宝を探している人の手紙
琉夢レダ
親愛なる貴方へ
【一通目】
突然のお手紙、失礼いたします。なにしろ急なことですので、驚かせてしまったでしょうか。
実はこの度、貴方に伺いたいことがあり、このような形でご連絡させていただいた次第です。こういうと、貴方はきっと「何を聞きたいのだろう?」と疑問に思うことでしょう。当然の疑問だと思います。ですが少々奇怪な話ですので、信じていただけるかわかりません。もしも信じられないようであれば、何も見なかったことにしてください。
失くしものを、してしまったのです。私は自分の宝物を、いつの間にか失ってしまったのです。どこに行ってしまったのか、とんと見当もつきません。私の宝物がどこへ行ってしまったのか、貴方はご存じないでしょうか?
ええ「知らない」と仰るのは当然です。私の宝物のことを、貴方が知らないのも無理はない。貴方は優しい方ですから、もしかすると「それは一体どんなものだ」と尋ねていただけるかもしれません。そして、これが非常に申し訳ないのですが……何も、わからないのです。
丸いのか、四角いのか。柔らかいのか、固いのか。冷たいのか、温かいのか。私の宝物であったはずなのに、何も思い出せないのです。ただ、"失くなってしまった"という事実だけを、私は確かに感じています。気づかぬうち失ってしまったことにすら、つい最近気づいたのです。
世界が、灰色に見えます。常に息苦しさを感じていて、楽しいと思うことがありません。気づけば一日が終わっていて、明日も同じことが繰り返されるのだと悟る。そんな毎日を送っています。どれもこれも、宝物を失くしてしまったからです。
無理なことを頼んでいるのはわかっています。ですが、もしよろしければ。どうかすこしだけ注意して、周囲を見回してみてくださいませんか。案外どこかに、コロリと落ちているかもしれません。
お手数をお掛けいたしますが、お返事が頂けると幸いです。
【二通目】
お返事ありがとうございます。悪戯と思われても仕方のない内容でしたのに、ちゃんと返信をいただけて非常に嬉しいです。
どうやら、私の宝物は見つかっていないようですね。いえ、責めているのではありません。そう簡単に見つからないだろうことはわかっていました。むしろ、ご尽力に感謝しております。
私も毎日探しているのですが、一向に見つかる気配がありません。宝物は見つからないのに、今度新装オープンするらしいカフェは見つけてしまったりします。こういったものを探しているわけではないのですが。
地面を眺めながら歩いても、見つかるのは打ち捨てられたゴミばかり。アスファルトを押しのけて咲くタンポポが、唯一綺麗と言えるものだったかもしれません。
地面にはないのかと諦めて、上を見上げて歩いてみたこともあります。目に入るのは電線と、そこにとまる鳥ばかり。変わっていることなんて、毎日の天気ぐらいのものです。そのうち、人とぶつかりそうになって辞めました。
宝物を探して、部屋を片付けたのはよかったかもしれません。宝物は見つかりませんでしたが、きれいな部屋は手に入りました。昔好きだった本を発見したので、また読んでみようかと考えています。
なんだか、近況報告のようになってしまいましたね。本当は、お礼を言うつもりだったのです。宝物はまだ見つかっていませんが、これ以上貴方に甘えるわけにはいきません。いままで、大変ありがとうございました。心の底から感謝しています。
いつか私が宝物を見つけたら、その時はまたご連絡したいと思います。
どうかご体調を崩したりしないよう、くれぐれもお気をつけてお過ごしください。
【三通目】
お久しぶりです。最後に手紙を送ってから、ずいぶん時間が経ってしまいましたね。お変わりないでしょうか。
宝物が見つかったらご連絡する、というお約束でしたね。お約束通り、宝物を見つけたのであなたにお手紙を差し上げた次第です。
ですが、見つけたというのは語弊があるかもしれません。正確には、戻ってきたのです。失くなった時と同じように、いつの間にか。ある時突然、私は宝物が返ってきていることに気づいたのです。
新しく出来たカフェは、コーヒーが非常においしい店でした。アスファルトの隙間のタンポポは、今は綿毛となっています。明日の空は何色なのか、本の続きはどうなるのか。そんな些細な事が気になるようになりました。
いつからか、毎日が楽しくなりました。
私が失くした宝物がなんだったのか、今でもはっきりとはわかりません。ですが今、息がしやすくなったことは確かです。
最後に。貴方の人生が、豊かなものであることを祈っています。
宝を探している人の手紙 琉夢レダ @ryumleda
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます