紫の焔
海羽柚花
紫の焔
ここは私が何十年も離れられない場所。
私の命が燃え尽きる場所。
私の住処であり、職場と言うべき場所。
暗いけど入口の藤の花が年中綺麗に咲いている、そんな所。
誰かの話し声がする。1人の声じゃない。複数人いる。またか…
20歳前後の若い男女5人組。私には気づかない。なぜ私の住処に入ってくるのだろうか。
1人がカメラの設置を始めた。
「早く撮ろ!早く!」
設置を急かす1人の少女。
「もう少しだから。待ってて」
準備を進めている1人以外の4人はキョロキョロと辺りを見渡し、終始そわそわしている。怖いのなら来なければいいのに…
「できた!その辺に並んで」
「了解。この当たりでいいか?」
「うん。そう…そこ、俺は…そこに入るわ」
「OK!ここね!」
「いくぞ!」
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ…………
暗く静かなこの場所にカウントダウンの音だけが鳴り響く。
「「3!2!1!」」
カシャッ
来るとわかっていたカメラのフラッシュに驚き、私はとっさに顔を隠した。
人工の光は火と違って暖かみの欠片もない。
私の心にふつふつと怒りが込み上げてくる。
長年住んでいる住人の気も知らないで彼らは呑気に話を進める。
「写真は後で確認しようぜ」
「だな!で…今からどうする?」
「あーもう少し奥あるみたいだな」
「行くか?」
「どーしよ?」
なぜ私の住処に立ち入るの?なぜ…………?
『なぜきたの?』
私はつい声に出してきいてしまった。
「え………いま…」
わいわいと楽しんでいた今までと違ってガタガタと振るえ、青白い顔の5人組。
「聞こえた……よ…ね?」
『しあわせそう……いいな…わたしも…』
(そんな生活がしてみたかった…なんて…)
1回声に出すと隠れる気なんて無くなってしまった。
「にげるぞ!」
『にがさない!!!!』
5人は全てを投げ捨て入口へと走った。
すごい速さで逃げていく5人……
真っ暗だったはずのこの場所…そう長く続くトンネルの中には紫の灯りが彼らを追うように灯り始める。
「早く逃げないと…早く!」
『にげられない!ここにはいってきたからにはわたしはあなたたちをゆるさない!』
「俺たちが何したってんだ!」
「喋ってないで早く走れよ」
「待ってよ!」
「もう少しのはずだ!もう少しで!」
『なぜにげるの?わたしはここにきたりゆうをしりたいだけなのに!』
彼らは悲鳴をあげながら逃げ続けていた…が急に止まった。そして目の前の景色を呆然と眺めた。
「え……」
トンネルの入り口は藤色…紫の炎で埋め尽くされていた。
「来た時はこんなのなかったじゃないか!」
絶望する4人…立ち尽くす4人を見て息をついたことで、冷静さを取り戻した私はそっと彼らに真実を伝えた。
『このトンネルは黄泉と現を繋ぐもの』
「どういうことだ!」
慌てているがもう後戻りはできない。
しかもこの時間……
『この時間は今日亡くなった現の魂が黄泉に向かう時間』
「え……じゃあ…」
『ほら…きたでしょ』
「…え……」
藤色の炎の先から数えられないほどの幽霊たちが押し寄せる
自我のない魂はあらゆるものを黄泉へと引き連れていく
「やめて!いやだ!死にたくない!いやだ!離して!やめて!やめ…て……」
1人の少女が連れていかれた
何が起こったか理解もできないうちに1人が連れ去られ、混乱した彼らは私へと向き直り、怒号を発した。
「なお!おいおまえ!なおを返せよ!」
『私が?なぜ?あなた達が勝手に来ただけでしょ?封鎖されているのに入ってきただけでしょ?』
そう…ここは封鎖された山奥のトンネル。わざわざ入ってきたということはそれ相応の覚悟があった……ということではないのか?
『あの幽霊達に意思はない。だから対話で返してもらうことも出来ない。私に出来ることはあなた達を帰すこと。でもここに来た記憶もあの連れ去られた子の記憶も留めて帰すことは出来ない。』
「なおのことは諦めろってか?」
『私に聞かないで。私は早く出ていって欲しいのだけど?』
「友達を置いて行けるかよ!」
『それはあなただけでしょ。他の子は素直でいいわね。ここから逃げたい恐怖の方が勝ってる。』
恐る恐る振り返る少年。
「え…おい。やまと!かほ!なおをみすてるのか?おい!応えろよ!」
そう少年はすぐ後ろに立っていた2人に声をかけ、1人の少年の肩を両手で掴み、これでもかという力で揺らしている。
力なくゆっくりと顔を上げたやまと、と呼ばれた少年は真っ直ぐ相手を見つめる。
「………な?お?」
そして少年は何を言っているんだというような表情で相手に訴えかける。
もうこの やまと という少年にも かほ という少女にも連れ去られた なお という少女の記憶はなく、この場所への恐怖心しか感じられない。
「…え?うそ…だろ?」
『忘却の術よ』
「ぼう…きゃく?」
『えぇ。いずれあなたもあの子のことなんて忘れるわよ』
「いやだ…なお…俺は…なおのこと…忘れたく…ない」
未だに諦めようとしない。この少年は助けたいという思いではなくただの自己満足の様なもので連れ去られた彼女の記憶を保っている。これだから人は醜い。人の嫌な部分を見てしまった。
『ここはいわば異世界への扉。力のないものはこのトンネルに自生する藤の花が持つ忘却の力によって全て忘れる。そうやってここを守ってきた。あなた達が来るにはまだ早すぎたのよ。そろそろ限界じゃない?』
「あ゛っ゛く゛あ゛っ゛」
私が話終える直前…少年は頭を抱えその場にうずくまった。
『ごめんなさい。こうするしかないのよ』
3人は次々と力尽きたかのようにその場に倒れ込み眠った…
藤の花のもうひとつの力によって…
『さようなら。』
私は3人を現へと帰した。
辺りに紫の炎が舞い上がる。
彼らの記憶はすり替えられた。
そして3人を帰すと同時に【富澤なお】という少女の19年が燃え、無くなった。
彼らの目的は肝試しのような遊びだったのだと思う。でも普通の人なら見つけることは出来ないはずのこの場所。昼間に間違えて迷い込んでしまったということはありえる。しかし、今は深夜2時を過ぎた頃。夜は特に厳重な仕掛けが施してあるはず。
そんな場所に入るにはそれ相応の力を持った人物が手を貸したとしか考えられない。
入ってきた時から感じていた力。なぜバレないと思ったのだろう。
『ねぇ。貴方……』
私は後ろに控えているさっきの5人のうちの1人に話しかけた。この子があの4人をここに導いた犯人だろう。
少女はバツが悪そうに目を伏せた。
その瞬間、化けていた少女は瞬く間にあやかし、本来の姿に戻る。
『なぜここに?』
「はぁ。せっかく4人も連れてきたのに収穫は1人か…帰さないでよ。」
『帰さないでって貴方……やっぱりね…』
「気がついた?」
『逆に気がつかないとでも?バレバレよ』
「あーあ。折角の食事だったのになー」
『死んでない魂は食べちゃダメでしょ。掟はちゃんと守らないと』
「分かってる。だから帰るよ」
『えぇ。さようなら』
「またね。藤華姉様」
生きた人の魂を食らうため4人を連れてきたあやかしは抵抗することなく異界へと帰って行った。
またね。紫苑…
私はこの場所の守護者
1人で何十年も守ってきた
数十年ぶりにあった妹はここから離れられない私に またね と言って去っていった
来るかも分からない次に期待するのは間違っているとずっと思っていた
でも少しぐらいなら…願ってもいいよね…
つかの間だった家族の時間…私の顔は自然と笑みをこぼしていた
◇ ◇ ◇
一年中藤の花が咲き乱れるトンネル
夜には藤色の輝きを放つ
その日に上がった魂が迷わないように
紫の焔を放つのだ
そのトンネルは今、心優しき守護者と自生する藤の花によって何十年も守られている
何百年も昔に若くして亡くなった彼女には普通の人にはない妖力という力を持っていた
死後、【藤華】と名付けられた少女は様々な場所で経験を積んだ
そして今、彼女はここの守護者として誇るべき地位についている
今日も孤独に耐えながら守護者としての役目を果たす
それしか出来ない身であるから
彼女が死後に与えられた紫色の魂の炎が燃え尽きるまで
紫の焔 海羽柚花 @miwayuka
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