第3話(前) この吸血鬼、太陽の下でも普通に立ってない?

「私の名前はルトインバット。吸血鬼だよ。」


 ・・・・・・っ。どうした物か。

 目の前には本物の吸血鬼を名乗る変態コスプレ男化け物が一人と、後ろには守りたい命が一つ。

 脇腹に貰った痛みが相当効いているのか、体の危機を知らせる汗が止らない。思考も微かに安定せず、熱にでも罹ってしまったみたいだ。立ち上がろうとするも、痛みで腰が曲がる。


 今ぶっ倒れれば楽にはなれるだろうが、そういう訳にもいかない。意識をはっきりとさせる為に自らの顔面を殴り付け、必死に頭を回転させる。

 彼女を生かすためには、ここでどう立ち回ることが最善か。委員長を守りながらこの吸血鬼と戦うなんて選択は現実的じゃない。あ、強く顔を殴り過ぎて鼻血が……。おのれ吸血鬼ぃ!!

 後ろの女を守りながら戦うことが出来ないのは、脇腹の痛みが証明していた。一発貰っただけでショック死しそうな痛み。思考が霞み、体が休養を迫って来る。内臓が痛めつけられたのか、キリキリと継続的な痛みも感じているし、もう一撃でも同じ物をくらえば、その時意識を保たせられる自信がない。それくらいの力量差だ。

 俺が相手の攻撃を受け止めることは不可能。そんな戦い方では体が持たない。ということは、委員長を庇い続けながら戦うことなんて出来ない。“勝つ”なら死ぬ気で攻撃を避け続けながら此方の攻撃は敵に入れなければならない。つまり、委員長がお荷物だ。彼女に攻撃の手を集中させられれば、それだけでもう殆どゲームオーバーになる。

 委員長の手を取って何とか攻撃が当たらないように逃げ回る選択は、“勝つ”ことを諦め、死を少しでも先延ばしにするだけのBad end待ったなしのクソゲールートへの選択だ。


 なら、先ずは何とかして彼女を逃がして一対一の状況に持っていく必要がある。

 奴の攻撃を全部避ける方は、その後に気合いでなんとかするしかない。

 それがこの場で俺が考え得た最善の選択。少しでも“勝つ”確率を見出す為の考えだった。

 でも、今の委員長はきっと素直には逃げてくれないだろう。

 彼女の頭は、既に“俺を逃がす”選択を模索し始めている。

 その“正義感”は簡単には崩せないだろう。これだから、誰かを守る側に立とうとする人間は扱い辛い。どうせ委員長も“自らの生存”を問わない強引な選択が出来てしまうのだ。


 考えろ。考えろ。

 彼女を逃がし、俺だけが戦場に残るには―――


「はっ。の吸血鬼ね。そう来たか。」

 思考を整理しながら冷静に言葉を返す。ここからの一言一言からもう気が抜けない。

 吸血鬼を名乗るコスプレイケメンに皮肉めいた笑顔を浮かべながら、俺は懐の中を弄った。手に付く感触を確かめながら、今の俺に出来ることを必死に模索する。


 対いじめ用最終兵器。

 本当に命の危機を感じた時の為に使う道具が懐の中には仕込んであった。

 この中で今最適な物は……。


 手榴光弾。

 それが手に当たった俺は、これを使った手段を瞬時に模索し、一つの道筋答えに辿りついた。

 上手く行くかは分からない。でも、今はこれに賭けてみるしかない。

 汗が頬を伝う。半笑いになりながら手に取ったその栓を抜き、空中に放り投げた。

 狙われた委員長を生かす為の戦いが、始まる。


「それじゃあ、精々宜しく頼むよ。吸血鬼さん。」

 それはゆっくりと宙を舞い、閃光となって輝き、大量の煙を排出した。

 自作の現代版煙玉だ。発想源は当然ながら二次元の忍者。

 一時期だが友達を持たず、二次元以外に拠り所を無くしたオタクを舐めんなよ。


 煙玉が上手く起動し、俺はその中に身を潜ませる。閃光弾で眩んだ目では、流石に煙の中の人物まで見つけ出せまい。痛む身体を押して委員長に近づき、その細身な身体を抱き寄せた。


「ずらかるぞ!委員長!」

「ほにゃ!?きゅ、急に何!?」

 委員長の身体は意外と柔らかかった。

 女の子の身体って感じで……めっちゃ良い匂いがしてる。

 くびれもしっかりとしていて、随分と抱き込みやすい。

 傷を癒やす為にも休みたがっているこの体は、柔らかいものに触れて気を休めようとする。思わず煩悩が思考を支配仕掛けてしまっていた。


 そんなことを考えている場合ではないと、頭を振って手に付けた腕時計のボタンを押し、簡易ワイヤー射出装置を起動。

 これは、近くにある壁に小型アンカーを突き刺し、腕時計内にある機能でワイヤーを高速で巻き取ることで空中を移動することを可能とさせた自作装置ガジェットだ。

 “いじめ”における危険状態から逃げ出すだけなら結構な有効打。

 この国の人間の殆どは銃なんて飛び道具は持ち合わせていない。

 だから彼らの手の届かない空へと逃げることは、変なことに首を突っ込みまくる俺にとっては割と定石な手段だった。


 近場のビルに向かってアンカーを射出させ、飛躍して宙を舞う。

 まだ煙の中にいる化け物を置いて、今のうちに遠くへと委員長を連れて逃げる。

 一度間をおいて。委員長を説得して。出切れば環境から化け物を倒せるものへと整えよう。

 最悪、探しに来たアイツに奇襲をしかけて少しでも有利な方法で


「ふぇ!ち、近!!ちょっ!離れなさいよ!」

 煙から脱し、視覚でも距離感を認識した委員長が、俺の顔を突き放すように手を出し離れようとしてくる。その顔は真っ赤で、近すぎる距離に気を取られ、現状を全部忘れてしまっているようだった。

 そういえばこいつ、男の体に免疫が無いとか言ってたな。正義感が強くて不良男子にもよく関わるくせに、変なところで純情ピュア過ぎた。

 非常に面倒臭い。


「ちょ、委員長!?暴れな、や、やめ!痛っ、あ、危な、下!下見て!下!!」

「下って・・・・・・きゃ!!」

 自分が高所にいることに気づき、今度は逆に抱き付いて来る委員長。

 押し付けられた柔らかな双球にドキリとして頬が緩みそうになる。

 そんな場合じゃないだろと激痛で痛む脇腹を摘まんで吐血した。


「ちょっと!?大丈夫なの!!?」

「ハハ。ごめん。大丈夫。大丈夫だから、とにかく今は暴れないで。痛いし、危ない。」

「わ、分かったわ。」

 片手でアンカーを回収し、新たな場所に打ち替える作業を連続して行う。

 そうすることで、街中をターザンロープで移動するように横断していく。


「怖いだろうけど、そのまま聞いて。取り敢えず、あいつから離れた場所に降り」

「一体、誰から離れると?」「っ!!」

 低い男の声が背後から掛り、思わず身構えてしまう。


「チッ」

 空まで飛んで追いかけて来るかと苦虫を噛んだ。

 前回は校内での戦闘だった為、本物の化け物が明確に空を飛ぶかどうかまでは分からなった。

 超人的な跳躍力はあったが、空を飛んで追いかけて来ることはなかったのだ。

 だから、空へと逃げればワンチャン一度撒く事くらいは出来ると思っていたのだが。


 あの時の怪物とは別種か。じゃあ、旧校舎のあれはではないのか。ともすると、目の前の吸血鬼コイツアイツとは関係無い別案件?

 だとしても、委員長を助けたいんだからこの件コイツを無視することは出来ない訳だけど。


 吸血鬼は、さも当然かのように空を飛んだ。

 今まで相手して来た人間連中とは当然違う。あいつ案件の偽物達とも条件が違う。

 なら、こちらの常識は通じない。明確な対策は立てられない。

 つまりなんだ。スペックの高いただの化け物を初見で相手にしているのか、今の俺は。


 悪寒で震えた。


 空を飛ぶことまで想定するべきだったか。

 だが、全ての可能性を考え始めると、もう何も出来なくな―――――


 背中に走る強い痛み。


 何らかの攻撃によって弾かれた俺は、振り子状の軌道を強引に逸らされ、目の前にあったビルの窓へと吹き飛ばされてしまう。

 必死に委員長を胸の中に強く抱き済め、彼女を守り抜く為に気合いで背中を硝子に向けた。


 衝突し、防災窓を突き破って転げていく。

 建物内の机や機器等に背中から打つかっていきながら、俺と委員長は真っ直ぐにそのビルの床を滑り落ちた。


 委員長には出来るだけ衝撃がいかないように配慮したが、果たして。

「わるい。委員長、大丈夫か?」

「私は大丈夫。それよりあなたが……。」

 胸の中に頭をうずめている委員長に声を掛けると、彼女が顔を上げる動作が服の擦れと共に肌に伝わった。


 近い。体も、顔も。

 いや、抱きしめているんだから当然か。

 こういう状況でも、やっぱり女の子と近いとドギマギしてしまう。

 俺もやはり一端の男だった。


「良かった。」

 彼女を傷つけないように、ゆっくりと離れる。

 ガラスの破片のせいで、俺の体の色んなところから血が流れだしていた。

 背中に強烈な痛みが響いている。意識が薄れそうだったが、近すぎる委員長との距離感でドギマギと驚いてしまい、逆に思考がクリアになった。


 ばくばくと煩い心臓の鼓動の音は聞かれていなかっただろうか。

 緊張を振り払う為に顔を逸らす。


 逸らした先で、滑り落ちて来た通り道が視界に映る。

 飛び散った自らの血が、割れた硝子の破片と共に赤い道を形成していた。


 その奥。

 割れた窓の側で、明らかに空を飛んでいるとしか思えない男が待機している。


 その姿が俺を浮ついた感情から現実に引き戻す。

 そうだよ。俺達は今吸血鬼あいつを相手にしているんだ。


 直ぐに襲って来ない辺り、完全になめられているとしか思えない。

 俺みたいな虫けらには絶対的に負けることがないという自信が、その態度から見受けられる。


 ―――良いね。

 いじめの時もそうなのだが、傲慢で余裕ぶった奴をみると、どうしてもその表情を崩してやりたくなる。

 これはもしかすると、精一杯の強がりなだけなのかもしれない。


「ったく。どんな手品を使って飛んでいるんだ?それ。」

 まるで談笑でもするように、俺は気軽に声をかけた。

 視線の隅で行われている、ある準備が終わるのを待つ。


「はっ。全く。やはり人間は馬鹿で愚かだな。手品も何も、魔法だよ。言っただろ?私は吸血鬼だって。」


 魔法……ね。それは厄介だ。

 元々はそんな概念は無かったし、俺もあいつに会うまでは魔法なんてただの創作物に登場する空想だと思っていた。でも、それは本当にあるらしい。

 最も、知ったからといって使える物ではなく、基本はその下位互換である“魔術”くらいしか人間には扱えないらしい。


 “魔術”は未だ一定の界隈だけで隠匿されているが、“魔法”という存在だけなら、この世界には既にそれが実在すると定着し始めていた。


 隠すまでもなく、ある日突然“魔法”は日本国民の前に現われた。

 一年前、東京に本物の魔法少女が現われたのだ。


 始めは誰もが目を疑った。

 そりゃそうだ。

 今まで確認もしてこなかった空想上の産物がいきなり現実に現われたのだ。

 誰だって困惑する。

 そもそも、魔法少女なんていう存在はどんな大人だって小馬鹿にする。

 あれは子供を楽しませる為の道化で、あくまでも二次元の存在だと信じていた者たちが多く居たからだ。現実にあり得るものではないと、以前までは全員がそう考えていた。

 だが、その認識は“本物達”の登場によって覆された。

 そしてそれは、偶然にも俺が旧校舎事件にあった日と全く同じ日に起きた。


 あの日。

 それまで想定されていた筈の運命がまるっと変わってしまったのは、俺だけではなかったのだ。

 彼女達の登場によって世界の常識は、運命はひっくり返されてしまった。

 旧校舎事件自体は、あくまでこの土地に起きた一怪事件であり、真実は過激な“いじめ問題”という印象操作で抑え込まれたが、民衆の前で派手にドンパチした東京の魔法少女事件だけは隠しきれなかったようだ。


 そこに居る誰もが目の前で起きる夢物語のような現実を受け入れざるを得なかった。

 受け入れられなければ死ぬ。

 そういう状況だったとその場に居た人達が後にニュースで語っている。


 最初はSNSで話題になった魔法少女も、今ではテレビや新聞、雑誌等のメディアにも引っ張りだこで、地方に住んでいる人達ですら薄らとその存在を認識させられていった。

 ここ徳香とっか市の人間も例外じゃない。

 ただ、田舎の人間にとって東京での出来事はどこまでいってもテレビの中の存在。

 実際に東京に行きもしない限り、東京ドームも原宿も空想の産物でしかないのだ。

 だから魔法少女の存在も、テレビで芸能人と絡んでいるとはいってもそれ程身近に感じ過ぎることも無かった。


 改めて眼前の吸血鬼を見る。

 東京には本物の魔法少女が居る。二次元でもなんでもなく、三次元にだ。

 そんな奇妙な現実になってしまっているからこそ、今目の前に魔法とやらを使用する本物の吸血鬼が居てもおかしくはない。

 だってこの世界は、


 まさしく“新時代の到来”て感じだな。

 それに対して、“旧時代”の俺達はどう対処していくべきか……。

 俺なりにそれを試行錯誤した結果が、この対いじめ用最終兵器自作ガジェットだ。

 まあ、あくまでも一個人の答えってだけで、国全体の方針とか、その変の難しい話は日本政府がきっとなんとかしてくれる。


 出来れば、俺個人が本物の怪物達と対立するのは避けたかった。

 諒壱達と、いつまでも幸せな日常を繰り返したかった。


 だが、そんな甘いことも言ってられない。

 向こうから来てしまっては、無視することも出来ない。

 侵略者達が俺の日常を脅かそうというのなら、壊されない為にも戦うしかないのだ。


 俺は今、とんでもない存在を敵に回してしまっている。

 もしかすると、今日で死んでしまうのかもしれない。

 でも良い。委員長さえ守れれば、誰かの平和日常さえ崩れなければ。

 それは、今の自分がもう以前のように誰かが死ぬ瞬間を傍観し、泣くことも出来ずに逃げ回った時とは違うことの証明になる。


 そうだ。

 委員長だけは、絶対に助ける。

 もう、あんな思いはこりごりだ。


 相手が本物の吸血鬼怪物で、自分はそれに今から立ち向かわなければいけないと自覚した瞬間、その存在が視界に大きく映った。

 意識とは恐ろしいもので、そうだと思い込んでしまえば途端に怖くなってしまう。

 警戒心が嫌な程大きく跳ね上がっていく。緊張で、心臓の鼓動が嫌に大きく鳴り出した。


 煩い。黙っていろ。と

 その胸を服の上から、強く握った。


 腕時計の末端が赤く輝く。

 それが合図だ。


「ごめん。委員長。」

「え。」

 汗が頬を伝う。

 手首のボタンを押すと、彼女の周りの床が綺麗に丸く、連続して爆破された。

 くり貫かれるように切り離された床は、彼女を乗せたまま重力に従う。


「きゃ!」

 悲鳴は短く、背後の少女は下の階へと消える。


「逃げろ。」

 最後に、苦しそうな少年の顔を捉えながら。

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