群青

 夏休みも中盤……そろそろ終わりに近づいた日の夜。僕は庭で天体望遠鏡を覗いていた。今日こそへびつかい座の星を全部見つけたい。


 ずっと田舎のこの町が嫌いだったけど、星を見るようになってちょっとだけ、田舎でも悪くないなと思えるようになった。家の灯りなんてほとんどないから、たくさんの星が見える。都会だとそうはいかないと、僕に星の見方を教えてくれた人が言っていた。


 濃い青の空にたくさんの光が散っている。その中から、ひときわ明るい星を探す。


「あれだ、アルタイル。アンタレスがもうちょっと下かな」


 その間に……なんて僕は一人でぶつぶつ言いながら星を探していたから、横にやってきた人にちっとも気づかなかった。


「あれかなあ」


 星座盤と望遠鏡、それから星座の本を見比べる。ふと本に影が差して顔を上げた。


「……美海」


「こんばんは。いそがしそうだね」


「そうでもないよ。どうしたの?」


 暗くて美海の顔はよく見えない。見えないけど、僕が首から下げてる懐中電灯(星を見るのに邪魔にならないように赤いフィルムを貼ってある)の赤い光で、美海の目がキラキラしているのだけ見えた。


「眠れなくて夜の顔見にきた」


「僕の顔見たら寝られる?」


「どうだろう」


 美海はそっと顔を上げて夜空を見た。この子の目にはどういうふうに映っているんだろう。きっと僕とは違う。それを知りたい。知ることができたら、それをそっと抱えていたい。


「星を見るの、楽しい?」


「うん。楽しいよ。毎日違っておもしろい」


「そっか」


 美海は静かに星を見ている。


「美海にはどう見えるの?」


「キラキラしたものがいっぱいに見えるよ」


「キラキラがいっぱい」


 つい繰り返してしまう。いっぱいのキラキラ。それが美海に見えるモノ。覚えておこう。


「ねえ夜はさ」


「うん」


 へびつかい座探しを諦めて、僕は本の間に星座盤を挟む。懐中電灯も消して本と一緒に縁側に置いてくる。


「夜は最近ほのかと勉強してる?」


「してない。ワークも読書感想文も終わったし、工作も終わってあとは自由研究を仕上げるだけだから。誰かとやることはない」


「一緒にできることがあったら、ほのかとやる?」


「やらない。面倒くさい」


 そう言うと美海は夜はひどいなと笑った。


「田崎さんと一緒にいてほしいの?」


「まさか」


「僕は一緒になにかするなら美海がいいよ」


「夜、それはさ。えっと夜は、私のこと」


 こちらを見る美海の顔は、やっぱり暗くてよく見えない。けど懐中電灯を消してしまったのに、濃い青の空の下でまだ目はキラキラと光っている。僕は、それを見るのが好きで、好きで。


「好きだよ。きみは僕の大事な女の子だ。けどね」


 目の前の女の子はなにも言わない。それでもちゃんと聞いてくれている。それを知っているから、僕はきみが大好きだ。

 今それを言うつもりなんてなかったけど、言い出したら止まらなかった。


「僕はまだ美海に甘えてばかりだ。詩音の言うとおり僕は美海にすがってばかりいる」


「そんなことは。それなら私も」


「だからね」


 言いかけた美海を無視して僕は続ける。


「だから僕は夏休みの自由研究を『自分のことは自分でやる』にした。大好きなきみに、甘えて負ぶさりたくはないんだ。自分のことは自分でやって、ちゃんとできることを見つけて。美海に胸を張れるようになりたいんだよ。僕は美海が好きだから、あんまりかっこ悪いとこ見せたくないんだ」


「……うん」


「好きだよ美海。大好きだ。でも今の僕じゃダメだ。付き合うとか、恋人とか、そういうの、もうちょっと待っててもらえる? もちろん、待ってもらえるなら」


 言いたいことは全部言った。たぶん全部言えた。美海の返事を待つ。美海はなにも言わなかった。黙っている時間がすごく長く感じる。本当はほんのちょっとだったのかもしれないけど、僕の意識は拡大されていて、うーんと大きく引き延ばされているようで、ちょっとのものが大きく長く感じる。


「夜」


「うん」


「待ってるよ」


「ありがとう」


 それしか言えなかった。小さく息を吐く。思っていたより、僕は緊張していたみたい。


「けど」


「うん」


 安心しかけた心臓が跳ね上がる。


「あんまり、待たせすぎないでね」


 そう言って美海は家に帰っていった。


 送っていかなきゃとか、急ぐからとか、そういうことはなんにも言えなくて、情けない僕は立ち尽くすばっかりで。

 美海が見えなくなった今更になって心臓がドコドコドカドカ騒ぎ出す。僕はやっぱり、あの子が大好きなのだ。

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