第9話「森くんの過去」2/2

 

 昼休みになった。

 食欲がなく、お昼を食べずに待ち合わせの場所へと向かう。

 裏庭のベンチに座っていると小倉さんが小走りでやってきた。

「ごめんね、遅くなちゃって」

 すまなそうに両手を合わせる。

「平気。そんなに待ってないし」

 ずらして座りなおすと、空いたところに小倉さんが座った。


 第二校舎の裏庭にはほとんど人が来なくて静かだ。

 数える程度のベンチと、自動販売機が2台設置してあるだけ。

 花壇はなく、木がフェンスに沿って植えてある、何の変哲もないつまんない裏庭。

 5月の陽気は晴れて湿度もなく過ごしやすいけど、今日は少し曇ってて外にいるには日差しを浴びなくてすむ。


 オレと小倉さんの間に妙な空気が流れる。

 怒られるなら自分から先に謝った方がマシだと思い、向き合って座ったまま深く頭を下げた。

「昨日はほんっっっとうにごめん!! 森くんをあんなヤンキーみたいに怒らせちゃって。このまま学校来なかったらオレのせいだ。せっかく同志として仲良くしてくれたのに・・・同志失格だ」

「頭を上げて。立川くんは何も悪くないよ」

 小倉さんの声が慌てる。

 顔を上げながら、

「でも、オレ・・・」

「同志失格じゃない。立川くんは何も悪くない」

 まっすぐな瞳で、はっきり否定してくれる小倉さん。

「私もごめんね。立川くんがラインで森くんをバスケに誘うって言ってきた時、ちゃんと言えばよかった」

「え?」

「バスケの話はタブーだって」

「た、タブー?」


 それってつまり、森くんにバスケの話をするなってことだよな。

 森くんがキレたのは、バスケの話をしたからってこと?!


 ショックを受けてるオレの横で、小倉さんが深く深呼吸をした。そして、ブレザーのポケットからスマホを取り出すと、画面をオレに向ける。

 遠慮がちに覗き込むと、停止された状態の動画が。

 小倉さんの指が画面をタッチすると、動画が再生され、タンクトップのユニホームを着た複数の男子が映り動き出した。

 素早い動き。

 青いユニホームと赤のユニホームがボールを奪い合い、ゴールに投げ入れている。

「バスケ?」

 キュッキュッとシューズの音が聞こえ、声援の声も混じって臨場感が伝わってくる。


 スマホを渡され、食い入るように動画を観る。

 二階から撮っているみたいで、どこかの体育館の中でバスケの試合をしてるのがわかる。

 観ていると、目が慣れてきたのか、青いユニホームを着た、やたらと動きの良い奴が目につくようになる。

 小倉さんがそいつを指さして、

「これが森くん。中学の頃の」

「え? 森くん?! これが?!」

 

 言われて、目をよく凝らしてみる。

 今とは全然違う。黒髪だ。動いててわかりづらいけどピアスもしてなさそうだ。

 これまた動いててわかりづらいけど、身長は思ったより低くなく、他の男子とあまり変わりがない。

 細身だけど腕も脚も引き締まってて筋肉がしっかりついてるのがわかる。

 中学生にしては鍛えてる方だ。

 顔は・・・遠くてこれまたわかりづらいけど、ちょっと幼い気がする。

 だけど、試合中だけあって真剣そのものの表情だ。昨日の殺気だった目つきに似ている。

 

 バスケのことはよくわからないけど、とにかくさっきから森くんの動きが素早すぎて目で追うのに必死だ。

 ボールを持ったと思ったら、次の瞬間仲間に渡して姿が見えなくなる。かと思えば、ボールを受け取って流れるような動きでゴールに入れ、笑いながら仲間同士とハイタッチを交わす。

「森くん、すごい楽しそう」

 こんな風に笑うんだ。

 教室ではいつもつまらなそうな顔しか見たことない。

 勉強会の時だって、挨拶した時だって・・・。

 そういえば、一度も森くんの笑った顔を見たことない。


 ハッとそのことに気づいたと同時に、動画が終わった。


「友達から聞いたんだ。強豪校のレギュラーだったって。バスケのことは全然わからないけど、素人のオレが見てもわかる。すごい上手いよ!」

「でしょ! 推せるよね!」 

 小倉さんの瞳がキラキラする。

「中学生の時、友達の付き添いでバスケの試合を観に行った時に森くんを見つけたの。すっごくかっこよかった! どの選手よりも森くんのプレーが輝いて見えたの。こう・・・ズッキューン! てきたの! 彼を応援したい! て思っちゃって。沼にハマっちゃったの~」

 えへへ、と照れながら熱く語る小倉さん。


 中学の頃・・・。


「3年目ってそういうことだったんだ」

 話しかけた時に言ってた「3年目」は森くんのファンになってからの年数だったんだ。

「うん、もう、追いかけまくってる。試合があったら練習試合でもどんな軽いものでも必ず観に行ったし、こっそり森くんの中学校に忍び込んだこともあったり」

「えぇー、それはちょっと・・・」

 引き気味のオレに、小倉さんは可愛く舌を出して笑った。


 やべー、小倉さん、ガチだったんだ。

 じゃー、高校受験の話も・・・ガチ?


「でも、なんでバスケの話はタブーなの?」

 オレの質問に、小倉さんの顔から笑顔がサッと消えた。

 無言のまま、オレの手からスマホを回収すると、さっきとは違い、落ち着いた、暗い声で、

「森くん、肩を壊しちゃったの」

「え?」

「中3の夏頃。森くん、練習のしすぎで利き腕の肩を壊したの。軽い程度だったみたいで、受験生だからそこで安静にしてればよかったんだけど、森くん、反対の腕で練習してたみたいで。無理が祟って結局両肩壊しちゃって。特に右肩は酷使しすぎて後遺症が・・・。生活するくらいなら治るけど、バスケを続けるのは無理だろうってお医者さんに宣告されちゃったの」

「・・・詳しいね」

「・・・情報集めまくったから」

 重い話なのに、小倉さんの執念がインパクトありすぎて実感が沸かない。


 ひとつ言えることは、

「森くん・・・やべー奴じゃん! 中学生で肩壊すほど普通練習する?!」

「森くんはバスケが大好きなの! 誰より努力してたし、人の何倍も練習する人なの。自分に厳しくて部活だけじゃなく自主練もかかしたことなんてないの」

「・・・」

「それに、推薦で地方の高校に入学が決まってたの。スポーツに力を入れてる名門高で、プロやオリンピック選手を輩出してるところ。周りの期待もあったと思う。森くん、プレッシャーで頑張りすぎちゃったんだと思うの」

「名門高・・・」

「オリンピック選手になれたかもしれないのに・・・」

「・・・マジか・・・」


 プロ?

 オリンピック?

 そんなオレには縁のゆかりもないものを目指せるだけの実力が森くんにはあったってこと?

 森くんて、そんなすごい人だったんだ。


 頭が追いつかない。

 何を口にしたらいいか、言葉も出てこない。

「だから、今の森くんにはバスケは辛すぎるの。立川くんの、推しがバスケしてる姿を見たい気持ちはわかるけど・・・そっとしておいてほしい」

「え」

 小倉さんの潤んだ瞳、真剣な表情が、オレに無言の圧をかける。

「・・・わか・・・った」

「代わりに! 中学の時の試合の動画はたくさん持ってるの。立川くんにもおすそわけするね! 私のおすすめは~」

 パッと優しい笑顔に切り替わる小倉さん。明るく振舞ってくれる。

 でも、オレの心はどっかに行ったままだ。

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