第48話 目覚め
「えーっと……」
涼は、父親が去ったこともあり早速八部大学の募集要項を眺めてみる。その量は、数百ページにも及び受験生と言えどくまなく読んだ人などいないのではないかと思えるくらいの字の密度。文字数の合計は薄い文庫本にも匹敵する量であった。
そもそも、八部大学は総合国立大学であるため学部も数多い。そのため募集人数や二次試験の内容など事細かに書かれており、見てると涼は頭が痛くなってきていた。
「キャンパスの方を見よう」
とりあえず、楽しそうなものから見ようと思いキャンパスの項目を見る。
大半の学部生が所属するキャンパス、海洋科学部生が所属するキャンパス、医学部生が所属するキャンパス、保健医療学部生が所属するキャンパスがある。
そこで、初めて涼は碧人の行く学部がわからないことに気がついた。
「あれ? 碧人って……」
涼が碧人から聞いているのは、八部大学に進学を希望しているということだけ。具体的な学部は聞いておらず、少なくとも理系であることは判明している。
すぐに連絡をしようかと思ったが、碧人は現在学校である。
ただでさえ経誼高校はスマホに対して厳しく、電源を起動した状態で学校に持ち込んでは行けないことになっている。
しかし、実際はこそこそスマホを授業中に起動している人は多くいる。
連絡してしまい、碧人のスマホが鳴ってしまうことを考えるとそうおいそれと連絡はできない。
「まあいいか」
涼はこの件を後回しにすると、今度は学部の一覧を見る。
文学部、経営学部、工学部などなど。
学部は数多くあれど涼の心に刺さるようなものは一つもない。
「まあ、共通テストの後でいいか」
共通テストの内容は、文系と理系で分かれているだけだ。そこから決めたとしても決して遅くはない。
「あと一応、オープンキャンパスとかも調べないと……」
四年間通うことになるのだから、視察くらいは行ったほうが良い。
「でも遠いな。他の私立とかも調べるか」
どうせ西日本へと向かうのだ。だったら、西日本にある有名私立大学もいくつかピックアップしてみる。
その後大学調べで涼の一日は潰えることとなった。
◇
「大学のパンフレット請求するだけでギフトカードもらえるキャンペーンってわりといろんな企業が行ってるから応募しない人は絶対損すると思うの」
遠州経誼高校のカフェテリア。
碧人は飽海に強引に奢られうどんを、飽海はあんかけ焼きそばをそれぞれ食していたのだが、突如として飽海が碧人に話しかけた。
「まあ確かに、俺もベネ○セとマイ○ビとリク○ートから取り寄せたけども……」
有名所の三社であるが、実際には他にも同様の事業を行っている企業はあったりする。
「いやでも、書籍用のカードはいいとして、あのプリペイドカードってコンビニくらいしか使えないじゃん?」
書籍用のカードは学習参考書を買い漁る受験生にとっては利用価値が高い。書店のほぼ全てで使えるためである。
一方で、別のプリペイドカードに碧人はあまり好感を持っていなかった。どこで使えるのか分かりづらく、一応コンビニで使えることだけは知っている。
「碧人くん? あのカードって書店の大半は使えるよ?」
「そうなの?」
碧人からすれば寝耳に水である。
正直言って、コンビニで使うくらいの価値しかないと思っていた体。
「ええ、もちろん。しかもあのカード、一万円分買うと一万百八十円分になるの。そこに、コンビニ大手のデビットカードを使えば購入費用につきポイントが貯まるから、二%くらい得するの」
いかにお得に本を買うか、力説する飽海。
碧人としても、今後に生かせる情報が多く聞き入ってしまう。
「なるほど……」
食事中だというのに、咄嗟にスマホを取り出してメモアプリを開くくらいには覚える価値があるものだった。
しかし、そんな二人に近づく人物が現れた。
「よう、碧人。何の話ししてたんだ?」
隣に立っていたのは也寸志だ。
手には
「ああ、大学のパンフレットを請求しまくってギフトカードを沢山貰おうって話だ」
「ギフトカード? ああ、コンビニくらいしか使えないだろ? 一応プロテインドリンクとかは置いてあるけど他には……って飽海? なんだその目線は」
也寸志も、かのギフトカードのことはあまり知らないらしく碧人と同じ様な勘違いをしてしまう。だが、飽海の対応は真逆だった。
嘲笑するにも値しないとばかりに、ただ冷ややかな目で見下すだけ。
「いえ、あなたがあまりにも無知すぎて話にならないと思っただけ」
「あれ? 俺もさっき──」
自分と也寸志の状況は一緒なのではと思った碧人が口を挟もうとするが、その瞬間飽海が自身のあんかけ焼きそばの最後の一口を碧人の口へと突っ込んだ。
色々とこんがらがる碧人をよそに、飽海は落ち着いたようにお茶を飲む。
「碧人くんは別にいいの……。ちなみにその箸は、碧人くんに食べさせるようにもらってきたものだから」
そう言い残すと、飽海はあんかけ焼きそばを持ち食器を返しに行った。
ようやく落ち着いてきた碧人は、也寸志の方を見るが也寸志もまた落ち着いている。
「ここまで露骨な差別だとむしろ不快感少ないよな」
飽海から冷たくあしらわれることに、也寸志は慣れすぎてもはや何も感じない。それどころか、何かを喋りたげに碧人の方を向いた。
「ところで碧人」
「なんだ?」
也寸志が話すことの大半は筋肉だ。どうせ今回も話す内容は筋肉関連だと思い、平常心のままうどんを啜りながら聞く。
「飽海のこと……好きか?」
碧人は、咄嗟にうどんを啜るのを止めた。そして、無理に麺を切るとしばらくの咀嚼の後に口を開く。
「さあ……わからん」
飽海は、あくまでも友人。碧人としてはそのスタンスを崩したくはない。
「付き合おうとはしないのか? あからさまな好意を向けてくるし、面倒くさく……。重すぎてちょっと面倒くさいかも」
ちょっとしたカップル内のトラブルであれば、飽海はおそらく碧人を立てて収めるはずだ。しかし、重すぎてもまた面倒くさい。
「飽海が俺のこと好きなのはわかってるよ。……尋常じゃないくらい」
「言ってて恥ずかしくない?」
「めっちゃ恥ずかしい。でも、……その想いに真摯に答えてやらんとな」
人の恋愛感情は特別なものだと、碧人は考える。
決して無下に扱ってはいけないということも。
その点、鈍感系主人公の罪深さといったらない。
「告白でもされたのか?」
也寸志は自分に好意を持っている女子が現れたと錯覚している同級生たちを何人も見てきた。しかし、碧人は確実に飽海から好かれているという実感を持っている。
二人の間に、也寸志が知らない何かがあると踏んだ。
「一年の修了式の時、告白されたよ。でも返事はまだしてない」
一年の修了式の放課後、飽海は碧人を誰もいない体育館の裏に呼び出して告白した。だが、返事を先延ばしにしたまま放置している。
「……一年以上も放置か。さすがにまずいだろ」
「わかっているよ……でも……」
碧人は、その続きを言うことがなかった。
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