第27話 視線
「これが弟の優人だ」
「……どうも」
「優人くん、はじめまして」
聡が連れてきたのは、
冴はとても優しそうに微笑んで、軽くでいいのに深々と七森に頭を下げる。
ミモレ丈の藍色のスカートに白いブラウスで姿勢も良く、まるで清楚を絵に描いたような出で立ちだった。
そして、ついつい目が行ってしまうほど大きな胸の中心には、その清楚なもとは少しアンバランスな銀色のペンダント。
ハートや十字ならまだわかるが、四角い台座に龍のような蛇のようなデザインが施された可愛らしいとは言いづらいものである。
腕にも同じデザインのものブレスレットをつけている。
伯母は冴が気に入ったようで、嬉しそうにここへ座ってと彼女を居間へ通した。
修一は息子が初めて彼女を家に連れてきたため、少し戸惑っているというか、気恥ずかしいようで散歩に行ったまままだ戻ってきていない。
テーブルの上には料理上手な伯母が作った洋食が並んでいる。
「まぁ、本当にお上手なんですね。どれも美味しそう」
「ふふ、ありがとう」
冴に料理を褒められ、上機嫌で伯母は取り皿を取りにキッチンへ向かい、リビングには仲睦まじく座っている聡と冴、その斜め向かいにいる七森の三人。
「二年ぶりか? お前は全然何も変わってないな」
「たった二年じゃ、そんなに変わらないよ」
社会人になってから一度もまともに帰省していない七森は、聡と会うのも二年ぶりだ。
それにしても、二年ぶりに会った伯父夫婦は特に老けた印象はなかったのだが、聡の方は随分老けたような気がする。
まだ二十代半ばだというのに、三十代と言われても全く違和感がないくらいだ。
「兄ちゃんは老けたね……」と言いそうになったところで、思いとどまった。
流石に彼女の前で兄を下げるようなことを言ったら、後でまた嫌味を言われそうだし、何より今は妙に機嫌がいい。
こういうときは、余計なことは言わないのが得策なのだ。
それに————
今夜は花火が見えるからと、カーテンを閉めていないリビングの大きな窓から、見られている視線に気が付いた。
あれが見てる。
七森にしか見えていない、女の姿をした霊か呪いの化け物……
どちらか判断するのには、まだ確証がない。
少し違うような気もする。
ただ、事務所にいるようなあやかしととも違うからこそ、七森は何もできない。
窓に顔をべったりと貼り付けて、黒い目でこちらを見ている女の顔が、気持ち悪くてたまらない。
「優人くんは、なんのお仕事をしているの? あ、それともまだ学生さん?」
窓の外にいるものが気になって、会話に詰まっていた七森に冴はニコニコと微笑みながら尋ねる。
あれと視線を合わせないように、七森は冴の離れているが大きな目に視線を移した。
「ああ、えーと、人材派遣の事務所で働いているんです。小さな会社ですけど、愉しい職場なんですよ」
七森はいつものように他愛もない会話で冴と打ち解ける。
そのうち伯母もリビングに戻ってきて、冴は聡の働いている会社の事務員だということがわかった。
冴の方が聡より一つ年上で、聡が仕事で上手くいかないことが多く、去年の忘年会でそのことを相談したのがきっかけで付き合うことになったとか……
「ほら、ここ最近運が悪いというか、なんだか体調も仕事も良くなくてさ……でも、冴のおかげで良くなったんだよ」
七森は二年会っていなかったので知らなかったが、仕事の関係で飲みに行くことが多くなり、聡は激太りして体調も悪かった。
ところが、冴が教えてくれた簡単な体操と水を毎日飲むようになってから、見る見るうちに元の体型に戻ったし、むしろ少し痩せたのだと嬉しそうに話す聡。
「ほら、冴ってすごくスタイルがいいだろう? これもその体操と水のおかげでグラビアアイドルにならないかってスカウトされたことも————」
「やだ、聡ったら、もう」
照れて頬を赤くしながら腕で胸元を隠す冴。
伯母はただニコニコと微笑みながら、仲の良さそうな二人を見ていた。
そこへ、修一が帰ってきた。
「いやーすまない。待たせたね。ついついお隣の佐々木さんと話し込んでしまって————」
冴は立ち上がり、七森にしたように深々と丁寧なお辞儀をした。
「初めまして。聡さんとお付き合いさせていただいております、貴島冴と申します」
修一は笑顔だったが、男ならどうしても視線がいってしまうその大きな胸をじっと見つめたまま、黙り込んだ。
上がっていた口角が下がっていく。
「父さん……?」
聡はいくらなんでも見過ぎだと言おうと思った。
しかし————
「駄目だ!! 駄目だ!! こいつは駄目だ!! この女は駄目だ!! 絶対に、駄目だ!! 何をしにきた!! うちに何をしにきた!! 優人は渡さない!! お前たちには渡さない!! 帰れ!! 二度と来るな!! 帰れ!! 帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ!! 出て行け!!」
修一は今まで七森が見たこともないくらいに動揺し、激怒し、大声を上げる。
「待ってよ、父さん!? 何言ってるんだよ!! 急にどうしたんだよ!?」
聡は驚いたが、意味がわからない。
理由を言えと修一に詰め寄るが、修一は今すぐに出て行けと言って聞く耳を持たなかった。
「
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