顔合わせを超えろ

軍の中では報告書などを通して「アサミ・イナバ」という名前は最早有名人のそれになっていた。

文字でしか見たことのなかった有名人が、突然目の前に現れたらそれは驚くのも無理もないというものだ。


「「本当にあのアサミ・イナバなのか!?」」


「(よく声が重なるなぁ、この二人)え、えぇ。一応……」


すると茶髪の男の方が席を立ったと思ったら急にアサミの肩に腕を回して体をくっつけた。


「!?」


もちろん、恋愛経験が微塵もないアサミからすれば、「男」とこんなに体を密着させたのは初めてで、顔も真っ赤になり、胸のドキドキも全く収まりそうにない。


「ん?なんだ?アサミ・イナバ。顔が真っ赤だぜ?」


「そ、そりゃ!男の人に……こんなに……密着、したこと、ない、ので……」


「?」


茶髪のは何を言っているのかわからないという顔をしている。


「あ?男?あー、そうか。そういうことか」


茶髪の男は納得したような顔でアサミに軽く微笑んだ。


「そ言えば、まだ名前言ってなかったよな?俺はニーナ・ペンドラゴン。正真正銘、だ」


「え、えぇ!?お、女なの!?」


「あぁ。そんなに驚くか?」


「だ、だって、その━━胸とか無いし、一人称俺だし━━何より言葉遣いが完全に男の子だったし━━」


アサミの困惑したような声に、金髪の男は肩を揺らしながら爆笑している。

その金髪の男をニーナは睨むと、アサミに耳打ちをした。ギリギリ周りに聞こえるような声のボリュームで。


「そんで、あのバカそうな金髪が、マヒル・ウィッグネン。俺より四歳も年下なくせに喧嘩を売ってくる正真正銘のバカだ」


「な、き、聞こえちゃいますよ、ニーナさん!」


「おい、聞こえてんぞ、バカニーナ」


マヒルは目を釣り上げながらニーナに向かって手をポキポキと鳴らしている。


「そりゃそうだろ。あえて聞こえるように話してんだからさ。アヒル・ウィ・・・・・・ッグネン君・・・・・♪」


「アヒルじゃねぇ!マヒルだ!てめぇは人の名前もロクに呼ぶこともできねぇのかァ!?」


「いいだろう、そこまで言うならやってやろうじゃねえかよ、この野郎!」


こうして、ニーナとマヒルの喧嘩(?)が始まった。

というより、この二人は常時喧嘩していると言っても過言ではない。

睨み合ってる二人を見ながら、(もっと聞きたいことたくさんあるんだけどな)なんて思いつつ、結局はテイムのもとまで駆け寄った。


「仲いいですね、あの二人」


「あぁ。まぁ、困ることもあるけどな。━━なぁ、アサミ・イナバ」


「アサミでいいですよ」


そう言ってテイムに微笑んだ。


「━━そうか。ならアサミ。これからここ・・でやっていけそうか?」


アサミはそれを聞いた時、どこか驚いたような顔をした後、もう一度テイムに向かって微笑み、


「はい!お陰様で」


と言った。




ニーナがマヒルを睨むのを急にやめ、「お前と見つめ合ってても恋になんか落ちねぇぞー」と言って、テイムと会話をしていたアサミのもとに駆け寄った。

アサミもちょうど聞きたいことがテイムと話していて山積みのように出てくるので、早速ニーナに質問をした。


「ニーナさん。質問いいですか?」


「ニーナでいいぜ。で?質問って?」


「━━じゃあ、二、ニーナ。マヒルさんってやっぱりピーターさんの親戚なの?」


「あぁ。あいつはピーター・ウィッグネン兵器長の弟だよ。逆にそうじゃなきゃ16歳で軍に機密情報いっぱいのASCOFアスコフの整備員になんてなってないだろ?」


「た、たしかに……!」


そう言われてみれば確かに納得できる。

そしてマヒルを見た時のどこかから湧いてきた既視感は、きっと金髪や顔立ちがどことなく兄のピーターに似ていたからなんだと思う。

そしてその話を聞いていたマヒルも、誰かの目を見ることもなく、ただどこか遠い目をしながら口を開いた。


「━━俺は、昔っから兄さんが嫌いなんだ。あのはっつけてるような、まるで仮面みたいな笑顔が、本当の兄さんを見させてくれないようで、なんか嫌なんだ。俺は、あの仮面をどうやったら剥がすことができるのか。どうやったら本当の兄さんを見せてくれるのか。どんな本性なのか。それを知るために俺は、軍に入ることを決めたんだ」


言い終わると同時に、休憩時間終了のチャイムが、部屋全体に響き渡った。


覚悟を決めた顔をしたマヒルの肩をテイムがポンと叩くと、


「お前ならできる」


とだけ言い残した。

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