明石家あやかし派遣事務所
星来 香文子
第一章 愉しい仕事
第1話 怪しすぎる看板
「ここ……だよなぁ」
若き青年が新たな住処として提案されたその場所には、怪しげな看板が掲げられていた。
『妖怪派遣します』
『幽霊のことならお任せあれ』
『呪い相談受付中』
周辺には、喫茶店や美容室などが入ったよくある雑居ビルが並んでいて、特におかしなことは何もない。
しかし、この教えられた住所のビルの看板にはそんな文言が並んでいて、明らかにおかしかった。
さらにそれだけではない。
有名なホラー映画のポスターや、この事務所の求人ポスターも貼られていて、その内容もかなり怪しい。
勤務時間は仕事内容によるとあり、一ヶ月の具体的な給料も書かれていないし、福利厚生がきちんとしているようにも見えなかった。
交通費は支給されるようだが……
「まぁ、俺はルームシェアの話で来ただけだし……」
この先ほどからビルの前でぶつくさと独り言を言っている若き青年、
高校を出てすぐに就職した会社が、わずか二年で倒産してしまったのだ。
それも、その日は記念すべき二十歳の誕生日当日だった。
現在社長は行方不明で、給料の支払いも倒産する前から止まっている。
さらには、一人暮らしをしていた家賃一万円の風呂なしの激安アパートも三ヶ月後には取り壊しになるため、早めに引っ越すようにという話になっているが、今の七森にはとても厳しい。
そうして、ほぼ同時期に仕事も家も失うことになった七森を心配した大家から、ルームシェアの相手を探している人がいると紹介されたのが、このビルであった。
さっそく面接の帰りに寄ってみたものの、大家によると部屋はこのビルの最上階で、ルームメイトとなる人はこの怪しげな事務所にいるとのこと。
「なんか怪しいし……とりあえず話だけは聞いて断ろう」
七森は断るにしても、まずは相手がどんな人でどんな部屋なのか知らなければせっかく紹介してくれた大家に失礼だと、意を決して『
なぜか同じ形のドアが二つ並んでいたため、なんとなく左側のドアを開けると、受付のカウンターがあり、やけに色の白い受付嬢がにっこりと笑顔で微笑んでいた。
「あ、あの……」
美しい自分よりいくつか年上の女性に微笑まれ、七森は思わず見惚れてしまう。
「ようこそ、明石家あやかし派遣事務所へ。面接ご希望の方ですね?」
「えっ?」
七森は何も言っていないのだが、面接帰りでスーツを着ていた七森を面接希望者と勘違いしているようだ。
「さぁ、どうぞ! もう時間ですから、早くしないと始まってしまいますよ」
「始まる? え? いや、俺は……」
「ほらほら、空いてる席に座ってください。急いで」
ルームシェアの話をする暇もなく、七森は奥の部屋に押し込まれてしまった。
仕方がなく空いていた一番後ろのパイプ椅子に腰をかける。
なぜかまだ昼間だというのに、日光を遮るカーテンがかけられ、薄暗いその部屋には大きな白いスクリーンに、プロジェクターから光が投影されてはいたが、まだ何も映し出されてはいなかった。
企業説明を全員にするタイプの面接なのだろうか……と、七森は首をかしげる。
とりあえず、他の社員に面接しに来たわけではないことを説明しなければと、周りを見渡すと七森の他に十人ほどがスクリーンの方を向いて座っている状態だった。
しかし、これまた奇妙なことに、これから面接だというのにボロボロに敗れたTシャツを着ている人や、頭に何か長い棒をつけている人がいたり、派手な柄の着物の人もいる。
七森と同じようにスーツを着ている人もいたが、首には延長コードのような紐か何かが巻き付いていた。
「————はい、それでは、お時間ですので始めますね」
不思議に思っていると、先ほど受付嬢に押し込まれたドアとは別のドアから面接官が現れて話し始める。
七森が視線をそちらに向けると、そこには黒いスーツを着た、男とも女とも取れるような声の美しい人がマイクを持ちながら立っていた。
髪型も、女性にも男性にもいそうな黒いショートヘアで、男装している女性に見えなくもない。
だが、すらりと細いその体型からは、それが男性なのか女性なのか七森にはとっさに判断できなかった。
「個人面接の前に、皆さんにはこちらの画面を見ていただいて、当社がどのような事業をしているのかの説明を——……」
服装は男性ものなのだから、男なのだろうか、それとも、男装が似合う美人なのだろうかと考えていると、その人は急に決められた台本を読むのをピタリと止め、七森の方を見る。
「……————どうして生きている人間が紛れているんだ」
その人がそう言うと、スクリーンの方を向いていた面接希望者が一斉に七森の方を向いた。
「え……?」
後ろ姿で気づかなかったが、七森の前に座っていた人には目も口も、鼻もななく……
その隣の男は口から黒い液体をぼたぼたと垂れ流していた。
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