優しい樹縛

三角

優しい樹縛

今は深夜の27時を回った頃。

私は大学の先輩に埋められるために街から少し離れた山に来ていた。


先輩は困惑している様な、悲しそうな、曖昧な表情をしている。


私は愛している人に殺されるなら本望だし、不慮の事故だったんだから、先輩がそこまで思い詰める必要なんてないのに。


私の体が埋められた後、私は死後の世界に居た。そこで美人のお姉さんにこう言われた。


「貴女には呪いの権利が与えられました。」


事務的にそう伝えられ、私は困惑する。

先輩に殺されてしまった私は先輩を呪うことができる様になったらしい。


私は少しの間考え込み結論を出した。


「じゃあ…」


私が埋められた次の日、そこには林檎の木が生えた。私の魂は今、この木の中にある。

しばらくすると、先輩が林檎の木の元にやってきた。


先輩は林檎の木の側に座り眠り始めた。


次の日、先輩は読書をした。


次の日、先輩は雲を眺めていた。


次の日、私は先輩に林檎を一つ渡した。


次の日、先輩はまた読書をした。


そんな日々が何日も何日も続いた。


ある日、先輩はもう一人、誰か見知らぬ人を連れてきた。

それは、可憐な顔をした女性だった。


先輩とその女性は楽しそうに談笑をしている。

その姿は怨めしいくらいに幸せそうだ。だから、私は先輩と女性の頭に林檎を落としてやった。

先輩には熟れたリンゴを、女性にはまだ青い林檎を落とした。


先輩はそれから時折その女性を連れてきた。


先輩とその女性は本当に幸せそうだった。


ある日、先輩の左手の指に指輪がはまっていた。


その日の夜私はちょっとだけ泣いた。


それから少し経った頃、先輩はもう一人私の知らない人を連れてきた。

それも驚くほど小さくて、可愛らしい人を連れてきたのだ。


先輩に子供ができた。

私も先輩の子供の成長を見守った。名前は林花というらしい。


林花は私の側で走り回り、はしゃぎながら遊んでいた。

私が林檎をあげると素晴らしく愛おしい笑顔を見せた。


先輩の林花を見つめる姿は、もう立派な父親の表情だった。


林花は健やかに成長し、やがて私の元に来なくなった。


先輩は私の元に来るたびに白髪を増やしていった。


最近なんだか先輩はソワソワとしていることが多かった。その調子が少しの間続き、林花が久しぶりに私の元に来たと思えば、左手に指輪をはめて、一人の男性を連れていた。


「ありがとうね」


林花は私を、林檎の木を見つめてそう言った。


先輩はその日、私の元で缶ビールを飲んでいた。

先輩は昔に比べてずいぶんお酒に弱くなった。一缶飲むと、酔った先輩は独り言を話し始めた。


「お前はまだ俺を呪っているのかな」


それは明らかに私に向けた言葉だった。

私は内心ドキッとした。


「でもきっと俺を幸せにしてくれたのもお前なんだろう?」


「ありがとうな」


先輩は林花と同じ表情で空に向かってそう言った。

私はそこにはいない。

私はずっとあなたの隣にいるんだ。

そう伝えたくてもそれは叶わない。


私は先輩の手元に林檎を落とした。

きっと今までで1番いい林檎を落とした。


先輩はこの林檎をどういう意味で受け取っただろうか、伝えたいことは伝わったのか、

それすらもわからない。


先輩はどんどんと白髪を増やしていった。


ある日、先輩の髪が真っ白になった頃、先輩はまた、あの小さな幸せの塊を連れてきた。名前は未来というらしい。


未来が少し大きくなった頃だった。


「ねぇ、お爺ちゃん、なんでお爺ちゃんはここに来るのが好きなの?」


「んー、お爺ちゃんはね、ここにくると心があったかくなるんだよ」


「なんで?」


「今から言う事、お婆ちゃんには内緒だよ?

ここにはお爺ちゃんの1番大好きだった人がいる気がするんだよ」


先輩は林檎の木を、私のことを、一瞬見てそう言った。私は今にも泣いてしまいそうだった。

私は先輩と未来に、よく熟れた林檎を二つ落とした。


先輩はある日を境にあまり顔を出さなくなってしまった。


久しぶりに私の元に来た先輩は、明らかに様子がいつもと違った。その顔には疲労と喪失感が張り付いていた。

私は何が起きたかをなんとなく察した。


私の側に座り込む先輩を見ているとこっちまで泣いてしまいそうだった。


林檎を落とそうにも落とすことができない。

私だって歳をとってしまったのだろう。


その数日後、先輩は最愛の人を追うようにしてこの世から去ってしまった。


私の隣には2つの墓石が立った。

私は最愛の人にこの世に置いて行かれてしまった。


突然だが、ここで私の呪いのネタバラシをしようと思う。


私の呪いは、私を林檎の木にすること。


次に先輩が私の元に来たくなることだった。


私は先輩を幸せにする手助けができたのだろうか。

少なくとも私の目に映る先輩は幸せそうだったと思う。

きっと私の命もそう長くないんだろうな。

少し眠ろう、眠たくて仕方ない。

先輩との思い出に浸りながら、私は永い眠りについた。






「いい話だな、お前が書いたの?」


「そうですよ、ありがとうございます」


今日の文芸サークルは屋外での活動だ。

サークルには私と私の恋人の先輩しか所属していないが、活動自体は楽しい。

私は大きな林檎の木の下で小説を書いていた。

アイデアをくれたこの木には感謝しないと。


「この林檎の木にも意志があるのかな」


先輩がらしくもないことを言った。


「まさか、小説はフィクションですよ?」


「それもそうだな」


そう言って先輩は笑った。

すると私達の手元に林檎が落ちてきた。

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優しい樹縛 三角 @sankaku102

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