第10話「あきらめたくない」

 

 電気もつけず、自分の部屋でひたすら動画を観続ける。

 小倉さんから貰った、中学の時の森くんのバスケの試合の動画。

 三つもラインで送ってくれた。長いので5分の動画もある。

 森くんが学校に来なくなってからもう4日経つ。

 噂は相変わらず一人歩きして拡散されている。

 オレは、動画を貰ってから時間があれば中学生の森くんばかり観てる。

 金髪じゃない、黒髪の、ゴールを決めたあとに笑う森くんは未だに慣れない。


 ラインのアイコンが画面上に表示され、開くと小倉さんからだった。

『試合後の森くん! 貴重なのでよかったら』

 うさぎがぺこりとお辞儀し、動画が送られてきた。

 タッチすると、黒髪の森くんのドアップから始まった。

 少し幼いその顔は、オレが知ってる森くんとは違い、コロコロと表情が変わる。

 紺色のジャージを着て、部活仲間らしき男子とふざけあってる動画だ。

 笑い声が大き過ぎて音割れしてる。

 変顔の森くんで停止した。

「・・・これ、見ちゃいけないやつじゃ・・・」


 プライベートすぎる!!

 

 最初にも思ったけど、小倉さんてガチで森くんのストーカーじゃないかと疑いたくなるくらい、森くんのことを知ってるし、試合の動画ならまだしも、今見た動画はどう考えても同じ部活の仲間か関係者じゃないと撮れないやつだ。

 小倉さんて何者?

 ただの推し活を超えてる気がする。

 そういえば、聞いたことなかったけど、同じ中学だったとか? それならちょっと納得がいきそうだ。

 実は、バスケ部のマネージャーだったり?

 それはないか、長い付き合いには見えない。

 小倉さんが話してくれたことを思い出す。

『友達の付き添いで試合を観に行った』って言ってた。マネージャー説はゼロか。


 小倉さんて不思議だ。

 普段は大人しそうで目立たないし、あんまり自己主張するって感じでもない。

 森くんのことになると別だ。

 あの時だって・・・。

 森くんの肩の怪我を教えてくれた時、自分のことみたいに辛そうだった。

『そっとしておいてほしい』て、小倉さんの森くんへの強い気持ちが伝わった。

 推しとか言ってるけど、本当はもっと違う気持ちが森くんにあるんじゃないか。そう思った。


「あー!」

 なんかモヤモヤして、頭をぐしゃぐしゃとかき回す。

 小倉さんの言う通り、このままそっとしておいたほうがいいのか、正直わかんない。

 わかんないけど、なんかいろいろモヤモヤする。






 明日日曜だからって夜更かししすぎた。

 シバシバする目をこすりながら階段を下りる。

 地下から明かりが漏れているのに気づき、さらに階段を下りていく。

 

 立川家には地下室がある。

 なんてことはない、部屋が二つあるだけ。

 そのひと部屋のドアから明かりが漏れている。

 耳をすますと、はぁはぁと男の荒い息が聞こえてくる。

 恐る恐るドアの奥を覗くと、

「タツ兄! こんな朝方になにやってんだよ。今、4時だよ!」

 オレの乱入に、立川家の長男、達人(タツ兄と家族は呼んでる)が、重そうなダンベルを持って体を鍛えている最中だった。

「おう、泉! お前こそこんな時間に起きてどっか行くのか?」

「夜更かししただけ」

「大きくなれないぞ」

「別にいい。で、タツ兄は?」

「見ての通り、体絞ってるんだ。大会が近いからな」

「また出るの?」

「サークルのみんなもはりきってる! 俺も頑張らないと、な!」

 ニッと白い歯を見せて、ダンベルを左手に持ち替える


 父さんが当時ハマってた体を鍛えることにタツ兄がまんまとハマった。

 この部屋も最初は父さんが使っていたけど、今ではタツ兄の専用ジムと化してる。

 ダンベルはもとより、ランニングマシンやバランスボール、トレーニングベンチとジムに置いてありそうなものはだいたい揃っている。

 壁には特注で作らせたタツ兄のムキムキな上半身裸のポスターが。なぜか、父さんのまであるし。

 母さんやネネがときどき利用してるのは知ってるけど、オレはほとんど出入りしたことがない。

 今日は久しぶりに入ったけど、以前なかったはずのボルダリングがポスターとは反対側の壁一面に設置されている。

 どんだけお金かけてるんだ。


 そんでもって、タツ兄は大学でボディビルディングのサークルに所属している。

 今も大会に向けて体を絞ってる最中らしい。

 鏡に向かってポーズをとってる兄を見ると、血が繋がってるのか疑いたくなるほどのムキムキとした体にわざと焼いた黒い肌。

 でも、顔はそっくりだから複雑。


「どうだ! だいぶ仕上がってきただろ? この辺とか」

 お決まりのマッチョポーズをしながら鏡を通してオレに視線を送ってくる。

 この辺がどの辺なのかよくわかんないけど、

「うん、すごいすごい、キレてるキレてる」

 適当に褒める。夜更かししたせいで頭がぼんやりしてきた。

「そうだろー!」

 ニッと歯を見せて笑うタツ兄。

 

 タツ兄は優しいなぁ。今はどう聞いても適当だってわかるのに。


 その場に座りこんで、しばらくタツ兄のポーズ練習を眺める。

 兄を見ているはずなのに、頭の中ではバスケの試合をしている森くんの映像ばかり思い出す。

 少しまぶたが重くなってきた。


「タツ兄はさ、もし、もしも無理しすぎて怪我して、もう好きなことできなくなったらどうする?」

 オレの唐突な質問に、タオルで汗を拭いていたタツ兄が一瞬動きを止める。

「どうしたぁ、突然」

「・・・いや、別に」

 さすがに唐突すぎたとうつむく。

「何かあったか?」

「ううん、気にしないで」

 タツ兄はタオルを床に置いてトレーニングベンチに座った。

「そうだなぁ、怪我しちまったらしょうがないよなぁ。自分が無理しての怪我なんだろ? 自業自得だ。割り切って次に行くさ! 他に夢中になれるものを見つける」

「未練とかないの? 怪我までしてハマってたことだよ?」

「未練? 未練かぁ~」

 考えるフリして腹筋を始めるタツ兄。


 どうやらタツ兄はそこまで繊細な心の持ち主じゃないみたいだ。

 あくびまで出てきた。ここで寝ちゃう前に部屋に戻ろうと立ち上がり、ドアノブをつかむ。

「泉ならどうする?」

「え?」

 声をかけられ反射的に振り返ると、タツ兄が腹筋を続けていた。

「どうするって、そこまで何かに夢中になったことないから・・・」

 わかんないからタツ兄に聞いたのにと、肩をすくめる。

 腹筋を終えたタツ兄は、床に置いたタオルを肩にかけ、

「高校まではサッカーしてたなー。泉が言うように、無理して怪我する奴もいたりして。そうゆう奴はたいてい部活辞めて荒れるか、高校デューして彼女作るか・・・」

「荒れる・・・」

 机を蹴っ飛ばした森くんを思い出す。金髪にピアスはやっぱりそうゆうことなのか。

 サーと血の気が引く。


「あきらめず、好きなことに繋がることを探す」

「繋がること?」

「それは自分で探すんだよ。でも、探すのが下手なら誰かが手伝えばいい。だろ?」

 何かを見透かしたように、ニッと歯を見せて笑うタツ兄に、オレは一瞬固まる。

「怪我するまで頑張るなんてバカだって、本人が一番よくわかってるんだよなぁ~」

 急にしみじみするタツ兄。

「も、もう寝る。タツ兄もあまり無理するなよ」

「おー、あんまり遅くまで寝るなよー」

 部屋を出て地下室を後にする。


 リビングで水を飲んでから自分の部屋へ向かい、ベッドに潜り込む。

「あきらめない、繋がることを探す・・・か」

 タツ兄の言葉がオレの落ち込んでる気持ちに火をつける。


 森くんはまだバスケが好きなんだ、きっと。

 校庭でバスケをやってる人たちを見ていたり、バスケ部を覗いていたり。

 あの真剣な顔・・・。

 森くんにとって、バスケはタブーなんかじゃない。


 むくっと起き上がり、森くんの動画を再生する。

「やっぱりオレ、森くんのバスケしてる姿が見たい」

 もう一度、森くんを誘うおう。

 オレは、森くんをそっとしておかない。

 今まで人の言うことや空気に流されてきたけど、こんな強い気持ち初めてだ。

 嫌われるのは怖いけど、オレはあきらめたくない。

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