<イカロス>奇襲 其の二

爆発したファウルクスのナイトモスキートの下半身は、最早跡形もない。

ただ上半身がふわふわと浮いているだけだ。

ゲルクのナイトモスキートはヒート・スピアーの先端を少し切り落とされただけだった為、スノウラビットもバーストタイガーも無視してファウルクスのナイトモスキートを回収した。


「大丈夫か!ファウルクス!ファウルクスゥ!」


どれだけ呼んでも応答がない。


「ゲ…ルク、聞こえ……るか…?」


その声は、最早死にかけと行っていいほど衰弱しきった声だった。

戦場に立つものとしてこういった声は散々聞いてきたが、正直この声になった人間でその後に生きていた者は、見たことも聞いたこともない。

間違いない。

ファウルクスは、もう少しで人生の幕を閉じる。


「なぁ…ゲルク……」


「な、なんだ…!」


「ア、<アポロン>は、唯一無二だよな……?これからも━━ずっとこれからも━━━━」


「━━ッ!」


言葉が出なかった。

ファウルクスの思い、いや、人生全てを受け取る覚悟なんてできていなかったから。


「あぁ━━!俺が、唯一無二にしてやる!」


「なら……良か……っ━━」


ファウルクスは突如としてゲルクを手で突き飛ばした。

ゲルクのナイトモスキートはゆっくりと縦回転しながらファウルクスから徐々に離れていく。

そしてファウルクスのナイトモスキートは突如として爆発を始めた。機体の所々から火花が飛び散り、時々炎すら吹き出している。

その光景を見て、ゲルクはファウルクスの行動をやっと理解した。


(まさか、爆発に俺を巻き込まないために……)


数秒後、ナイトモスキートはファウルクスを中に乗せたまま、


”ドゴォォォン”


爆散した。

無重力とは思えないほどの回転と勢いで、ヒート・スピアーだけがゲルクのナイトモスキートの足元に刺さった。刺さったところは、コンクリートが徐々に溶けていっている。


「馬鹿野郎ォ!また弔う人間が!増えたじゃねぇか!」


ゲルクは放心状態となり、ただ目の端から涙が溢れてヘルメットの中で大量の粒として浮かんでいる。


『次はあなた』


ゲルクの耳に、スノウラビットのパイロットの冷酷な声が飛び込んできた。

その声で、一気にゲルクは現実に戻された。

目の前に恐ろしい速さで迫ってくるスノウラビットが見えた。


何故だろう。

今ならスノウラビットが見える。

比喩でもなんでもなく、スノウラビットがゆっくりに見えたのだ。


スノウラビットの所持武装は暗殺用ヒート・ナイフ。恐らく、あの機動力からの忍びの一撃を得意とするいわゆる白兵戦特化機体。対してナイトモスキートもヒート・スピアーを主とした戦い方をする。そう考えると、ナイトモスキートのほうがリーチが長くて有利と考えるのが妥当だが、<ノア>の技術だ。それ以外に何かを隠し持ってると予想する。しかし、ヒート・スピアーの先端がほとんど切り落とされ、ただの棒と化しているこの手に持っているこれ・・では太刀打ちできないのは目に見えている。


━━いや、待て。

あるじゃないか。

足元に。


あいつ・・・の残していった最高の置き土産が━━!


「おいっ、避けろ!ゲルク!」


「その必要はないッ!」


「!?」


ゲルクは足元のヒート・スピアーを手に取り、突くのではなく横に薙ぎ払うようにした。

スノウラビットは直前で避けたが、後コンマ一秒速かったら胸に大穴が空くところだった。

そして、全体チャンネルでゲルクはバーストタイガーとスノウラビットに対して機体の中から搾り取るようにして声を発した。


「ファウルクスはァ……。ファウルクスはァ!祖国を思っているだけのただの━━ッ、ただのッ……」


おかしい。涙はさっき止まったはずだ。

なのにどうしてだろう。

ファウルクスのことを考えるだけで、涙が止まらないなんて。

しかし皮肉にもここは戦場。

テイムが声の主に対して吐き捨てるように言った。


「だからなんだ?」


そう、ここは戦場。慈悲など━━


「関係ない。お前もそのファウなんとかってやつと同じ運命を辿るんだからな。生きて帰れると思うな」


━━無い。

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