第3話


「昨日はありがとうございました」


 翌日のバイトの時、もう一度お礼を言った。すると、昨日は怒ってた冬馬さんも今日は流石に機嫌は直っていた。


「これからは本当にちゃんと言ってよ」


「分かりました」


 その日も閉店間際にあの子がやってきたが、クレープを一つ買って店を出て行った。

 別に私の事が好きとかじゃなくてただ買いに来てるだけなんだとその時は思った。

 最初のナンパも慣れた口調だったし、いつもの事なのかも。


「お疲れ様でした」


 私はそそくさと帰ろうとしたら冬馬さんに呼び止められた。


「ちょっと待って!」


「‥‥はい」


「今日も家まで送るよ」


 そう言われると思って急いで帰ろうとしたのになぁ。


「大丈夫です!今日は、えっと‥‥」


「あんな事聞いたら一人で帰せないよ」


「でも悪いですし」


「悪いなんて思わなくていいから」


 気持ちは嬉しいんだけどな。正直しつこいとさえ思っていた。


 私たちが店の外で喋っているとさっきクレープを買って帰ったはずのその子が近づいてきた。そして一言。


「俺同じ駅で降りるので車で送らなくても大丈夫ですよ」


「ももちゃん知り合いだったの?」


「あ、えっと‥‥はい」


 そう言うしかなかった。違うと答えたらそれこそ反対されそうだったから。

 冬馬さんはそれならと渋々帰してくれた。

 その子と本当に同じ駅かは知らないけど、一応お礼を言い、駅に向かおうとしてると着いてくる。


「着いて来なくて大丈夫です」


「いや、俺こっちだから」


「そうなんだ」


「タメ口でいいよね」


「まあ別に」


 急に馴れ馴れしくて驚いた。


「俺、柊生」


「は?」


「名前だよ。お姉さんは名前何?」


「私は‥‥もも」


「ふっ。ぴったりな名前だね」


「なんで笑うのよ」


「ごめん。ももちゃんって呼んでもいい?俺の事は呼び捨てでいいからさ」


「いいけど」


「てか、さっきの話聞いてたんだけど一人で帰せないってどうゆう意味?」


「それが‥‥」


 私は電車での出来事を柊生に話した。


「やばっ。それは気持ち悪いね、絶対ストーカーだよ」


「怖い事言わないでよね」


「まあでも俺がいるから大丈夫っしょ」


「俺がいるって言っても降りる駅も同じなの?」


「うん、多分」


「てか同じかどうかなんて分からないでしょ?うちら知り合いでもないんだし」


「細かい事はいいじゃん、降りた駅が降りる駅なんだよ」


「何意味わからない事言ってるの?」


「あっ、早く行ったら一本早いのに乗れるよ!急ごう!」


「ちょ!別に急がなくても!」


 柊生が走るから私もつられて走った。

 丁度ホームに降りた所で電車が入ってきてそれに乗り込む私と柊生だったが、いつもより人が多い。


「うわっぎゅうぎゅうだよ。だからギリギリで乗るの嫌なのに‥‥」


「ももちゃんって文句多いんだね」


 柊生はそう言いながら私をドア側の端っこにくるように移動してくれた。

 

「ちょっと近いよ‥‥」


「仕方ないじゃん満員なんだから」


 その時電車が大きく揺れ、私は人波に押されそうになった。


「わっ‥‥えっ‥‥」


「ももちゃん大丈夫?」


「私は大丈夫だけど‥‥」

 

 柊生が私に誰も当たらないように両手で包むようにガードしてくれていた。でもその代わり柊生の顔がすぐそばに。私は顔をずっと横に向けていた。正面を向くと当たりそうだったから。


「満員電車ってこんな密集してんの?」


「‥‥そうだよ」


「そりゃワザとぶつかるには都合いいわな」


「‥‥うん」


 柊生は平気なのだろうか。私は不覚にもドキドキしてしまっていた。

 昨日、一昨日初めて会ったばかりなのに。


「ももちゃん」


「何?」


「こっち向いて」


 柊生が私の耳元で言った。


「やっ、やだよ」


 私もつい小声になる。


「キスされると思ってるでしょ」


「そんな事思ってませんけど」


「ももちゃん顔赤いよ?もしかして照れてるの?」


「からかわないで」


「付いてるよ」


「えっ?」


「生クリームかな?ももちゃんクレープ食べたでしょ」


 そういえば今日冬馬さんが新作作ってて味見で食べたんだった。


「あ、ありがと」


 少し期待した自分に恥じながらカバンからハンカチを取ろうとしたその時、ハンカチを落としてしまった。


「大丈夫、俺が取るからじっとしてて」


「いいよ後で」


「ダメだよ、早く拾わないと踏まれちゃうよ。俺手長いから」


「う、うん」


 床に落ちたハンカチを拾おうと柊生がその場にしゃがみ手を伸ばして取ってくれた。


「はい」


「ありがとう」


 ハンカチを受け取り、落ちた部分をひっくり返して口を拭いた。


「ねぇももちゃん。今から俺が言う事驚かないで聞いて」


「なに?」


 すると、柊生は耳元でこう囁いた。


「カバンでスカートが捲れてる」


 私はハッとした。多分ハンカチを取ろうとカバンを上にあげた時に捲れたんだ。えっ、て事は‥‥。私は慌てて直した。


「‥‥見たでしょ」


「ごめん」


 最っ悪だ。最近とことんついてない。電車よ、私に恨みでもあるのか?


「本当もうやだ」


「でも周りの人は気づいてないみたいだから大丈夫だよ」


「忘れてよね」


「うーん、どうだろ。でも、一つ言えることはスカートを長くするか、スパッツとかを履くとかした方がいいよ?」


「そうだよね‥‥」


 私は反省した。これじゃ変な人に狙われてもおかしくないよね。


 テンションだだ下がりのまま目的の駅についた為降りた、もちろん柊生も一緒に。


「てかどこまで着いてくるつもり?」


「どうせ暇だからその辺散歩して帰る」


「そう。てか、ありがと」


「いいよ別に。明日からバイト終わるの待ってるから!じゃあ!」


 そう言い残し柊生は帰って行った。


 私たちって友達だったっけ?

 それにしても柊生は意外といい子なのかも。


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