この恋は無駄じゃない

たっぷりチョコ

第1話「話したくて」


 あの時から、特別だったんだ。




 高校は知ってる人がいないところにしようと決めていた。

 

 5月。

 偏差値そこそこの私立共学高校に入学して、1か月。

 1ー3がオレのクラス。

 片道1時間かけて教室に入ると、クラスのみんなが挨拶してくれる。

 仲いい友達もできて、席につけば誰かが必ず寄ってきてくれる。

「おはよう、立川くん!」

「おはよう!」

「きゃー、朝から立川くんの笑顔見れちゃった! 今日一日頑張れる!」

「今日も見せつけてくれるよなー、立川」

 茶々を入れてくる、クラスメイトの男子。

「普通だって」

 笑って、その場をやり過ごす。


 高校では自分を偽らない、周りに流されない、合わせない。

 そう・・・決めたのに!

 

 なんっっにも変われてない、オレ!!


 立川泉。(たちかわいずみ)

 4月4日生まれの16歳。

 三人兄弟の真ん中っ子。

 好かれたい一心で、自分は二の次で家族に合わせて生きてきたのがすっかり仇になっている、今日この頃。

 顔立ちがそれなりに良いせいで、中学までは女子にモテてた。

 でもそーすると、同性に嫌われる。

 だから、男子にも女子にも、ついでに教師にも嫌われない、誰に対しても隔てなく接する爽やか少年を演じてきた。

 みんなが望むような、爽やかイケメン。

 それが嫌で、地元から離れたこの高校にしたのに、オレは結局、また爽やかイケメンをやってる。

 取りたくても取れない、爽やかな笑顔が張り付いたまま。

 高校デビューとはいかなくても、せめて、せめて、周りに合わせない自分になりたい。


「あ、来たー。うちの一匹オオカミ」

「うわさ聞いた? おとといも先輩にからまれてボッコボコにしたらしいよ」

「ヤンキー、よくうちの学校入れたよなー。未だに不思議なんだけど」

「同じクラス嫌なんだけどー」

 友達だけじゃなく、クラスのみんなが口々に言う。小声にはしてるのに、隠す気がまったくない。

 みんなの陰鬱な視線を一心に浴びながら、森くんは窓際の席に着いた。


 森敦志(もりあつし)くん。

 

 クラスのみんなが嫌そうに見つめる中、オレだけは彼に、興味と憧れの眼差しを送らずにはいられない。


 出会いは、入学式。

 体育館に集まると、誰よりも目立った彼が同じクラスの列にいた。

 金髪に、右耳だけのピアス。

 青のブレザーが髪色とよく似合っている。

 見られているのに、顔色一つ変えず堂々としている姿に、オレは一瞬で憧れに落ちた。

 

 かっこいい。

 オレもあんなふうに自分を貫けたら・・・。


 憧れは興味に変わった。

 同じクラスなんてラッキーだ! と思うのに、なかなか話しかけられない。

 入学当初は話しかけようと何度か試みたけど、クラスメイトに止められた。

 森くんの評判はあっという間に広まり、根もないうわさで大渋滞。

 森くんも、誰とも友達にならずにひとりでいるから余計に近寄りがたい存在になっていった。

 すっかり、『孤高の一匹オオカミ』とか『孤高の金髪ヤンキー』とか呼ばれるように。

 そうなると、人見知りのないオレでも声がかけずらくなって、タイミングがわからなくなってしまった。


 親睦会の登山遠足でも話す機会を逃しちゃったし・・・。

 

 鞄を机の脇に掛けている森くんに熱い視線を送りながら、ため息が自然にこぼれる。

 友達・・・は無理でも、話してみたい。

 本当にヤンキーかなんてわかんないけど。

 ときどき学校来ない日あるけど。

 ときどき授業に出てない時があるけど・・・。

 そういえば、登山遠足の帰りも姿がなかったような・・・。

 やっぱり、ヤンキー?

 いやいや、ケンカしてるところは見たことない!


「マジ最悪ー。現文の先生に金髪ヤンキーのノート返して欲しいって頼まれちゃったよぉ~」

 クラスメイトの須賀くんが嫌そうにノートを持って教室に入ってきた。

 周りの男子や女子が同情の視線を送って、まるで罰ゲームみたいだ。


 あ、そうだ! と席から立ちあがる。


 話しかけるチャンスだ!


「おはよう、オレが代わりに渡してこうようか?」

「え! マジで?! サンキュー! 頼りになるぅー」

 泣いて喜びそうなくらい大げさなリアクションでノートをグイグイとオレに押し付ける。


 森くんの大学ノートというアイテムをゲット!

 見ると、表紙に『現文』と書かれた大きくてはっきりした字。

 字は人柄を表すというけど、森くんらしい堂々とした字に惚れ惚れする。

 写真を撮りたい衝動をグッとこらえ、スマホをいじっている森くんの元へ。


 緊張して心拍数が上がる。

 これをきっかけに話せるクラスメイトになれたら!

 ついつい気合が入る。


 森くんの前に立つと、金髪頭の中心に渦を発見。

 

 つむじだ! 


 なぜ人は他人のつむじを見ると押したい衝動にかられるんだろう。


 パッと森くんが顔を上げ、思ったよりもキリッとしたネコ目と目が合う。

 緊張が一気に頂点を達する。

 同時に、外面のスイッチがカチッと押され、爽やかな笑顔が貼り付いた。

「これ、先生に頼まれた現文のノート」

「・・・ん」

 森君は表情ひとつ変えず、ノートを受け取るとまたスマホをいじり始めた。


 はい、会話終了。ちーん。


 笑顔を貼り付けたまま、くるりと向きを変えて自分の席に戻った。


 終わった。

 撃沈だ。

 全然、会話繋げられなかった!

 

 机に突っ伏したいのに、再び集まってきたクラスメイトが落ち込ませてくれない。

 笑顔を貼り付けたまま、繰り広げられる騒がしい会話にひたすら相づちを打つオレ。


 ホント、なにやってんだろ。


「おはよう、森くん」

 優しげな女子の声に、教室がざわつく。

 オレも声がした方へと振り返ると、クラスメイトの小倉さんが森くんの席の横に立っていた。

 鞄を持って、登校してきたばかりみたいだ。

 森くんは顔を上げ、スマホをわざわざ机に伏せて、

「おはよう、小倉さん」

 目と目を合わせての挨拶。

 小倉さんはニコッと笑顔で返して、その場をすぐ離れた。


 セミロングで、スカートの丈も短くない大人しそうな小倉さんは、唯一このクラスで森くんに話しかける女子。

 いろんな悪いうわさがあるのに、ビビることなく堂々と。

 挨拶なんて、ほぼ毎日だ。

 だけど、最近・・・。

 親睦会から、なんとなく森くんの小倉さんへの態度が良い意味で変わったような・・・。前はもうちょっとそっけなかったような・・・。

 

 すっかりスマホに戻った森くんを見つめながら、グッと唇をかみしめる。

 

 小倉さんが羨ましい!!

 オレも森くんと自然に挨拶したい!

「ん」じゃなくて、ちゃんと会話らしいセリフを言ってもらいたい!


 ハッ、とひらめきが生まれる。

 まずは話しかけやすそうな小倉さんに声をかければいいんだ!

 できれば、協力してもらおう!







                                            つづく。

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