さらさら
「怒られちゃった」
七夕祭りから帰ってきて、僕はベッドに倒れ込んだ。電気をつけていない部屋は暗いけど、星明かりが差し込んでいる。お祭りをやっていた河辺も街灯はなかったけど、提灯と星明かりで十分明るかった。
だから、怒っている美海の顔がよく見えた。
「僕が悪い」
どう考えても僕が悪い。美海の言うとおり。
『私と詩音に押しつけた』
はい、そのとおりです。面倒になって僕は逃げ出して、美海と詩音に押しつけました。しかも結局美海に手を引いてもらって帰ってきた。かっこ悪すぎる。
詩音の言っていたことを思い出す。
『詩音と美海、それ以外の人との違いを考えて』
わかんない。詩音と美海は一緒にいると安心する。なんでもできる気がする。
他の人は? 話すのも一緒にいるのも面倒くさい。できれば黙っていたい。ぼんやりと好きなことを考えたり、好きなことをしていたい。
ニャンタカはそれが許されるからまだ平気。田崎さんはそれを許さないから苦手。そう考えると僕はひどく身勝手だ。
詩音と美海は二人の話を聞きたいと思うし、僕から話したいなって、なにかするなら一緒にしたいなって思えるのに。一体何が違うんだろう。
さっきの河の流れを思い出す。さらさらと、みんなの願いを流していた河。いろんな願いがあった。世界平和とか戦争反対とかの大きな話から、クラスのなんとかちゃんが好きとか、なんとかくんと結婚したいとか。
そういうのが多かったな。好きになってほしいとか、付き合いたいとか。考えたこともなかった。
僕が誰かと付き合うなら。誰か一人の女の子が隣にいるとするなら、それは。
「美海? 違う気がする」
僕は美海を好きか? もちろん好きだ。大好きだ。美海の代わりになる人なんていない。いない、けど。それは恋かって言ったら違う。たぶん、ただの甘え。
詩音の言うとおりで、僕は美海にすがっているだけだ。
「やば、本当に僕はかっこ悪いな」
あーあ。詩音が男の子だったら良かったのに。そうしたら安心して美海をお願いしますって言えるのに。僕は父親か。
夏の始め、詩音が飛びついてきたとき、詩音は細くてひょろひょろなのに柔らかかった。なんだか寂しかったけど、そんなもんかなって思った。
じゃあ、美海は。僕が美海に触れたのはいつが最後だろう。並んで座ることはある。並んで歩きもする。だけど触らない。さっき久しぶりにつないだ美海の手は柔らかくて、すべすべだった。
(もうちょっと触っていたかったな)
僕は、美海に触れたい。それで……。ぷつんと頭の中の言葉が消える。
代わりに、さっき見たモノが写真みたいに浮かんできた。
振り返って手を差し伸べて、ちょっと怒ったままの顔で、だけど優しい顔の美海。
伸ばされた手は柔らかくて、思ったより小さくて壊れそうで、ちょっと不安になった。
そんな美海を僕は、ああそうだ。
大事にしたいと思ったんだ。美海はいつだって僕を大事にしてくれていたのに、僕の方はそんなことちっとも気づかなかった。
「美海」
きみは僕の宝物で大事な大事な女の子だ。
だからきみにすがるんじゃなくて僕は自分の足で立たないといけない。美海に手を引いてもらうんじゃなくて同じように並んで歩けるように。
「このままじゃ、ダメだ」
つぶやいて目を閉じる。風呂、入ってない。望遠鏡も覗いてない。でも体は重たく持ち上がらない。
深い深い暗闇に吸い込まれるように、僕はそのまま眠ってしまった。
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