ルナ

阿紋

 月を見ていると少し変な気分になる。月の引力のせいだろうか。かぐや姫が月からやってきたとき、兎のついた餅は持ってきたのだろうか。ベルトルッチの映画で大きく広げられた母親の足のあいだ。その場面だけが頭に残っている。ジル・クレイバーグ。結婚しない女。タビアーニ兄弟の「シチリア物語」。まーるい大きな月が割れてしまった甕を照らしている。そんな満月の夜に叫び声をあげて、家のまわりを走り回る男。今更なぜ月が出たなんて、考えてみたところで仕方のないことだけれど、そもそも始まりはすべてケイオスなのだ。ミラーの「南回帰線」のはじまりのように。とにかく、満月の夜はいろんなことがそこら中に起っている。太陽が沈んでしまえば、月の明かりだけがたよりなのに、みんな知らないふりをしている。月の引力を感じてるはずなのに。

 僕はルナの連絡先は知らない。会うのはいつも偶然のようで必然なのかもしれない。会いたいときはルナのいそうなところをウロウロしてみる。そうするといつのまにかルナが僕のそばに寄ってくるから。

 そして今、僕はルナを探している。ルナと知り合ったのはいつどこでだったか、今となってはもうはっきり思い出せない。ルナは今も、この街のどこかを彷徨いながら歩いているのだろう。もしかすると、僕のすぐそばにいるのかもしれない。この街は、ルナのような不思議な女の子がたくさんいるせいで、いつも満月の夜のような感じがしていた。ルナは、この辺をうろついている女の子にしてはめずらしく、たいてい一人だった。「友だちはいるよ、たくさん」彼女は突然すわり込むと、じっとケータイを睨みつけている。あまりにこわい顔をしているので声をかけにくかったけれど、一度だけ何をしているのか聞いたことがあった。ルナは「メール見てんの」とだけ答えた。僕はルナに会えないまま駅に向かっていた。こんなこと初めてだった。駅前の犬が僕を睨みつけている。僕はタバコの煙を犬に吹きかけた。

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