は用事があるとか言ってたんでしょ?」
飽海は部活動がないことをいいことに碧人と帰ろうと画策していたため、也寸志が碧人提案を断っていたことを知っている。
「まあ、そうだね。てっきり一緒に帰れると思ったんだけど、なんか事情があると思うけど──」
やはり、下手に他人の家庭の事情には突っ込めない。
「まあ、どこの家も色々あるからね。ところで英語の勉強はできてる?」
飽海が彼女なりの優しさを見せると、話は碧人のことに移る。碧人のことが気になって仕方ないようだ。
「まあ、それなりには共通テストの試行調査やってみたけど七割いけるかなって感じ」
順調に英語の実力が上がってきているようで、飽海は自分のことのように安堵する。そして、さらなる安堵を求めて追加で質問した。
「そうなんだ。じゃあそろそろあの先生のとの個人授業も終わり?」
飽海は碧人に笑顔を振りまいて質問してきた。
疑問形にはなっているが、その顔はただの疑問形には使わない圧を放っている。
「ああ……俺としては、もう少しやってもらいたい気はするけど──」
もっとやりたいのは事実だが、英語教師にも迷惑がかかっているし、何より飽海が何をやらかすのかわからないという恐怖もある。
「絶対独学でやった方が早いからね? ポ○ポレでも読んで、300か500字くらいの英語長文をやればすぐだって」
飽海は、なんとかして英語教師との個人授業を終わらせたいようだった。
「か、考えてみるよ」
穏便に済ませるため、肯定的な動作をして飽海を落ち着かせた。
「それじゃ、私帰るね」
碧人の回答に満足した飽海は、嬉々として帰っていった。
「個人授業辞めるか……」
飽海の言う通り、独学にしたほうがコスパも良いのだ。大学受験に本腰を入れるため、そう決断することにした。
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