第2話 年上も年下もどちらも良いものですよね
「それより聞いたか。今日ナミちゃん先生の代わりの先生が来るんだってよ」
「へぇ」
席に着くなり和弘がそう言ってきた。
ちなみに、和弘の席は俺の1つ前だ。腐れ縁と言うべきか、席替えをしても2つと席が離れる事が無い。もはや気持ち悪いレベルだ。
そして、ナミちゃん先生は国語教師であり、我が2年3組の副担任だ。この度めでたく懐妊し産休に入った。なお、今後登場はしない。
「あと、1年のクラスに転校生が来るらしい」
(さっきの御剣って娘かな?)
「あ、俺その転校生会ったかも」
「マジかっ!! 女か!?」
「ああ」
「うぉぉ! 可愛かった? 可愛かったか一!!」
和弘は、どうせ縁など出来ないであろうに無駄にテンションを上げている。
(うぜぇ)
とも思うが、悪友とはいえ一応は友人。
猿へのエサ……いや、楽しい話題の1つでも提供してやろう。
「何と言うか……凄かった」
「何が凄いんだ? どっちだ、どっちに凄いんだ?」
そんなバカ話をしていると、
「お前ら席着け~! HR始めるぞ」
担任の体育教師、強羅隼人(通称ゴリラ)、39歳独身がガラガラとドアを開けて入ってきた。
『うぉぉ』
クラスの野郎共が一斉にどよめく。
別にゴリラの上腕二頭筋が普段の2割増しに膨れ上がっていたからではない。
後ろに物凄い美人が従っていたからだ。
25歳位の綺麗な黒髪をショートボブにした、リクルートスーツの良く似合うスレンダーな美人だ。
その凛々しさには男子のみならず、女子も見惚れている。
(あれ、誰かに似てるな)
「日直、号令は!」
「っはい! ……起立、礼、着席」
ハッとした日直の号令で全員が立ち上がるも、その視線は一点に集中していた。
「あ~皆も気になっているだろうから早速紹介するぞ。産休に入った福島先生の後任で、古文とこのクラスの副担を務める事になった御剣京花先生だ。……先生、何か一言」
「……ご紹介にあずかりました御剣京花です。若輩者ですがよろしくお願いします」
と言って綺麗なお辞儀をする。
その所作にクラスの全員がほぅと息を吐く。
(やっぱり姉妹かな?)
なんて事をぼんやりと考えていると特大の爆弾が炸裂する。
「なお、私はこのクラスの小笠原一君の許嫁ですので悪しからず」
「……は?」
『えぇぇぇ!!!!』
何だそれ。俺は何も知らないぞ!?
だから和弘。俺に殺意の籠った視線とシャーペンの先を突き刺すな!!
一体どういう事!? 誰か教えてくれぇ~!!
****
1時間目の授業が終わった後、教室は騒然としていた。
そりゃそうだ。いきなり教師が生徒の婚約者とか言い出したんだから。
「どういうことだ一!!」
「 どういうことも何もこっちが聞きたいぐらいだよ!」
休み時間になり和弘に詰め寄られる。
周りにいる生徒からも視線と殺気を感じる
「でもあの人カッコ良かったよなぁ」
ふと、和弘は遠い目をする。
刹那、和弘の目には陶然とした色が宿る。
その感情の起伏には、正直ついていけない。俺は和弘を海岸で干上がったウミウシでも眺めるかのような目で見詰める。
「……」
だが、確かにあの人はカッコいい部類に入ると思うけど、女性にそれはどうなんだ。
「それにしてもあの人すげーよな。あんな堂々と宣言しちゃうんだから」
「あ~……ああ」
俺は曖昧に相槌を打つことしか出来なかった。
というか和弘。無意識に俺の首を締めてくるな。
****
その日は休み時間になると質問攻めで大変な目にあった。
何を聞かれても一切知らないと答える俺にヘイトは溜まる一方。
しかし、そんな事を言われても困る。本当に何が何だか分からないのだから。
噂は1日で学校中を駆け巡り、その日の帰りのホームルームまでには小笠原一を社会的に抹殺する会なるものまでが発足したらしい。
(和弘が同情して教えてくれた。……会の会員証を見せながら)
そんな殺意のこもった視線に耐えきれず、俺は帰りのHRが終わると一目散に教室を駆け出だす。
背後からは怒号の嵐。
下駄箱で急いで靴を履き替えていると後ろから
「
と、呼ぶ声がしたのでビクリと振り返る。
そこには朝に登校途中に出会った、御剣雪花が制服姿で佇んでいた。
「まあ義兄様ったらそんなに驚いて。どうかなさったのですか」
「あの、僕にはこんなに可愛い妹がいた記憶がないんだけど」
「まあ可愛いだなんて、照れてしまいます」
まるで暖簾を腕で押すような、感覚。
可愛い女の子だが、正直、怖い。
「……それよりおにいさまってどういうこと?」
「姉からお聞きになっていませんか?」
「 姉ってやっぱり御剣先生のこと? 朝いきなり俺が許嫁だなんて言い出すからびっくりしたよ」
「あら、やはりお聞きになっているではありませんか」
「全く意味が分からない。もっと詳しく聞かせてくれ」
彼女は辺りを見回すと
「ではここでは何ですから、歩きながらお話しいたしましょう」
と、言いにこりと笑うのだった。
****
御剣と二人で校門を出ると初老の紳士が黒塗りの高級車の横に立ちたたずんでいた。
紳士は慇懃に頭を下げると、
「 お迎えに上がりましたお嬢様」
と言う。
どうやら彼女の迎えらしい。
御剣は、
「もう、行き帰りぐらい一人でできますのに」
と言って頬を膨らませている。が、今朝の様子では、家人にも心配しかないのだろう。
「お嬢様、この方は……」
「義兄様です」
「ほぅ、この方が」
そう言って俺の方を見た紳士の瞳。そこにはなぜか少し怒りの色が見えた。
「どうせ迎えに来たなら義兄様を送って差上げて下さいな」
「 かしこまりました。
……ではお乗り下さい小笠原様」
「ちょっと待って下さい何で俺の名前知ってるんですか。待って、押し込まないで。乗るから押し込まないで!!」
そうやって俺は車に押し込まれた。
今日は厄日だ。だが、厄日は未だに続く事になるのだった。
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