永遠を抱きながら

志央生

永遠を抱きながら

 彼はクラシックが好きだった。ゆったりとソファに腰かけ、ワインを嗜む。その姿を見ているのが私は好きだった。それだけで十分だった。

「別れよう」

 唐突に切り出された言葉に頭が追い付かず、私は笑顔のままで首を傾げた。心底疲れたような顔で彼はいくつかの理由を挙げていたが覚えていない。けれど、今日で私が好きな彼の姿を見るのが最後だということは理解できた。

 彼は話が終わると何事もなかったかのようにソファに向かいクラシックの準備を始める。こちらを振り返ることなく、淡々と用意を整えて腰を下ろす。スピーカーから音が流れて彼は自分の世界に潜り込む。いつもの光景で、私の好きな姿。なのに、悲しみが胸を締め付けていた。

 一曲目が終わる頃、私は彼の隣に座っていた。拒絶はなく、彼は自分の世界に浸ったまま目を開けない。寒さに負けないように用意した暖房器具が部屋を暖めて、私たちの仲すらも温めなおしてくれているような気さえした。

 じわりと肌に汗が滲み、乾燥する部屋で何曲目かの音を聞く。私の好きな姿を永遠に隣に抱きながら。

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永遠を抱きながら 志央生 @n-shion

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