第25話 助けてくれたのは
「じゃあ鶏谷くん、終わっていいよ」
2年6組のクラスでは、店番の担当者が何故か集合時間に来なかったために碧人が招集されていた。しかし、クラスの生徒が集合時間に来なかった生徒を無事に確保して連行ため碧人は自由の身となった。
「長かった……」
最近クラスの中で使い勝手の良い労働力と認識され始めた碧人だったが、さすがにここまで働けば先日の休んだ件を帳消しにすることができる。と、碧人は思っていた。
「さて、涼はどこだ?」
なにせ、涼と分かれてから一時間弱が経過している。どこに行ったのかさえわからない。
スマホを確認しても、特にメッセージは来ていない。
「帰ってはないと思うけど……」
まだ学校にいると仮定した場合、まず二年生の教室付近にはいないはずである。そうなると、部活動の出し物か一年か三年の出し物のはずである。
そう考え廊下を歩くが、道行く人の多く。学校部外者のほとんどがとある紙を持っていることに気がついた。
「何だ? あの紙」
ふと碧人は呟いたが、それに答えるように言葉が返ってきた。
「なんでも、入り口で配られたらしいけど」
碧人が振り向くと、そこに立っていたのは暇そうな飽海であった。そして、飽海はどこから手に入れたのか例の紙を持っており碧人へと手渡す。
「学校側も把握していなかったらしくて、確認しに行った時には既にその紙を配った人はいなかったそうよ? 何でも、とある宗教団体が関わっているとかいないとか。不愉快極まりないわ。例の彼女ももらったんじゃない?」
碧人が紙を見ている間、飽海は蔑みのこもった感情が透けて見える声で説明した。
そして、碧人も共感するかのようにその紙に嫌悪感を示し飽海へと返却する。
「そういえば、涼をどこかで見なかったか?」
「ついさっきパソコン部付近を歩いているのを見たけど」
「ありがとう。それじゃ」
碧人は飽海にお礼を言うと、すぐにパソコン部の教室へと向かう。
「CPU焼肉、10枚限定で神戸牛も用意しています! 今なら一枚二千円!」
熱心な演説の割に人通りの少ないパソコン部の教室へと到着した碧人は、すぐさま涼の姿を探す。
「そんなに遠くには行っていないはず」
涼が次に向かいそうな場所を考えていると、聞き馴染みのある声が碧人を呼んでいるのが聞こえた。
「あ、碧人! ちょうどいい。手伝ってくれ」
現れたのは腕章をつけて現在警邏中の也寸志であった。しかし、何か忙しいようである。
「ああ、悪い今忙し──」
涼を探しているから付き合えないと言おうとすると、也寸志はその言葉を遮ってまで現在起きている自体を伝える。
「不審者が侵入しているという情報があった。それとさっき、碧人が連れていた子と話してたぞ」
「本当か? 也寸志」
碧人は也寸志に強く聞いてみるが、也寸志は首肯する。
「ああ、怪しいとは思ったんだが、別件で立て込んでたんだ。だから今筋肉がひどく後悔してる」
そのせいなのか、也寸志の筋肉はひどく小刻みに動いていた。一般人には分からないが、筋肉が後悔しているらしい。
「そうか、でその不審者ってのは」
「ああ、新興宗教団体の若い信者だ。二人いたが、もう一人は生徒を装って紙を配ったってことでさっき警備員に引き渡した」
也寸志は謎の紙を配っていた男を取り押さえるために動いたため、先程は怪しい男に声をかけられなかった。
「あの紙か、一体何なんだ」
紙の目的がわからない。宗教団体なら勧誘の意味もあるだろうが、だとしたら宗教名や勧誘の文言が書いていないのもおかしい。
「異世界にいる現職の魔王を引きずり下ろして新しい魔王を据えようって話だ。ここよりも遥かに上位時空にある異世界を悪い魔王が統べているから下位時空のこの世界に悪い影響が出ているらしい」
也寸志は、その宗教を知っているのか詳しく話してくれた。
一般人からすれば一度精神科への受診をおすすめされるような内容であり、創作だとしても突っ込みどころ満載である。しかし、涼が語ってくれた異世界の話が引っかかるのだ。魔王と異世界。確かに、この二つの単語は涼が話してくれたのだ。他にも聞きたいことは山ほどあるが、今は呑気に宗教について語ってる時間などない。
碧人を急がす原動力となったのは、涼の運の悪さである。
異世界召喚したことがあるのだ。おまけに、涼の父親も中々に運が悪い。不審者程度であれば、何かされてもおかしくはない。
「無事でいろよ……」
◇
「今いる魔王は悪だ。何にもしてくれないひどい魔王だ」
好青年が一心不乱に顔に狂気を滲ませて語り始めたのは宗教の話であった。しかし、話し始めた当初から全く同じことを何度も繰り返し話し、もはや呪詛のようにも聞こえた。
「黒く、羽の生えた悪魔。間違いない、きっとこいつが魔王を誑かして魔王は愚に返ったんだ。夢に出てきたんだ! だからこの黒く羽の生えた悪魔で間違いない! 生物なんて人間も含めみんな馬鹿なんだ。だからこそ、おこぼれに縋るしかないんだ。君はわかるだろ?」
好青年──もといただの狂った青年は、涼に接近すると延々と呪詛を垂れ流す。黒く羽の生えた悪魔はというと、夢に出てきただけというただの空想上の産物であった。しかし、涼とて引っかかるものはある。魔王だ。
涼がいた異世界と同じものを指しているのか、あるいはただのゲームや漫画にのめりすぎた残念な人なだけなのかはわからない。
とはいえ、青年から離れようにもこの有様である。少しでも動けばまるで涼を封じるかのように動くため離れられようがないのだ。
「間違いない、魔王は赤髪赤目。勇者に殺されかけたけど復活したんだ……。それにしても、君がいてくれて助かった。みんな、この紙に興味がなさげだったけど君は違う。この言葉に反応していたよね? わかるんだ。君は他の人とは違って、魔王のいう単語に反応していた」
青年は、人通りの多い場所で適当に声をかけて魔王の話に興味がありそうな人を見極めていた。しかし、よりにもよって涼は、魔王という単語に反応してしまったのだ。
そのことを赤裸々に告げた青年は突然に震えだす。何かキメているのかと疑いたいものだ。
しかし、それ以上に涼からすれば引っかかる言葉が増えた。
実際、魔王は赤髪赤目だし、勇者である涼は殺したつもりだ。その後どうなったかはわからないが、復活した可能性も無きにしもあらず。
「でもよかった、ここなら人は来ない。だって警邏ルートを確認したんだから。安心しよう」
突然笑い出す青年を前に、すぐに逃げ出そうと走り出す。しかし、青年は一瞬で追いつき馬乗りになる。
「大丈夫、逃げないで、逃げないで。新しい魔王に祈ろう。古く悪しき魔王を殺そう」
何か話しても話が通じなさそうな青年から逃げ出すためにはどうすればよいのか。そう考えた時だった。
「魔王なんていない。異世界なんてない。それがこの世の理だ」
涼に馬乗りになっていた青年は、也寸志の蹴りで数メートル先まで飛んでいった。
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