第38話

城で少し勉強をさせて頂いて帰宅すると、深夜にフレッド達が帰ると連絡があった。


慌てて身なりを整えて、出迎えの準備をしているとフレッドが帰って来た。帰ってくるなり、強くわたくしを抱きしめてくれた。


「シャーリー……会いたかった……」


「わたくしも会いたかったわ。怪我はしていない?」


「ああ、大丈夫だ。兵士も怪我人は出たが死者はいない。相手が弱かったからな」


「兄貴が強すぎるんだよ。可哀想なくらい怯えてたじゃねぇか」


フレッドの弟のカールが、そう言って笑う。カールもお義父様も怪我はなかったみたいでホッとした。


「あんなに弱い兵士達で、うちを攻めようとするからだ。勝てる見込みはないのにいつまでも居座りやがって」


「兄貴がシャーリー姉さんに会えないからってストレス発散するみたいに暴れたから怯えて撤退も出来なかったんじゃねぇの? 今日だってわざわざ兵士に姉さんがハンス王子に狙われたなんて言わなくて良いだろ。早く帰りたいからってやりすぎだ!」


「みんな快く協力してくれただろ! 余裕のある時に夜間訓練をしておくべきだ!」


「確かにすげぇ統率は取れてたよ! 訓練にはなった!」


「なら良いだろ! カールだって今すぐ帰るぞと息巻いていたじゃないか!」


「姉さんが兄貴以外に靡くなんてありえねぇけど、あんな通信を受け取ったら心配になるだろ! けど、わざわざ兵士達に言う事ねぇだろ! みんな殺気立ってたじゃねぇかよ!」


「べ、別に良いだろ! 情報は共有するべきだ!」


「戦いが終わった後の疲れてる兵士達を鼓舞する必要があったか?!」


「あの程度で倒れるような兵士はいない!」


「そりゃそうだけど! 確かに正論だけどさ!」


兄弟喧嘩を止めたのは、お義父様だった。


「フレッドは、兵士の士気を高める為にシャーリーの話をした。けど、カールはそこまでする必要はなかったと言いたいんだよ。フレッド、自分が早くシャーリーと会う為に士気を高めた自覚はあるか? 気持ちは分かるが、カールの怒りも分かるだろう?」


「……すまん。オレは私情で兵士を振り回した」


「分かってんなら良いよ。夜間訓練になったのは事実だし、他にも理由があるのは分かってる。実際、俺だって不安だったし早く帰りたかった。みんな同じ気持ちだ。兄貴が完全に私情で動いたとは思ってない。けど、兄貴の想像以上に兵士達はシャーリー姉さんを慕ってる。あんまり姉さんを利用するような事すんなよ」


「そうだな。すまなかった」


「次はねぇからな。じゃあ俺は寝る。あんまり姉さんを疲れさせるなよ」


「私も休む事にするよ。兵士も早く家族に会えて喜んでいたし、問題ない。だが、次はもう少し冷静になってくれ。シャーリ、城での出来事を明日教えて貰えるかな?」


「報告書にまとめてありますわ。エリザベス様にご協力頂いて、資料を見せて頂きました。併せて記載してあります」


「さすがだね。写しも人数分ある。では寝る前にコレの確認だけはしておこうかな。カールには私から渡しておくよ。フレッドへの報告はシャーリーから頼む」


「かしこまりました」


「フレッド、久しぶりに会うからって無茶するなよ。シャーリーは城に行って疲れているんだからな。優しく、話を聞くだけにしろよ」


「……善処する」


「シャーリー、嫌なら嫌と言うんだぞ!」


「ああもう! シャーリーの事はオレがいちばん分かってるんだから放っておいてくれ! シャーリーの嫌がる事なんてする訳ないだろ!」


「ははっ、そうだな。そうだ、国王陛下からシャーリーへお褒めの言葉を賜ったぞ。フレッドの妻は素晴らしい女性だと仰っておられた。シャーリーがフレッドと結婚してくれて良かった。ありがとう、シャーリー」


フレッドの家族は、いつもわたくしを褒めて下さる。親から褒められた経験のないわたくしは、いつも幸せな気持ちになるわ。本当に、フレッドと結婚して良かった


フレッドとふたりきりになり、報告書を手渡すとフレッドは真剣に読み進め始めた。うぅ、やっぱりフレッドはかっこいいわ。


報告書を半分程読んだら、フレッドが顔を上げた。戦いが続いたから身なりは整ってないし、自慢のお髭も伸びっぱなしだ。


だけど、やっぱりフレッドはかっこいい。


「それで、あの王子は何をしたんだ?」


茶会の様子を説明すると、フレッドはどんどん不機嫌になってしまった。でも、予想通りだから大丈夫。


ギラギラとしているフレッドの瞳が気になるけど、大丈夫。


「少し手に触れられただけよ。フレッドの自慢話をしたらすぐに離して頂けたわ」


「……え、オレの自慢話?」


ギラついていたフレッドの瞳が、大きく開く。


「ええ! フレッドの素晴らしさをたくさんアピールしておいたわ!」


「何を言ったんだ?」


どんな話をしたか説明すると、フレッドのお顔がみるみる赤く染まる。何度見ても可愛らしいわ。


「フレッド、可愛いわ」


「オレを可愛いなんて言うのは、シャーリーだけだ」


「そんな事ないわっ! 本当にフレッドは可愛いんだもの!」


「ああもう! シャーリーには敵わないな」


フレッドは、強く強くわたくしを抱きしめてくれた。


「フレッド……ずっと会いたかったわ。本当はすごく寂しかったの。お願い、いっぱい抱きしめて」


「ああ、オレも寂しかった。シャーリー、愛してる」


たくさん抱きしめて貰って、ようやく気持ちが落ち着いた。フレッドはそのままわたくしを寝室に運ぼうとしたけど、その前にきちんと伝えておかないと。


「あのね、あちらの兵士が痩せていたのはやっぱり昨年の飢饉のせいだと思うの。備蓄があった我が国は大丈夫だったけど、あちらは違うみたい」


「うちは後3年は大丈夫だが、他所は違うという事か」


「そう、国が違えば常識も変わるわ。これ、分かる範囲で調べてきたの。あちらの常識を知っておいた方が良いと思って」


「ありがとう、さすがシャーリーだ。早めに頭に入れた方が良さそうだな。悪いが、少し時間を貰えるか?」


「ええ、お茶を淹れる?」


「いや、深夜だから要らない。すぐに読むから、シャーリーはここに居てくれるか?」


「え、ここに?」


「ああ、ここだ」


さっきから、フレッドの腕に包まれて動けないんだけど……?


「分かったわ」


「嫌か?」


「そんな訳ないでしょ? ずっとこうしたかったの。フレッドの腕の中に居るととっても暖かくて幸せなの。だけど、安心し過ぎて眠くなってしまって……」


「深夜だからな。大丈夫、眠ったらちゃんと運ぶから」


「……やだ、せっかくフレッドが帰って来たんだから、もっとお話ししたいわ……」


既に瞼が重くなっているとは言えず、誤魔化すようにフレッドに擦り寄った。


それに、もっとたくさん触れ合いたい。


正直、ハンス様に馴れ馴れしく触れられたのはとても嫌だった。フレッドと触れ合って、わたくしはフレッドの妻だと感じたい。


だけど、そんなはしたない事……言えない。


「シャーリー、どうしたんだ? もうすぐ読み終わるが、先に寝るか?」


「や……待ってるから……一緒に……いたいの……」


精一杯のお誘いだったが、フレッドは優しく頭を撫でてくれるだけ。


「可愛い……早く帰って来て良かった。腕枕してあげるよ。待ってて、すぐに読むから。……はぁ、読めば読むほどふざけているな。こんな運営で国家が成り立つと思っているのか……無能な商会より酷いではないか」


「わたくし、自国の事ばかり勉強していた事を反省したわ。他国の事を調べて、初めて自分達がどれだけ恵まれてるか実感したわ。うちの両親ですら、規定通りきっちり備蓄をしていた。不正がないように、毎年調査されていた。だから民は飢えずに、生きていける。辺境なんだから、もっと接する国の内部事情も調べるべきだったわ。そうすれば、切羽詰まっていて攻めてくるかもしれないと予想出来た」


「突然だったから予想なんて出来てなかった。けど確かに、そういった事を予想出来れば兵の被害も少なくて済むな。よし、早速明日から検討しよう。シャーリーは凄いな。たくさん調べてくれて、ありがとう。ご褒美、欲しいかい?」


「……欲しいわ。いっぱい欲しい」


「疲れてるんじゃないの?」


「フレッドの方が疲れてるでしょう?」


「ああ、だから癒してくれるかい」


「……喜んで」

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