夜と最後の夏休み
水谷なっぱ
黄昏
一学期が終わった。僕、
背中には五年と一学期分背負って、すっかり体になじんだランドセル。手元には上履き袋。
「夜は荷物少ねーなー。俺の、半分持ってくれよ」
「やだよ。だからちょっとずつ持って帰れって言っただろ」
隣を歩くのはニャンタカこと、
「うっせー。先生みたいなこと言ってさ。夜は生真面目だよなー」
「ニャンタカが雑すぎるんだ」
しょうがないからトートバッグだけ持ってやることにする。貸し一つだ。僕は心が広いので、夏祭りまでは待ってやろう。
「夜は自由研究どうすんの」
ニャンタカが汗を垂れ流しながら言う。
「自分のことは自分でやる」
「なんそれ」
「そのまんま」
意味わからん、とニャンタカは笑う。わかってたら、こいつは僕に荷物を持たせたりしないだろう。
住宅街の入り口まで一緒に歩いて、ニャンタカとは別れた。トートバッグを返すと薄情だのなんだの言われたけど、そこまで持ってあげただけでも感謝してほしい。
だいたいニャンタカの家の前は坂になってるから付き合いたくない。僕はそこからまた自分の家に向かわないといけないのだ。
「またなー」
「うん。次は七夕祭りあたりかな。またね。宿題、ちゃんとやんなよ。もう写させないから」
「そりゃ困るなー」
そう言って、ニャンタカは笑いながら行ってしまった。あいつ絶対に僕のを写す気でいる。
家まではそんなに遠くない。だけど真夏のじりじりした太陽に照らされると、とんでもなく長く感じる。きっと僕もニャンタカと同じくらい汗だくなんだろう。
「あっつう」
汗と一緒に声がこぼれ落ちた。
ニャンタカと別れてから、五分もたたずに家についた。母さんがお帰りと出迎えてくれる。
昼ごはんは冷たいそうめんと唐揚げ。唐揚げは冷凍だけど、と母さんは言うけど、おいしいからなんでもいい。昼ごはんの片付けを待ってから、僕は母さんと夏休みのしおりを広げた。
「そもそも夏休みの宿題っていうのは、一定期間に目標を達成する練習なのよ」
毎年、夏休みの計画を立てるときに父さんに言われる言葉だ。母さんに言われたのは初めてだけど、前よりずっと、すんなり頭に入ってきた。たぶん、去年の夏休みに自分勝手なことをしてめちゃくちゃ怒られたのが効いている。
好き勝手やることと、責任を持ってやるのは違うのだと、父さんにも母さんにも言われた。
「えっと、じゃあワークは毎日ちょっとずつやって……」
ワークと、工作と、読書感想文と、そして自由研究。工作は父さんとプラネタリウムを作る約束をしている。なので父さんの仕事が休みになるお盆期間にしよう。読書感想文は課題図書から本を選ばなくてはいけない。
「読書感想文、苦手だ」
「母さんだって苦手よ。むしろ嫌いだわ。だーいっきらい! でもやらないといけないのよ。嫌いだろうがなんだろうが、一定のクオリティで納品する。それも、まあ練習ね」
本を読むことが仕事みたいなはずの母さんはブツブツ言いながらも課題図書の一覧を一緒に確認してくれる。
読書感想文は、とりあえず課題図書を何冊か読んで考えることにした。
「でも後回しにするとしんどさが倍増するからね。課題図書から一冊選ぶのは七月中
に済ませましょう」
「はーい……」
夏休みのしおりにざくざくと予定を書き込む。そして本題の自由研究の話だ。
「自分のことは自分でやる……は、いいけど、それを自由研究として、どう仕上げるの?」
「こう、生活の教科書に載ってるみたいな感じで、カレンダーに毎日することと、週一でいいことを書き出すのと、あと毎日の食事を一覧にしようかなって思ってる」
「大きい模造紙がいる? それともカレンダー買ってくる? 今はないかなあ。それともノート?」
「模造紙。全体が見えた方がすごいっぽく見えない?」
母さんは必要なものを聞き出すとスマホでささっと注文してくれた。
去年の夏に怒られるまで、僕は母さんのことを過保護な専業主婦としか思っていなかった。それは別に間違ってはいなかったけど、こうやってちゃんと話すと、それだけじゃないなって気づく。
この自由研究をやろうと思ったきっかけは、去年の夏に怒られたことで、その後、自分のことは自分でとうるさくうるさく言われるようになった。
最初はうるさいなって思いながら、やったり、やらなかったり。けどふと母さんをみたら、すごい勢いで家事をしていた。洗濯物をたたむのだって、僕よりずっときれいに、そして素早くたたむ。干すのだってそうだ。料理なんか、僕どころか父さんとだって比べものにならない手際で作っている。
(いや、でも、毎日することなんだから、誰だってできるでしょ)
そう。そのはずだ。あっという間にささっと出来るようになって、うるさく言われないようになろう。そういうつもりの自由研究である。
母さんの方も思うところがあったのか、実は専業主婦ではなく内職程度に仕事をしているのだと教えてくれた。翻訳をしているらしい。翻訳。具体的にどんなものかは教えてくれなかった。
無事に夏休みの計画を立て終わる。おやつを食べて、学校から持って帰ってきた荷物を片付けていると、友達にもらった、よくわからないメモとか出てきてちっとも片付かない。気づいたら寝っ転がって理科の教科書とか読み始めちゃってる。
「夜ー、郵便受け見てきてー」
「はーい」
うわあ、もうそんな時間だ。飛び起きて家を出る。
外はゆっくりとオレンジ色に染まっていた。さっきまで読んでいた理科の教科書に、書いてあった、黄昏時が今なんだろうか。
郵便受けにはチラシが何枚かと、封筒が入っていた。
「僕に? あ、
詩音は遠くの都会に住む友達だ。詩音のおばあちゃんがこの町に住んでいて、毎年夏になると詩音はそこに預けられる。夏以外はたまに手紙のやりとりをするくらいだけど、僕には大事な友達だ。
「夜!」
呼ばれて振り返る。誰かが手を振りながら走ってくるけど、逆光で顔が見えない。それでも、この声を僕は間違えたりしない。
「詩音」
一年ぶりに会ったその子は、前よりずっと背が伸びていて、けど髪は短いまま。前と変わらない笑顔でやってくる。
「久しぶり!」
「うん、久しぶり」
詩音は大きな荷物を抱えて、飛びついてきた。
「夜! 会いたかった!」
背は伸びたはずなのに、前より軽く感じるのはどうしてだろう。前と変わらず細いのに、前より柔らかくなって、いい匂いのする詩音は詩音で間違いない。だから僕は違和感を無視して、でも前より優しく抱きしめ返した。
「僕も、会いたかったよ。詩音」
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