辺境伯様は理想の殿方です

みどり

第1話

「お姉ちゃんが、家を継ぐのだから全てお姉ちゃんが優先だよ?」


両親はそう言って、一つ上の姉ばかり優先した。伯爵家だからお金がなかったわけではないのに、姉は何人も家庭教師をつけたのに、わたくしにはひとりもつけてもらえなかった。優しい先生が1人いて、姉のおまけとして授業を受けさせてもらえたが、わたくしが先生に褒められると姉が癇癪を起こすようになったので、一緒に授業を受けさせてもらえなくなった。だけど、その前に教えてもらった録画魔法でこっそり授業を録画して学んでいる。だって先生が仰っていたもの。知識は大切だって。モノやお金は失うこともあるけれど、自らが学んだ知識は無くならない。だから、真摯に学びなさいとね。


姉はその話を聞いても知らん顔だったけれど、わたくしはあとで部屋で泣いたわ。

先生は姉が授業をさぼってもわたくしに教えてくれた。姉のいない間に、こっそり魔術の手ほどきをしてくれた。最初に録画魔法を教えてくれたのも先生だ。わたくしが授業を受けられなくなっても、黙って授業をしてくれた。だからこっそり録画して必死で復習した。姉は何度も居眠りをしていたが、先生は授業を止める事はなかった。密かにわたくしが隠れていた事をご存知だったのだ。授業を録画して学んだおかげで、貴族としての最低限の知識は身についた。


それなのに、先生は突然来なくなってしまった。他の先生は、姉がサボれば授業をせずに帰るから、わたくしがこっそり授業を聞ける事はない。


「お姉様、サリバン先生はもういらっしゃらないの?」


「ああ、だってあの先生の授業早いんだもの。全然追いつけないわ。お父様に頼んで、もう少しゆっくり授業してくれる先生を頼んだの。それより、次の夜会のドレスを決めに行きましょう」


「分かりました。行きましょう、お姉様」


姉は、おしゃれが大好き。機嫌が良ければ、わたくしにも優しくしてくれる。だけど……


「やっぱり、シャーリーのほうがいいわね。それ、頂戴」


「分かりましたわ。それなら、お姉様のものと交換しましょう」


「シャーリー! わがまま言わないの! お姉ちゃん優先よ!」


「シャーリーには、わたくしのお古を貸してあげる。だから良いでしょ?」


いつも、こうだ。我が国の貴族は、予算をきっちり管理していて姉の予算とわたくしの予算がちゃんとある。だから可愛がられていないわたくしにもドレスを作ってもらえるのだが、作ったドレスはぜんぶ姉に取られるのだ。合言葉は、やっぱりそっちのほうがいい。お姉ちゃん優先よ。最初は反発していたけれど、サリバン先生の授業を聞いて気が変わったの。


「かしこまりました。新しく仕立てたドレスは両方ともお姉様な物になるのね。それなら、お姉様のお古はわたくしに選ばせて。お姉様は、新しいドレスを着るのだから良いわよね?」


先生の教え、その1。悔しい時こそ優雅に笑い、相手の要求を可視化しろ。譲れるなら、要求を呑むふりをして譲歩を引き出せ。


少し驚いた様子の姉は、ニヤリと笑って言った。


「シャーリー、じゃあわたくしが二番目に気に入っているものを貸してあげる」


「うれしいわ、お姉様。お姉様が二番目に気に入っているドレスは、前々回の夜会で仕立てた黄色のドレスよね? あれはわたくしが作ったものだったわよね。センスの良いお姉様がデザインしたドレスは華やかだから、お姉様みたいに綺麗な方でないと似合わないもの」


「そうでしょう! さすがシャーリーね! あの黄色のドレスは飽きたから、シャーリーにあげるわ」


「まぁ! 嬉しいわ! お姉様はなんて優しいのかしら。ねぇ、お母様」


先生の教え、その2。意地悪された時には、相手を責めずに誉めてみろ。意地悪をする人には取り巻きがいる事もあるから、取り巻きに質問を振れ。


「そ、そうね。アイリーン、シャーリーに好きなドレスを貸してあげなさい」


そうすれば、相手は怯み、場合によっては取り巻きも追いつめられる。横で文句だけを言うコバンザメは、自分が話の中心になると急に焦るものだ。

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