第2話 死がふたりを分かつまで Side:レイモンド・ステュアート
「お二人は神の名の下に、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、死がふたりを分かつまで命の続く限り、共にあり、共に歩む事を誓いますか?」
「はい、誓います」
「誓います」
遂に待ちわびた結婚の日。僕達2人は白い衣装に身を包んで神官の前に立っていた。
予定通りに僕の方からマリーの頬にキスを贈ると彼女も贈り返してくれる。柔らかな感触が心地良い。
これからずっとマリーが居てくれるなんてとっても幸福だ。それだけで「結婚」という言葉が輝かしく思えてくる。あいつと婚約している頃は只々煩わしいだけだったのに。
何故父上は最初の婚約者にアンジェリカを選んだんだろう。あいつなんて僕より勉強が出来るからって仕事に一々口出しして来るし。挙句の果てに僕に黙って書類を手直ししてたし、全体的に厭味ったらしくて生意気だったんだよな。あんなのに監視されてたら息が詰まるし公務だってやる気を無くすよ。
それに引き換えマリーは僕が色々教えると凄い凄いと認めてくれて、頑張ってるんだねって褒めてくれて、一緒にいると凄く楽しいんだ。今日はこんな公務をしたんだよとか、今度はこんな施策をしてみようかと思うんだって話すと、ニコニコしながら僕ならきっと成功するよって応援してくれるんだ。
夫婦って本来こういう物だよね。父上が伏せってしまってこの先不安はあるけど、マリーの為なら何だって頑張れる。幸い彼女の実家も支援してくれるし。
彼女と腕を組んで厳かな造りの扉へ歩きながらその後のスケジュールを脳内に浮かべる。戴冠式まで済ませたらいよいよ民へのお披露目のパレードだ。今だに貴族達は不満そうだけど、民ならきっとこの愛を貫いた結婚をお祝いしてくれるだろう。
素晴らしい未来に想いを馳せていると、それを邪魔するかのようにズンッと地面から重い衝撃が伝わった。咄嗟に転ばないよう足に力を入れてマリーを抱き寄せる。
一瞬この結婚に不満を持つ一派の仕業かと思ったが、2度目3度目に聞こえた音はどう聞いても人間の出すそれじゃなかった。嫌な予感に知らずに身体がこわばってしまう、その瞬間にアレはやって来た。
聞いた事の無いような音を立てながら壁が紙屑のように砕け落ちる。歪に開いた穴の向こう側から侵入してきたものは人間には理解出来ない姿をしていた。
一瞬巨人かと思ったけどそうじゃなかった。どんな理由かは分からないけど腕や脚が何本もあるように見える時もあれば、目や口が沢山ある時もあった。明らかな化け物なのに、時々人間の姿を取り繕うとするのが反って不気味で肌が泡立つ。脚が固まる。声にならない悲鳴が唇の間から漏れる。
「キャアアアアアアアアアッ!!」
マリーの悲鳴で思考がクリアになる。そうだ、僕はマリーの夫だ。夫は妻を守らなければならない。それと同時に化け物がこちらを向いた。もっと正確に言えばマリーを見た。僕には分かる、あれは彼女を奪おうとする目だ。
化け物の突進を兵士が止める。だけどそれも何時まで持つのか分からない。周りを固める兵士達に促され、僕は彼女をしっかりと支えて外を目指した。腕の中の存在が失われないよう懸命に。
激しい戦闘の音を背中に受けながら教会の扉を潜り抜ける。見た事のない化け物と戦う兵士達は大丈夫なのか気になったけれど、後ろを振り返る余裕は無かった。
御者が早く早くと僕達を急かす。ステップに脚を掛けてマリーが乗りやすいように補助し、彼女がしっかり乗り込んだのを確認すると僕も急いで身を滑らせた。
普段よりやや乱暴気味に扉が閉まると、鞭がしなる音と同時に上半身が背凭れに押し付けられるような感覚を覚える。
僕は後ろを振り返り、窓から教会の様子を窺った。兵士達が頑張ってくれているのか、あの化け物が追ってくる気配は無かった。蹄の音が響く度に教会はみるみるうちに小さくなり、肉眼では見えなくなってから漸く肩の力を抜いた。生きている喜びに、失わなくて済んだ安堵から隣の彼女を強く抱き締める。
「私…助かったの……?」
「うん、そうだよ。僕達は助かったんだ」
彼女の確かめるような呟きに肯定する。きっと今日はもう戴冠式やパレードどころではないだろう。だけど戴冠式もパレードも別の日にやれば良い。兎に角彼女が無事で良かった。
その事実にもう1度溜息を吐き瞼を閉じる。その瞬間椅子の感触が無くなると同時に尻餅をついた。
「うわっ!」
「キャッ!」
いくら臀部でも強かに打ち付けられれば結構痛い。痛む場所に手を合わせ、マリーに大丈夫なのかと声をかける。彼女も自分と同じようなポーズをしていたけど、受け答えはしっかりしていて大丈夫そうであった。
「一体どうしたんだ。御者は……は?…」
処罰されても文句は言えんぞと御者を睨もうとして、でも出来なかった。だって御者がいなかったから。
御者どころか馬車と並走していた筈の護衛の兵士もいない。馬車から降りた覚えも無いのに外に居るのは何故なんだと考えようとして止めた。目を閉じた一瞬のうちになんてどう考えても現実的じゃない。それよりも此処は何処なのか考える方が先だ。王宮から教会までの道にこんな場所はなかった筈なのに。
そこは居るだけで頭がおかしくなるような所だった。一見するとどこかの地方の風景だけれど、本能的に汚らわしいと思える感覚が常に付きまとっていて気持ち悪かった。立っているだけで方向感覚が狂いそうになるのが不気味だけれど、周囲を観察して漸くその原因が分かった。
この空間は角度が異常なんだ。異常な角度って何だと言われそうだけれどそう直感してしまったから仕方ない。他の人もこの空間にいたらきっと同じ事を感じるだろう。
辺りには人はおらず、遠くには螺旋状の塔が建ち並んでいる。大きさからみて割と大きな街みたいだけど、こんな空間に建っているくらいだ。碌でもない場所という事はハッキリと分かる。
剣の扱いは心得ているし日々の鍛錬だって欠かしていない。だけど専門的な訓練を受けている兵士には到底及ばない事も知っている。何もかもが分からない中で、もし何かあった時に彼女を守れるんだろうか。そんな不安が過った。
「何、此処…。レイモンド様。私、怖い…」
「大丈夫だ。きっと皆も離れた所にいる筈だ。探してみよう」
マリーの怯える声で恐れる心に活を入れる。そうだ、マリーは女性なんだからこの状況が余計怖いに決まっている。それに変な場所に来たのだって僕達2人だけとは限らないし、きっと御者や護衛だって探せば見つかる筈さ。
そう自分に言い聞かせながらマリーを後ろに庇い、改めて周囲を見渡す。螺旋状の塔以外に変わった物は何も無い。念のため腰の鞘から剣を抜いて何かあった時に備える。儀礼用だから正直心許ないけど無いよりはマシだ。塔がある方角は避けて勘を頼りにゆっくりと歩き始める。
「おーい、誰かいないのかー!」
「聞こえたら返事をしてくださーい!」
2人で呼びかけながらこの空間を只管歩く。角度が異常なこの空間では真っ直ぐ進むのさえ難しく、暫くしてから足跡を見つけたと安堵しかけていたら自分達の物だったという残念な結果に終わる事もあった。
結局はこまめに後ろを振り返り、足跡の軌跡が曲がっていないかどうかで直進出来ているか確かめながら歩く事にした。
彼女を励ましたものの、歩けど歩けど中々変わらない状況に身体的だけではなく精神的な疲労も蓄積してくる。
誰でも良いから人に会いたい。そんな気持ちを見計らったかのようにアイツはやって来た。
突然、思わず鼻をつまみたくなるような悪臭を感じた。剣を落としそうになるのをグッと耐えて力を籠める。確実に良くない事が起きる予兆にマリーは身を縮こまらせ、僕は剣を構えた。
その瞬間、悪臭の元凶が目の前に現れた。そいつは教会を襲った奴とは姿こそは違うけれど、生き物といって良いのか分からない奴だった。
四つ足だけど毛皮は生えていない。頭の形はしいて言うなら人間の頭を前後に伸ばしたようだった。他の部分も動物に例えられるような、どれにも例えられないような姿をしていて、何とも説明のしようがない。
でもこいつを見た100人が100人、絶対口を揃えてこう言うだろう。「悪魔」だと。そのくらいこの世全ての邪悪が形になった姿だった。
教会のアレと言い、今のこいつと言い、一体何なんだ!
そいつは俊敏な動きで飛び掛かり、大きく口を開けて来た。咄嗟に剣を振るって横っ面を薙ぎ払う。恐ろしい外見の割にあまり丈夫でないのか、スッパリと皮膚が裂けて青みがかった粘性のある液体が飛び散る。多分あれが悪魔の血なんだろう。
悪魔は多少は怯んだけど体制を整えてもう一度向かって来た。今度は牙じゃなくて長い舌を使っての攻撃だ。先程よりも速いそれを迎え撃てたのは奇跡だったのかもしれない。
槍のように鋭い舌は僕の剣の一撃で地面に切り落とされた。悪魔が悶え暴れる所為で切断面から噴き出した粘液が周囲に撒き散らされる。僕の顔にも降りかかった、凄く気持ち悪い。
でもこれで悪魔も不利だと悟ったのか恨みがましい目を向けると背を向けて立ち去った。あの酷い悪臭も薄れていく。
助かったと安心した途端腰が抜けて座り込んでしまう。あんな化け物がいるなんて、これで諦めてくれると良いんだけれども。いや多分、また来るんだろうな。
「レイモンド様、お顔が」
駆け寄ったマリーが白いハンカチを出して僕の顔にかかった粘液を拭いてくれた。怪我は無いか僕の問いにマリーは頷きで答えると、なんと頬を仄かに赤く染めて格好良かったと言ってくれた。
あぁマリー!君は何て可愛くていじらしいんだ!こんな時でも弱音を漏らさず、僕を気遣ったり嬉しい事を言ってくれる。
やっぱり僕は君という天使と出会う為に生まれて来たんだ。彼女の為なら何だって出来るし、彼女とならきっとどんな困難だって乗り越えられる。
今にして思えばアンジェリカには悪い事をしちゃったな。でも彼女だって生意気だけど悪い人間ではないし、いずれは僕達のように強い愛と絆で結ばれる相手と出会えるだろうさ。
彼女の微笑みに癒され僕はまた立ち上がる。まだ探し始めたばかりだし、諦めなければきっと物事は良いように進んでくれるさ。
だけど僕達の希望を嘲笑うかのように、その後は同じ事の繰り返しだった。僕達を弄ぼうとしているのか、悪魔は気紛れのように襲撃を繰り返しその度に撃退した。
そのくせ人間には全く会えず仕舞いで、宰相達が前に言っていた現実は非情という言葉が分かるような気がする。
此処に来た直後は綺麗だった婚礼服だって、戦いや悪魔の粘液ですっかり破れ汚れてしまった。頭から被った粘液はマリーがその度に粗方拭き取ってくれたけど、ハンカチだけじゃ間に合わなくなって手袋を脱いで使いだした時には既に僕の中で焦燥感が芽生えていた。
「疲れただろうマリー。此処で少し休んで行こう」
落ち着けるのに丁度良い壁がある場所を見つけた僕は振り返る。その時にマリーの歩き方が痛みをこらえるような動きになっているのに気付いた。
失態に内心で舌打ちしながらマリーを抱え上げる。吃驚したような顔をされたけど治療が先だ。壁に凭れかけさせパンプスをゆっくり脱がせる。靴は専門の職人によるオーダーメイド製だけれど、ヒール自体が余り歩く事には向いていない。案の定長時間歩き回った所為でマリーの足は靴擦れを起こしてしまっていた。
「すまないマリー。もっと早く気が付いていれば良かった」
「ううんレイモンド様。今さっき痛み出したから…」
控え目なマリーの事だ、結構前から痛かったんだろう。焦っていたとはいえ妻の変化に気付かないなんて、夫としての自覚をもっと持たないと。
婚礼服の綺麗な部分を破き、包帯代わりとして足に巻く。応急処置にしかならないけど、やらないよりはマシだろう。
「ありがとう。少し楽になったわ」
「そう言ってくれると助かるよ」
マリーの隣に腰を掛けて僕も身体を休める。自分で思っていたよりも疲れが溜まっていたのか、人心地が付いた途端に身体が重い感覚に襲われた。
「靴、汚しちゃった…。デザインとっても気に入っていたのに……」
マリーが傍らの靴に触れながら残念そうに呟く。リボンやレースが好きな彼女の為に僕がデザインした結婚式の為の靴。内側は皮膚の擦れによって少し血が付いていた。僕はまた新しい靴を贈るよと言って片手に抱き寄せる。彼女の温もりが焦燥に駆られた僕の心を少しずつ解していく。
「私達、本当に此処から出られるのかしら…」
マリーの声には不安が滲み出ていた。本来彼女は天真爛漫な性格で、王としてやっていけるのか憂いていた僕をその度に何とかなると励ましてくれていた。
僕より賢くて常に厳しく現実を見据えているアンジェリカとは正反対な、僕の頑張りを認めてくれて理想話にキラキラとした目を向けてくれる。未来を明るくさせてくれるような朗らかさに惹かれたんだ。
そんなマリーが不安になってしまっている。妻を安心させられずに何が夫だ。今度は僕が彼女を元気づける番だ。
「出られると信じよう。それが難しいなら一生此処で過ごすなんて冗談じゃないって気概を持とう」
「レイモンド様は強いのね」
ちょっと冗談めかすと彼女の口からフフッと笑いが零れる。現状は変わらないけど、少しでも気晴らしになれたのならお道化た甲斐があるというものだ。
この話はもうやめにしよう。答えの出ない問題を何時まで考えていたら心が先に疲弊してしまう。丁度良い他の話題もあるし。
「それに『レイモンド様』は固いよ。僕達はもう夫婦なんだから、『レイ』って呼んでくれないと」
「レイ」は家族だけが呼ぶ僕の仇名だ。母上が死んでしまってからは呼ぶのは父上だけになったし、その父上も病気になってしまってからは起きている方が珍しくてすっかり仇名も呼ばれなくなってしまった。
「レイ様?」
「『様』は要らない」
「レイ?」
彼女からレイと呼ばれるととてもくすぐったくて、夫婦になってキスだってしたのに何だか変な話だ。でもこれからはずっとそう呼ばれる毎日になるんだな。
つかの間の幸せを噛み締めているとマリーがうつらうつらと船を漕ぎだした。無理もない。こんな場所に放り出されてあの悪魔に襲われて、精神的にも身体的にも負担がかかったんだろう。
「ごめんなさいレイ。急に眠くなって…」
謝るマリーの身体をそっと僕の方に傾け、彼女が眠りやすい体制に整える。実は僕も眠くなってきていたところだ。ここで寝たらまた悪魔に襲われやしないかと少し心配だけど、休める時に休んでおかないと。
「良いんだよマリー。僕も少し眠るから」
マリーが目を閉じるのを見届けると僕も睡魔に身を任せた。
すっかり嗅ぎ慣れてしまった悪臭に反応出来たのは、自分で思うより眠りが浅かったからだろう。
僕は飛び起きると、まだ眠い目を擦っているマリーに「下がって!」と叫んで剣を構える。あの悪魔め、性懲りもなくまた来たな。なんて執念深い奴なんだ。
悪魔の攻撃を必死にいなしながら剣を振るう。醜い割に頭が良いのか僕の剣筋を見切るような動きをしてきていて、小賢しさに腹が立った。
だけど僕は負ける訳にはいかない。後ろにいる妻の為、国の為にも僕は絶対に負けてはいけないんだ。
そうしてお互い隙を伺いつつ攻防を繰り返していると、突然悪魔がピタリと動きを止めた。新しい傷は付けたものの決定的な一打は与えていない。今度は何をするつもりなのかと心臓が早鐘を打つ。
しかし悪魔はニチャリと、あれは笑ったんだろうか。顔を歪めると風のように走り去って行った。今まで奴が恨みがましそうに撤退する事はあったけれど、こんな事は初めてで少し拍子抜けしてしまう。いや彼女も僕も無事だったから良かったんだけど。
「レイ、怪我は大丈夫?」
彼女の足音が近づく。汗を拭い僕は振り返った。大丈夫、怪我は無いよ。そう言って安心させようとして。
「キャァアアアッ!」
真正面から浴びせられた悲鳴に肩が震える。一瞬呆然としてしまったけど、咄嗟に背後に顔を向けた。まさかまた悪魔が!あの撤退はフェイントで油断させる作戦だったのか!?
しかし視線の先には悪魔は居なかった。なんだ、脅かさないでくれよ。すっかり彼女に騙された僕は笑いかけようとして、今度は彼女が居なくなってしまった。
「いやぁ!もうやだぁ!」
声のする方には叫びながら、淑女らしからぬ走りで遠ざかろうとしているマリーの後姿があった。
待ってくれ!一体何があったんだ!まだあいつがうろついているかもしれないんだ。離れるのは危険だ!戻って来るんだマリー!
慌てて追いかけるもマリーは「来ないで」と叫びながら何かから逃げ続けていた。僕の声が聞こえていないのか、全然こっちを見ようとしてくれない。辺りを見回しても生物らしき影は何処にもなく、彼女が何から逃げようとしているのか見当もつかなかった。
(待ってくれマリー!お願いだから僕から離れないでくれ!)
でも彼女との距離は一向に縮まらず、寧ろその小さな身体にどれだけの脚力が備わっているのかジリジリと離れていき、やがて僕は彼女の姿を完全に見失ってしまった。
「マリー…何処に居るんだい…。出て来ておくれ……」
あれからパタリと悪魔は現れなくなったけど、マリーは探せど探せど見つからなかった。
あぁ可哀そうなマリー。きっとお腹を空かせているだろうに。僕も腹はペコペコだ。
ほらマリー、かくれんぼはもうお終いにしよう。僕の負けで良いから。マリーは隠れるのが上手だね、もしかして楽しくなっちゃったのかい?駄目だよ危ないよ。だってまたあの悪魔に襲われるかもしれないんだよ。僕が居ない間にそうなったら、今度こそ、本当に死んでしまうかもしれない……?
駄目だマリー。マリー、お願いだから返事して。僕を安心させて。今なら怒らないからどうか出て来て。だって僕はマリーに何かあったら生きて行けないから。マリーが僕の全てだから。
マリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリーマリー!
その時願いが通じたのかマリーの声が聞こえた。あれは叫び声だ。マリーに何かあったのか。早く彼女の所に行かないと。早く。早く。早く。
マリーは幸いにも直ぐ近くにいた。神様ありがとう、彼女と再び出会えた奇跡に感謝します。それに漸く僕を見てくれた。ごねんね、後ろからだったから驚かせちゃったかな?
やっと。やっと見つけた僕のマリー。何だ、迷子になっていただけなんだね。泣いてしまって、僕に会えて安心しちゃったんだね。僕もだよ。だから離れたら駄目だと言ったのに。
でも全部許すよ、こうやって見つかったんだから。あぁマリー、君はあったかいね。僕は君が居ない間ずっと寒かったんだよ。もう離れちゃ駄目だよ。ずっとずっと一緒だよ。
僕はマリーをぎゅっと抱き締めた。絶対に逃がさないように。
でもね、おかしなことが起きたんだ。あれだけ離れないよう抱き締めていたのに、何故だか急にマリーの温もりが無くなって、腕の中を見たらマリーが消えていたんだ。
マリー、僕のマリーは何処に行ったの?僕の妻。僕の人生。僕の命。
僕は再びマリーを探した。僕は彼女の夫だから。あの時誓ったから。ずっと傍にいるって、どんな時もずっと傍にいるって。
その後も僕はマリーを探した。ずっとずっと探した。だからかな?諦めずに彼女を探し続ける僕の姿に、きっと神様は感動してもう1度チャンスをくれたんだ。
身体が浮き上がる感覚と一緒に気が付いたら僕は結婚式を挙げた協会に居た。もしかしたらマリーも帰って来れたのかな?
兎に角外に出てみよう。此処なら思い当たる場所は沢山あるから。何故だか何処のドアがどの部屋に繋がっているのか思い出せないけど、手当たり次第に行けば外に出られるよね?
そうして何枚目かのドアを潜ると直ぐ傍に何かの気配があったから思わず手を出してしまったんだ。悪魔が待ち伏せしていたのかと思って吃驚したけど、気配の方を見たら何て事ないただの人間だった。ちょっと脆弱過ぎやしないかい?
「キャアアアアアアアアアッ!!」
瞳孔が広がってく様子をぼんやり眺めてたら女の子の声が聞こえた。心が震える。間違いない彼女の声だ。
果たしてマリーはそこにいた。何故か人間達に囲まれるようにして。
マリーに何をしようとしているんだ!僕は急いで彼女の元に駆け寄った。でも憎い人間に阻止されてしまった。そんな顔しないでマリー、僕は大丈夫だから。僕とマリーを邪魔するものは僕が全部殺してあげるから。
でも邪魔する人間が更に増えて、しかもあいつらマリーが足を怪我して動けないのを良い事に連れ去ろうとしたんだ!絶対に許さない!特にマリーの横にいる奴!おいお前僕のマリーに触るんじゃない!
マリー!愛らしくて清純なマリー!マリーの魅力は人間でさえも魅了してしまうのか、なんて美しくて誇らしいマリー。今だけは君が振り撒く魅力を恨んでしまうよ。
手を伸ばそうとしても前を阻む人間に跳ねのけられる。お前達もマリーの魅力に溺れたくちか。だけど彼女は僕の妻なんだ。そして僕は彼女の夫。夫婦の絆を引き裂こうとする奴には容赦はしない。
でも壊しても壊しても人間共はしぶとく行く手を遮ろうとしてくる。僕の奮闘も虚しくマリーはとうとう外へと連れ出されてしまった。無情にも扉は閉ざされて僕と邪魔な人間だけが残る。
あぁ!神よ!何故あなたはこんなにも僕達に試練を課すというのか!?だけど僕はこうも知っている。神は乗り越えられる試練しか与えないんだと。
だからマリー、直ぐにこの人間共を蹴散らして君を迎えに行くからね。だからどうか僕を信じて待っていてくれないか?
それから僕は愛の為に勇敢に戦った。何度傷つけられようとも、終わりが見えなくても。全てはマリーをこの手に取り戻す為に。
でもごめんね。この人間、思ったより手強かったや。あいつら卑怯にも僕を串刺しにして床に貼り付けたんだよ。言い訳になっちゃうけれど。
煩い声を挙げる人間が、変に僕の身体を揺らしてくる人間が心底憎い。でも悔しい事に身体はちっとも言う事を聞いてくれやしない。
力が段々抜けていく。でも眠るだけ、少しの間眠るだけだよ。次に起きた時にはこんな拘束なんかさっさと解いて直ぐに探すからね。きっとまた会える。一緒になれる。だって僕達は共に歩むって誓ったからね。
彼女の微笑みが瞼の裏に浮かぶ。それを噛み締めているとプツリと意識が途切れた。
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