第2話④

 村を襲う脅威は騎士の手で倒れた。

 モードはジェリーの背から降りて、ジェリーの頭を撫でまわして褒めた。


「やった、やった。やったよ! よくやった、ジェリー。ありがとう。凄いよ、お前は!」


 ジェリーも気持ちよさそうにモードへ身を寄せる。

 人間とワイバーンでありながら、モードとジェリーは固い絆で結ばれて、その絆の強さで強大な敵を打ち破り村を救ったのだ。



       【少女とワイバーンの絆を知る者は村に居ない】



 ガーストンの太い腕がモードを捕まえて、ジェリーから引き剥がした。

 モードを抱えたガーストンはジェリーから距離を取り、片手で大剣をジェリーに向けた。


「小娘、離れるなよ。まだコイツが残ってるからな」

「何言ってるの? この子は戦ったのよ?」

「ああ、そうだな。想定とは違うが同士討ちしてくれて助かったよ。こっちの小さいのは首が落としやすそうだ」

「違う、あの子は味方なの! 村のために戦ったのよ!」

「何言ってやがる? こいつはワイバーンだぞ。人間のために戦うかよ」


 ガーストンの足に必死で縋り付くモード。

 戦いの邪魔になると、ガーストンは少女を引き剥がした。


「きゃっ」


 モードを奪われ、目の前で乱暴された光景を見たジェリーはガーストンを敵だと認識した。


「ガアアアア!」


 モードを助けようと、ジェリーはガーストンに襲い掛かる。

 囚人騎士も剣をしっかりと握る。


「さっきのよりも早いじゃねえか、こいつは斬りがいがある!」

「ダメ、森に帰って。ジェリー!」


 モードはジェリーを逃がさなければと叫ぶが、ジェリーは騎士との戦いに夢中になってしまっていた。

 何より、モードを助けたいという意思が強かった。

 そして、それはジェリーだけではなかった。

 ジェリーの下に駆け寄ろうしたモードを、二人の大人が

 それはモードの両親だった。彼らは娘を守ろうと、自分たちを盾にして痛いほど強くモードを抱きしめる。

 逃げていた筈の村人たちも皆、手に農具などを持ってジェリーに向かっていった。村の子供を守りたいと勇気を奮い立たせて。

 勇気がただの村人たちを戦士に変え、ワイバーンに恐怖を与えた。



 ジェリーは次々と増えて、どれだけ威嚇しても攻撃してくる敵に混乱した。

 ――皆、モードとよく似た形をしている。

 ――殺す事は簡単だろう。しかし、モードと似たコレらを攻撃していいのかわから

   ない。

 ――悩む間も、コレらは攻撃を加えてくる。

 ――敵だ。特に長く鋭いモノを持っている奴はマズイ。とても痛い。

 ――増える。増える。まだ居る。

 ――アレが来た。イタイ。イタイ。

 ――モード、モード……助けなきゃ、助けなきゃ。

 ――またアレだ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。

 ――モード、モード。怖いよ、怖い。イタイ怖い。

 ――モード、助けなきゃ――



 ザシュッ!

 ……ゴトン

 斬り落とされたジェリーの首が地面に転がった。


 両親の身体の隙間から、モードはその瞬間を見た。

 村人たちが群がり、怯えて身動きが取れなくなったジェリーの首に、あの大男が大剣を振り下ろした瞬間を。

 ワイバーンを退治したガーストンが獣のように吠え、村人たちも歓喜に叫ぶ。

 モードの両親が何かを言っている。

 全ての音がモードには理解できなくなっていた。

 怯え切った表情のジェリーの首から目が離せない。


「ジェリー……」


 両親の力が緩んだ隙に、モードは拘束から逃れて大人たちをかき分けて、ジェリーの首を拾い上げた。

 少女は首だけのジェリーを撫でた。いつもやるように。


「……偉いね。誰も食べなかった。お腹が空いてたし、頑張った後だったのに。人を襲わなかった。ジェリー、お前は凄いよ」


 ぽたぽた、と涙がこぼれる。

 モードはジェリーの亡骸に寄り添った。

 首の無くなった身体から流れる血で、モードは赤く染まっていく。


「ずっと……一緒だって誓ったのに……」


 ジェリーとの日々が思い出されて、想いが溢れて、胸が苦しくなって。

 少女は静かに泣いた。

 大人たちの歓声が、少女の泣き声を掻き消した。



 大人たちは、村がガーストンという英雄に救われた事を声高に謳っていた。

 今夜は宴だとか、ガーストンは真の騎士だとか、子供を食おうとした恐ろしいワイバーンだったとか口々にのたまっている。

 ガーストンも誇らしげに賞賛を受け取っていた。そして、偉丈夫らしく胸を張って、騎士らしい言葉を発する。


「騎士たる者、悪しき竜からか弱い子供を救うのは当然だ! 俺はこの首を持って、領主にワイバーンの脅威はこの騎士ガーストンとモーディフォード村の皆の力で打ち倒したと報告しよう!」


 おお、と村人たちがさらに歓ぶ。



              それもつかの間。



 突如にして、一人、また一人と咳き込み始めた。

 そして、にわかに苦しみ始めた。

 やがてしてその場の全員が同じ症状になり、人々は立っていられなくなり、地面に転がってもがき苦しむ。

 勿論、ガーストンも膝を付いたが、剣を地面に突き立てて何とか踏みとどまった。


「ぐっ。な、何が起こっている……?」

 

 資料を盗んできて十分な情報を持っていないガーストンは、ワイバーンの生態を詳しく知らなかった。

 ドラゴンがブレスを吐くように、ワイバーンのオスは毒を吐き出すということを。その毒袋が喉にあるためワイバーンを討伐する時に首を落とすのは、だった。

 ジェリーが毒ブレスを使わなかったのはモードを守るため。だが、死体に意思はない。

 首を斬られたジェリーの傷口から毒が舞い、村人やガーストンは毒を含んだ空気を吸い込んでしまった。

 それを知る由もないガーストンだが、直感で原因があると思われるジェリーの方を見た。

 歓声と称賛の声に浮かれ、そこで起こっている事にガーストン含めて大人たちは気付いていなかった。


「な、何を……!?」

「――ごくりっ」


 モードはジェリーの首を掲げて、傷から垂れる

 ジェリーの血に塗れ、真っ赤になった少女モード。

 竜の血には力がある。それは時に英雄を殺す呪いとなり、時に奇跡を起こす力の源となる。

 ワイバーンは竜ではない。しかし、人の強い想いは、竜でないものを竜に変える。ワイバーンを愛していた少女の悲しみと憎しみが、ワイバーンの血を力に変えて、少女に力を与えた。


 真っ赤に染まったモードはワイバーンの毒をものともせずに立ち上がり、ゆっくりとガーストンの前にやってきて、身動きの取れない騎士を睨みつける。

 ガーストンが支えにしている大剣の柄を握る。モードは軽々と地面から大剣を引き抜く。

 支えを失ったガーストンは地面に倒れ伏す。首を動かして、恐れに満ちた顔を真っ赤な少女に向けるガーストン。勇猛だった騎士は、もはや言葉を発する気力もない。

 モードは大剣を高く掲げた。

 怯える騎士の顔を一瞥して、


「あたしのジェリーを殺した報いを受けろ」


 首輪のついた首に、剣を振り下ろす。

 全てを終えたモードは村を出た。






 大きな戦争にて、一人の女性遍歴騎士が戦場で恐れられていた。

 男を凌駕する力と強靭な肉体を持ち、毒が効かないという逸話まであり、敵味方問わず恐れられていた。

 いくつもの戦功を上げて、遂には紋章を持つことを許される。

 女騎士の紋章にはワイバーンが描かれ、戦場で『飛竜』と語られた。



                「モーディフォードのモード」〈完〉



 ――『ワイバーン』は紋章に登場する意匠だ。いわば、少女とワイバーンの物語

   は、壁画の由来に過ぎず……ただの象徴デザインだ。

 ――想像で生まれ、ワイバーンは膨らみ、増え続ける。まさに『虚構の竜種』と言

   えるだろう。

 ――……ねえ、この物語は悲劇かい?

 ――定命じゃないから結末があるっていうのを理解できないんだ。これを悲劇、バ

   ットエンドというのか。でも、少女は生きている。なら、人間にとってこれは

   ハッピーエンドかい?

 ――どうしても関心が尽きなくてね。好きな結末だから、余計に理解できないこと

   が、仕方ないとはいえ歯がゆい。

 ――……ふふ、やはり虚構はいいね。人間が際限なく想像するから、結末を迎えて

   も無限の広がりがある。フィクションというんだろ。好きだなぁ、フィクショ

   ン。

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