辺境の荒野で汗だく
雲一つない、どこまでも続く青い空。その下に赤茶けた荒野が広がっている。動く物が見えない不毛の大地の上、はるか遠くに一筋の線が水平に横切っている。
「見ろ、異世界人! あれが帝都街道だ」
岩に片足を乗せ、つるっぱげの崖の上から、その一筋の線を指差す金髪の少女。
さっきから、人のことを異世界人、異世界人と呼びやがって!
俺にも名前くらいあるぞ。
俺の名前は
ロリエルフに朝からこのクソ暑い荒野を引きずり回され、軽く気絶していたのが先程の状況だ。
昨晩は吉祥寺の居酒屋で、俺が所属する軽音楽部のライブ打ち上げをやってたはずなのだが、目が覚めたら、この世の果てのような不毛の場所にいた。
「おい、そこのロリエルフ! ここは日本なのか?」
「ここは日本じゃないってば! それにリコはロリエルフじゃないし!」
子ども独特の甲高い声で反論しやがる。
そういや、こいつの名前は夢の中で聞いた名前と同じで、リコなんとかって言ったよな。
数週間くらい大学周辺でストーカーみたいな、つきまとい行為をされてたので耳に馴染んでしまった。
あれ? このリコとかいう子、日本語が話せなかったはずじゃ?
まあ、それはいいや。今は言葉が通じてるみたいだし。
それより、ここがどこかだ……。
うーん、日本じゃないとしたら、この景観ならアメリカのネバダかその辺りだろう。
以前、ラスベガスに海外旅行に行った際に飛行機の上から見た景色がこんな感じだった。
このリコとかいうロリエルフは、いつの間に俺を国外に連れ出したんだ?
「ここは世界のどこだか知らんが、日本にはいつ戻してくれるんだ?」
「だからー、リコに協力してくれたら元の世界に戻してあげるって言ったし」
「聞いてねーよ」
「んー……、忘れちゃってる? ちょっと薬の分量が多過ぎたかな……???」
「お前、やっぱ俺に毒かなんか盛って、さらってきたな! こんにゃろー!」
頭でも殴ってやろうかと手を振り上げたが、やめといた。
暑すぎて体を動かす気にもなれない。
「おい、異世界人。もたもたしてると干からびちゃうぞ! さっさと街道を目指すぞ!」
アーミーブーツを履いたひょろっとした足で、俺を蹴って急かす。
「ちょ、ちょっと待て! 喉がカラカラなんだ。お前、何か飲み物持ってないか?」
「ちょい待ち!」
リコはリュックを降ろし、その中から缶ジュースを取り出した。
プシュッとプルタブを引き、俺の方に差し出すかと思ったら、そのままゴクゴクと旨そうに飲み始めた。
「おい! こら……、てめえ……、自分だけ!」
文句を言いかけたところ、飲みかけをこっちに差し出してきた。
「誉れ高き貴族様の貴重な飲み残しだ。心して飲むのだ」
「何言ってんだ! どこのどいつが貴族様だよ!」
ひったくるように缶を取り上げたが、一口しか残ってなかった。
「もっと寄こせよ! このロリエルフ!」
リュックを奪おうとしたが、すばしっこく逃げやがった。
「異世界人が干からびそうになったら、リコ様のおしっこでも飲ませてやる!」
意地悪そうにリコがニヤリと笑う。
「何をほざくか! このロリエルフ!」
「とにかく急がないと日が暮れるのだ! 夜は死ぬほど冷えるのだ!」
「っせえ! この待て! 飲み物寄こせ!」
リコはひらひらとパーカーを翻して逃げていく。
小っこいくせに思いの外、足が速い。
俺は汗だくになって、つるっぱげの岩山を駆け下りた。
「はあ……、はあ……、もう死ぬ……。いい加減走るのやめよう……」
猛暑の中、二人でバカみたいに走りまくって、どちらからともなく言い出す。
大の字になって寝っ転がりたいが、地面が熱すぎる。寝そべった途端に、体の水分を根こそぎ持っていかれるだろう。
空を見上げた。高い位置にあった太陽も随分と地平線に近づいている。もうすぐ夕暮れになりそうだ。
走りまくったお陰で、はるか遠くに見えてた街道もすぐそこだ。
かなりの広さの道だが、乳白色の土が平たく固められただけで舗装はされていない。
左右を見ても自動車の往来は全くない。
リコは目を閉じて胸の前で手を合わせている。
時折、こういった行動をしているが、神様にお祈りでもしてるのか?
「ロリ……じゃね。お前、名前はリコだったよな? ここにバスは来るんだろうな? 早くホテルでシャワーでも浴びて、キンキンに冷えたビールをグワーってやりたいぜ」
リコは手を下ろし、こっちを見た。
「異世界人…、いや……、エイジ、この世界にホテルなんてないのだ。もうすぐあっちから獣車が来る。止めるぞ」
リコが街道の右を指差す。
目を凝らすが何も動く気配がしない。
聞こえるのは、リコのパーカーが風にはためく音だけだ。
「じゅうしゃ? それは自動車の種類なんだな。わかった、止めよう! きっと、クーラーが入ってるよな!」
リコと俺は街道に駆け入り、道のド真ん中で仁王立ちした。
そのまま数分経ったが、景色に何も変化がない。車どころか、鳥の一羽も飛んでこない。
「リコ……、本当にその車は来るんだろうな?」
じっとしていると、また暑さで倒れそうで、不安にかられてリコを見る。
リコは真っすぐに前を見据え、涼し気な顔だ。
「安心するのだ。必ず来る。リコの方位魔術に間違いはあり得ないし」
自信満々にリコが答えたが、未だに様子は変わらない。
あ〜、やっぱもう耐えられん……。
膝がガクリと落ちかけた時、前方から地響きが近づいてきた。
黒い影が砂埃を舞い上げて、こっちに向かって来る。
「リコ! やったぜ! あれがそうだな!」
「そうだ、エイジ。あれが獣車だ!」
猛スピードで走って来る車。その姿が見えてきた時、俺は驚愕した。
車を引いているのは……、
はあ???
サイ……? 恐竜……?
一本角の巨大な獣が屋根付きの一軒家を牽引している。
これは……、ラスベガスのアトラクションか何かなのか?
獣は速度を落とさず、こっちに突っ込んでくる。
慌てて横に逃げようとしたら、リコにガシッと腕を掴まれた。
「これを逃すと次はないのだ!」
「えっ! だって、轢き殺されるぞ! このままじゃ!」
必死になってリコの腕を振りほどいた。
「エイジ! これを逃すと次はないのだっ!」
今度はリコが俺の股間をしっかりと掴んだ。
「い、痛っ!!! こら、お前! 何すんだ! 早く離せ!」
「エイジ、お前は男だし! 今こそ根性を見せるのだ!」
掴まれた股間の疼きとともに重い地響きが全身を震わせ、今にも絶叫しそうだった。
もはや凶暴な顔つきの獣が、こっちをジロリと睨んでるのがわかる程の距離だ。
もうダメだ! 死ぬわ、こりゃ!
覚悟して目を強く閉じた瞬間、辺りが急に静かになった。
ゆっくりと目を開けると、サイと恐竜の合いの子みたいな獣が眼前にいた。
「ひぃぃぃっ!!!」
思わず飛び退いた。
弾き飛ばしそこねて無念といった感じで、獣は鼻息を荒げて地団駄を踏んでいる。
リコは口を歪めて自分の掌を見ている。
「うわぁ、リコの手、なんだかグショグショだし……」
「お前が急に股間なんか握るからだぞ。汗だと思って我慢しとけ」
リコは手の臭いを嗅いでから、老婆みたいに見えるほど表情を歪めた。
それから、リュックからティッシュを出して、念入りに俺の体液を拭き取ると、獣に近づいた。
背伸びをして、獣の鱗に覆われた頬を撫でる。獣は嬉しそうに目を細めて、低い声で喉を鳴らした。
「すごい緻密な重魔術式なのだ。使い手はかなり上級ランクの重魔術師に違いない」
獣の胴体には銀色に輝く鞍が掛けられている。そこに刻まれた模様を見つめ、リコがつぶやく。
「リコさ。ところでこの動物は何なんだ?」
「そんなことも知らないの? こいつはライノだ。かなり凶暴だが、パワーが圧倒的なので、牽引用途には最適なのだ。しかし、強力な制圧魔術式を制御できないと、飼い慣らすのは無理だし。操縦者はさぞかし名のある重魔術師であろう」
リコが言ってる意味はよくわからないが、どうやら、ここは俺がいた世界じゃないようだ。
こんな猛獣は俺たちの世界には存在しないしな……。
ってことは……、ここはマジで異世界!?
いったいどうやったら帰れるんだ、俺???
突風が吹き、俺の濡れた股間の湿気をさらっていく。
ロリエルフに拉致されて異世界に連れてこられるなんて……、
「聞いてねえよ────────────────────────!!!」
大声で叫んで、天を仰いだ。
陽は沈み始め、周囲は徐々に夕焼け色に染まっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます