Scene 4:見られたら恥ずかしいもん……

 

 僕たちがようやく学校と駅の中間地点に差しかかった頃、少し雨が弱まってきた。それに空は相変わらず雲に覆われているけど、わずかながら明るくなったような気もする。


 もうすぐ雨が上がるのかな? だとしたら嬉しい。


「そういえば、夏帆。最近の弓道部の調子はどう?」


「可もなく不可もなくって感じかなぁ。うちの高校は強豪校ってわけじゃないけど、三年の先輩の中には個人で有名な人がいるから。その先輩の調子が良いと団体でまぁまぁの成績が残ることがあるし」


「夏帆自身は?」


「私っ!? うーん、どうなんだろ? 予選は突破できることが多くなったけど。そう考えれば高校に入学した頃と比べれば上達してるのかな」


「次の大会はいつ?」


「夏休みの終わりくらい。だから余裕をもって宿題を終わらせてないといけないんだよね」


「そうなんだ? じゃ、夏休みに入ってすぐの時期に一緒に宿題を片付けよっか?」


「えっ? えぇっ!?」


 声を裏返らせ、目を丸くする夏帆。それに少し焦ってるみたい。僕、なんか変なことを言ったかな?


「なんでそんなに驚いてるの?」


「だって涼ちゃんから一緒に勉強しようなんて誘われると思ってなかったから。小学生時代以来じゃない?」


「あ、かもね。中学の時は白兎と都子がいて、家で勉強するのは難しかったし」


「でもそれは今もあまり変わらないでしょ? 一緒に勉強するとしても、どこでやるの? もしかして私の家? それとも図書館? ファミレスって方法もあるか」


「場所は未定だけど、一緒に勉強することはもう決まりでいいんだ?」


「えっ? う、うんっ! だって涼ちゃんと一緒なら分からない部分を教えてもらえるし」


「詳細は夏休みの直前くらいに決めよう。それでいい?」


「そうだねっ。そっか、今年の夏は涼ちゃんと一緒に勉強かぁ。楽しみだなぁ♪」


 夏帆は夢見心地のような瞳になって軽くステップする。抑えきれない興奮が思わず行動になって出てしまったような感じ。


 でも宿題なんて面倒臭いだけで、僕は楽しくなんてないんだけどなぁ。夏帆と同じ時間を過ごせるって点だけは僕もウキウキするけど。


「夏帆も大会の詳細な日時をあとで僕に教えてね。応援に行くから」


「えっ? 見に来なくていいよぉ。だって見られるの、恥ずかしいもん」


「だったら恥ずかしくない姿を見せてよ」


「っ!? ちょっと、涼ちゃん! プレッシャーをかけないでよ!」


「恥ずかしくない姿っていうのは、良い成績を残せっていうことじゃないよ」


「っ? ドユコトデスカ?」


 夏帆はポカンとしながら首を軽く傾げる。


「自分が満足できる大会にするとか、目標や目的を設定してそれを達成するように真摯に打ち込むとか、そういう意味だよ。成績は二の次。もちろん、良い成績を残すっていうのを目標に掲げてもいいけど」


「なる~。そういうことなら……べ、別に見に来ても良いけど……」


「じゃ、夏休みの宿題が終わったら弓道について簡単で良いから教えて。観戦のマナーみたいなものもあるんだろうし」


「うんっ、任せて! ところで涼ちゃんこそ、茶道部の調子はどうなの?」


「調子も何もうちの部は緩いからなぁ。お茶を点ててそれを飲んで、お菓子を食べて、合間に作法や文化の勉強って感じ。――あ、でも茶道を始めたおかげか最近は正座しても足が痺れなくなった」


「正座かぁ。痺れると痛いよね……」


「正座は必須ってわけじゃないけどね。崩しても全然問題ないんだよ。うちの部はたまにボランティアで福祉施設へお茶を点てに行くことがあるんだけど、正座じゃない人がたくさんいるよ。椅子に座ってのお茶会だってあるし」


「そういえば私、涼ちゃんが点てたお茶を飲んだことないなぁ。今度、飲ませてよ」


 言われてみれば、確かに僕は夏帆にお茶を点ててあげたことがなかった。家には道具が置いてないし、お茶を点てるような環境でもないから当たり前なんだけど。


 ま、道具があったとしても、白兎と都子がいるから当面は自宅でお茶を点てるのは難しいかな。湯の入った茶釜に触れたら危ないし。


 やっぱりお茶を点てるなら部の茶室が無難だよね。


「それなら茶道部の活動日に茶室へ来なよ。たまに部員以外の人が来てるし。校長先生とか」


「えっ、校長先生が来るのっ!?」


「お茶を飲んで駄弁りに来てる。顧問の伊勢いせ先生と気心が知れた仲だから。年齢も近いし」


「そうだったんだ……。じゃ、鉢合わせしないように気をつけないとね」


「鉢合わせというか、夏帆もお茶を飲みに来るなら事前に連絡はしておいてもらうけどね。準備が必要だから、部員以外のお客様は事前予約制になってるんだよ。それでほかに誰も部外者がいないタイミングを選べばいいよ」


「うん、そうする」


「そうだ、お茶で思い出した。夏帆、ちょっとだけ傘を持っててもらえる?」


「ん、いいけど。どしたの?」


 僕は足を止め、カバンの中から白い紙箱を取り出した。


 大きさは広げた両手にちょうど収まるくらい。それを夏帆に渡し、代わりに傘を受け取って歩みを再開させる。

 

  

(つづく……)

 

 

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