007:魔界の荒野に放り出される②


「確か北に進めば森があったな。距離はかなりあるハズだが……」


 地図の管理や調査は風の勇者であるアイリがメインで担当していたため、ヴィータは周囲の詳しい情報を持ってはいない。

 それでも大雑把な位置関係くらいは体が経験として覚えていた。


 もちろんここから国へ戻る事もできる。

 だがノコノコと戻って来たヴィータが国に歓迎されるなんて事はないだろう。


 それどころか余計なもめ事を増やす事になると簡単に予想できる。


「さすがに魔界で暮らすわけにもいかないしな。いずれ人間の国に戻りたいが……まだ少し時間をおいてからにした方が良いだろうな」


 ほとぼりが覚めるまではどうにか魔界で生き延びるしかない。

 そう決めて、森との位置関係を推測しながらヴィータは進むべき方角へと向き直した。


 グッと足に力を込め、次の瞬間……ドン! と、ヴィータは足元の地面を爆散させるほどの力で跳躍した。


 飛行ではなく、ただ跳ねただけ。

 なのだがヴィータの体は魔弾の如く風を切り裂き、はるか遠くの地平線へと一瞬にして消えていく。


「皮肉な物だな。仲間がいないおかげで楽に切り抜けられたなんて」


 超高速で溶けるように背後へと流れていく景色を眺めながら、ヴィータは自嘲気味に小さく笑った。


 普段ならこんな移動はできない。

 なぜなら仲間たちがついて来られないし、そもそも地面が砕け散る時の爆風でケガをさせる危険もあるからだ。


 だが今は仲間に気をつかう必要がない。

 おかげで全速力で移動できるし、この荒野で干からびる前に無事に脱出できるだろう。


 と、思っていると前方から何かが高速で接近してくる気配を感じた。


 空中では急に止まれない。

 仕方なく拳を構え、衝突物を破壊する事にした。


 バチュンッ!!


「あんッ……♡」


 ヴィータの超視力は超高速の視界の中でもソレを的確に捉えていた。


 わずかに突き出した拳がソレに触れる事なく、衝撃波だけで柔らかい何かが水っぽい湿った音を響かせた。


 ズザザザザーーーッ………


 その衝撃で軌道が逸れ、ヴィータは乾いた地面を削りながら荒々しく着地するハメになった。

 目標としていた森林地帯へはまだ距離がある。


(ん……?)


 さっき何か女の声のようなものが聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 ヴィータは瞬時に判断した。


 魔界に人間などいるわけがないのだ。

 もしいたとしても、それは人型に化けるモンスターに違いないだろう、と。


 立ち上る砂煙を拳を振るう事もなく気合だけで吹き飛ばすと、そこにあったのはヴィータの想像通りのスライムの破片だった。


「やはり、スライムだったか」


 スライムは打撃に強い耐性を持つジェル状モンスターだ。

 だがいくら耐性があると言っても、モンスターとしての脅威度は最低のFランク。


 そんなモンスターが耐性だけで人類最強の攻撃力を誇るヴィータの拳が防げるワケもなく……


「むむ?」


 死んだだろうと思った水色を帯びたプルプルした物体がまだ動いている。


 そして急速に一か所に集まり、肉体を再構築したではないか。


「ほう、驚いたな……本気の一撃ではないとはいえ、倒しきれなかったか」


 ヴィータが驚くのも当然で、これまでにヴィータの本気の一撃で受けても耐え抜いたモンスターは1匹だけなのである。

 過去の戦いを思い出しながら「こいつは久々に強敵かも知れん」とヴィータは今度は拳をしっかりと構えなおし……


「えっ?」


 そしてマヌケな顔をさらす事になった。


 目の前に現れたのはプルプルボディのスライム娘。

 その半透明な水色のボディには見覚えがあったのだ。


「んは~~~~~~~~っ♡ やっぱりお主の拳はしゅごいぃぃぃ……ハァ~~~、まだ全身が震えておる……会いたかったぞ、ヴィータ♡」


 なぜならこの目をハート型に輝かせているスライム娘こそ、スライムの中の例外中の例外であり、ヴィータがまさに記憶の中で思い出していた「もっとも苦戦した強敵」であり「一撃で倒しきれなかった唯一のモンスター」なのである。


 そしてヴィータたち勇者パーティが倒したハズの魔王なのだから。

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