第4話 死がふたりを分かつまで Side:アン■ェ■■・■プラット

 おはようございます。或いはこんにちは、こんばんは。皆様私がお贈りするエンターテイメントは楽しんで頂けたでしょうか?

 おや?なんて顔をしているんです?あなたですよ。今これを見ているあなたに話しかけているんです。

 あぁ、アンジェリカの姿のままでは混乱させてしまいましたね。失礼しました、このまま少しの間私の話にお付き合い下さい。

今から語るのはあなた方にとっては1つの物語、彼等にとっては本当に起こった出来事です。


 まずはここまでに至った経緯からお話しする必要がありますね。事の顛末は私がとある探索者達との遊びに負けて宇宙を漂っていた頃から始まります。

「探索者」とは私などのような存在が起こす現象に巻き込まれた者を指します。一部の人間がそう自称しているので私も使わせてもらっているのです。

真実や解決を追い求めて周囲を探索するから「探索者」。人間とは便利な言葉を生み出すものですね。

 今回の探索者達との遊びは実に手応えがありましてね。最終的に私の負けという形で宇宙へと放逐されたのですよ。彼等とは是非また遊びたいですね。

 そうして宇宙を漂いつつ次の暇つぶしを考えていると、あなた達に観測される予知をしたのですよ。現にこうして私の話を聞いているでしょう。いや、読んでいると言った方が正しいでしょうか?まぁ置いておきましょう。


 これでも私は様々な話しの脚本をしておりましてね。ただ観測されるだけでは読者を楽しませられない。私が関わるからにはエンターテイメントでなければならないと奮起したのです。その時ですね、命が終わりかけた少女の思念を感知したのは。

 察しの良い方ならお気付きですよね。その命が終わりかけた少女こそがアンジェリカですよ。

人為的に起こった事故によって重体となったアンジェリカは「死にたくない、生きたい」と切実な願いをしておりました。必死さに胸を撃たれた私は何とか願いを叶えてあげようと彼女の肉体に憑依したのです。

 その際彼女の自我は魂ごと潰され消滅してしまいましたが、そこは問題ありません。精神は兎も角、肉体は今も生きているのですから。


 こうしてアンジェリカとなった私はあの婚約破棄の渦中の人となったのです。あの催しものについては下らないの一言でしたがね。

 彼女の暗殺が失敗に終わった次は何をするのだろうかと楽しみにしていたのに、茶番に付き合わされてがっかりでしたよ。だから私が本当のエンターテイメントを提供してあげようと思ったんです。

 お二人には生涯記憶に残る体験をさせてあげようと思いましてね、結婚式当日にある場所へ招待したんです。少し早い新婚旅行ですね。


 そこは人間なら通常行く事が出来ない尖った時間が流れる場所でして、数字で表せない角度が織りなす風景が非常に美しいんですよ。都市に立ち寄ってくれなかったのが残念ですが。あそこもとても面白いのに。

 ですが都市の方は歓迎してくれていたようですね、早速遊びを持ち掛けて来てくれたんですから。悪臭はご愛嬌です。

 流石に脆弱な人間の身体では直ぐに壊れてしまいますので2人には防護魔術を、レイモンドが持っていた剣には攻撃を通す魔術を掛けました。本来人間の作る武器では傷1つ付けられませんからある程度のハンデは必要でしょう。

それでもお二人にとっては心臓に悪いようでしたけれど、何処かの星には「吊り橋効果」という言葉がありますからね。


 概ね計画に問題はなかったのですが、遊び相手だったレイモンドがあの粘液を浴びてしまったのは予想外でした。私がかけた防護魔術は相手の攻撃の意思を汲みとって弾く仕組みなので、意思が無いものには効果が無いんですよ。

勿論あの粘液にも意思はありませんからね。私ったらうっかりさん。

 実はあの粘液は、人間の皮膚などに付着すると時間と共に浸食して人外に変異させる特性を持つんですよ。たしか一部の人間は変異した人間を混血種と呼んでいましたっけ。


 ですから多量に粘液を浴びていたレイモンドは勿論、粘液が爪の間に入ったマリーもその時点から変異が進んでしまったのです。直ぐに水などで洗い流せば大丈夫なのですが、あの場所に水なんてありませんでしたから。

 変異が外見に現れ出したのはレイモンドが先でしたね。まぁ彼の方が粘液を浴びていたので当然の結果です。

そのまま変異が進んで完全な混血種となれば人としての自我が完全に消え去り、人間は飢えを満たすだけ存在と認識してしまうのですが、流石私。何かあった時の為に事前に手を打っておいたんですよ。

 人間は愛を尊ぶ生き物でしょう?自我が崩れてしまえば愛も消滅してしまいます。そこでお互いの事だけは忘れないよう祝福を掛けたのです。ほら、人間が演出した物語の中にあるでしょう?記憶を失っても愛した人の事だけは何処かで覚えていると。あれとても素敵ですよね、ご都合主義なところが特に。

 だから私もそれに倣って演出して差し上げたのですよ。現にレイモンドはどんなに姿形が変わってもマリーを案じ続けたでしょう?彼女も幸せ者ですね、こんなに夫に想って貰えるなんて。

 彼女だって一度は逃げてしまったもののきっと分かっていますよ。でなければ何度も彼の所に近づいていませんから。隠れていたのはきっとどうやって謝れば良いのか分からなかったからでしょう。彼ならきっと許してくれそうですが、義理堅いことですね。

 このじれったさも人間が織りなす故ですね。再開を果たして抱き合った時などは感動して思わず力を使ってしまいましたよ。この強い愛で結ばれた夫婦がもう二度離れないよう肉体的にも1つにしてあげようとね。

 身体が結合した事により、混血種としても不完全などれでもない存在になってしまいましたが、愛の前では些細な事。こうして常に寄り添い合う美しい夫婦が誕生したのです。今夜はお祝いですね。


 私としては折角身も心も1つになれたのですし、もうこのまま2人だけの世界にさせてあげたかったんですが、家に帰るまでが旅行と言いますからね。せめてもの餞別に帰還を延長させてあげました。

帰国すれば王とその妻として常に人が控えている生活がスタートしてしまいますからまだ若い2人には酷でしょう?気遣いに溢れていると思いませんか?

 ちょっと返す際に時間軸を誤って旅行に招待する直前に戻してしまいましたが、このくらいのズレなら問題はありませんよね。だって尖った時間と曲がった時間を行き来させるのって結構大変なんですよ。下手したら数百年とかズレしてしまうんですよ?寧ろ10分以内に収めた私凄すぎません?

 それにこのズレのお陰で反って良い演出になったと思うんですよ。

レイモンドは人々に囲まれているマリーを見て彼女の危機だと駆け付けようとした。何人もの兵士達に切りかかれようと道を阻まれようと、彼は愛する彼女を取り戻す為に勇敢に戦ったのです。正しく愛の成せるわざですよ。

それにしてはマリーの方は身体を切り離してくれと周囲に懇願していたのが不思議なのですが……?

…あぁ!きっと1つの身体を共有していると抱き締め合う事が出来ないからなのですね!彼女は中々ロマンチックな思考をしていますね。

仕様上マリーの願いは叶えてあげられませんが、今後の参考にしておきましょう。まだまだ人間について学ぶことは多いですね。


 そうだ、兵士達が居なくなった今のうちにお二人を回収しませんと。今は辛うじて息がありますが、あのまま放って置くと本当に死んで折角の祝福が解けてしまいますので。

あら?あの場で私、言ったでしょう?「お二人が常に互いを思い合い、生涯を通じて共に居る事を祈っております」と。彼等には是非長生きして頂かないと、人外に変えてまで寿命を延ばした意味が無くなってしまいますもの。

 えぇそうです。2人の未来は半年前の婚約破棄の時点で既に確定していたのです。未来の自分達に襲われ逃れる最中に世界を超え、そこに住む者の粘液を浴びて人外に変異する。私の力で2つが1つになった後は過去へと戻り過去の自分達を襲撃する。そして過去の2人は世界を超える。

 つまり2人は永遠に繰り返されるループに囚われる事になったのです。ありきたりですが美しい末路ですね。


 あぁ本当に美しい。夫は傍に居る妻に気付かずに永遠に探し求め、妻は自我が半端に残った故に自らの状況を嘆き、化け物と化した夫との離別を求める。なんて滑稽で哀れで愚かで可愛く愛おしい結末なんでしょう。

我ながら惚れ惚れしてしまいます。人間とはやはり、かくも私を飽きさせない生き物なのですね。私が人間との遊びを止められない理由は正にそこなんですよ!

 回収したら沢山使って愛でてあげよう。探索者の1人をマリーに誤認させようか?マリーの視点や記憶を共有させようか?どれも楽しそうでワクワクするなぁ!途中で飽きるかもしれないけど命の保証だけはしてあげるから大丈夫。安心してね!


 コホン、失礼。少々興奮し過ぎてしまいました。最近は中々思い通りにならなかったり、想定を超える探索者との遊びが立て続けでしてね。勿論それも面白いのですが、意図した通りに悲劇を演出出来ると快感なんですよ。

まぁ、彼等を使うのはアンジェリカの身体を改造してからになりますけどね。私が宿っていたとしても人間の身体に変わりはないので、いつもの感覚で行動していると直ぐに壊れてしまいますから。

えぇ、アンジェリカの願いも忘れてはいませんよ。死にたくないという願いを叶える為にちゃんと死なないようにしてあげないと。だって私は神ですから。神は人の願いを叶える者なので。

 改造した後は数ある顔の1つとしてコレクションに加えておきましょう。彼女の容姿はきっと沢山使い道がありますね。


どうしましたか?酷いと思いましたか?ですがあなた達がどう思おうと此方側に干渉は出来ません。逆もまた然り、この神である私でさえもね。良かったですね、そちら側で。

そもそもタイトルを見て興味を示し、ここまで読んだ時点であなた達は彼等の悲劇をコンテンツとして消費したのですよ。

「酷い」の一言だけ置いてまた日常へと戻っていく。そして新しい情報に流され2人の事は忘れていく。そもそも現時点で命を散らした兵士達を覚えている者はどれくらい居るでしょうか。お気づきですか?暢気に私を責められる立場ではないんですよ。

フフ、忘れて下さい。所詮あなた達に手出し出来ない程度の存在の言葉ですから。

 それにしてもあなた方のような存在を「あなた達」と呼称するのは若干不便ですね。

 そうですねぇ。私達が起こす現象に巻き込まれる者を「探索者」と呼ぶのなら、彼等の物語を眺めるあなた達はきっと「鑑賞者」と呼ぶのでしょうね。

二度と鑑賞者にならないのも良し、また鑑賞者になるのも良し。それはあなた達の自由です。どうせ探索者からすれば私もあなたも理解出来ないものですから。


あら、私とした事が肝心の名乗りを失念してしまいましたね。この界隈では有名な方だと自負しているのですが新参者が居ないとは限らないので。常に謙虚な姿勢でいなければ。

私の名前は人間が発音できるものではないですし、呼び方も多いのでね。人間からは「這い寄る混沌」「月に吠えるもの」「無貌の神」「皮膚無きもの」等色々呼ばれているので呼びやすい方でどうぞ。


さて、私ことニャルラトホテプが贈るエンターテイメントはこれにて終わりにいたします。また何処かでお会いしましょう。


パチリ


 混沌の権化が二度目の指を弾いた瞬間、時は再び動き出す。木々は風にそよぎ、小鳥達は仲間の元へ戻ろうと羽を広げる。蝶は目を付けていた花に留まり、風は彼等に触れるように通り抜ける。太陽は地上に等しく光を届け、そしてポッドを持ったアンナは驚いたように目を瞬かせた。


 「あらやだ。何で私、お茶のセッティングしてるのかしら?」


 別の次元に住む鑑賞者には影響が無いという事は、裏を返せば同じ次元にいる者には混沌の権化による干渉を受けるという事である。

 彼がこの場から姿を消したと同時にアンジェリカ・スプラットという存在は彼の力によって抹消された。始めからそんな人物など産まれていなかったという定義に書き換えられてしまったのである。

最初から存在しない人間が何時、何処で何をしていたのかなどどうやって認識出来るのだろうか。


 「今日は旦那様も奥様もいらっしゃらないし…。来客の予定も無いわよねぇ…?」


 そのような事象など露知らず、マリーは首を傾げつつ小さなテーブルに広げられた茶器類を片付けようとする。


彼女の手によって下げられたカップの底に僅かに残された琥珀色だけが、誰かがそこに居た証となっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る