43話:妖討伐②


「――――以上が定時報告となります」

「ご苦労。引き続き妖の探索を続け、見つけ次第討伐しろ」

「畏まりました」


 膝を着き、拱手したままの格好で報告を終えた将軍が退室のために立ち上がる。

 が、その背を不意に蒼翠そうすいが止めた。


「待て」


 蒼翠の命令に足を止めた将軍が「はっ」と返事をして、再びこちらに振り返る。瞬間、わずかではあったが将軍が驚いたかのように双眸を見開いた。



「分かっていると思うが、これは邪君からの勅命だ。決して失敗は許されないと肝に銘じて任務を遂行するように」


 抑揚がほとんどない、冷酷と無慈悲を混ぜた蒼翠の言葉に射抜かれた将軍が焦りを浮かべながら背筋を伸ばす。



「し、承知いたしました!」

「話は以上だ。下がっていいぞ」

「はっ!」



 よほど蒼翠特有の絶対零度の眼差しが効いたのか、将軍は慌てるようにして蒼翠の居所である天幕てんまくから出ていった。その足音が完全に遠ざかったことを確認して、蒼翠はハァーと長い溜息を吐き出す。



「疲れた……」



 すると隣から時を見計らったかのように、茶器が差し出された。



「お疲れ様です、蒼翠様。お茶をどうぞ」

「ありがとう。喉がカラカラだったから助かる」



 無風から茶器を受け取り口へと運ぶと、ちょどいい温度の香り高い茶が喉を心地好く潤してくれた。

 さすがは無風。こちらの好みを知り尽くしている。



「ったく、将軍の報告のたびに皇族らしい演技しなくちゃならないのも大変だよ……」



 邪界じゃかいの皇族たちは皆、『俺様一番! 俺様以外は皆下僕!』という厄介な者たちばかり。が、この邪界という国では、そういう性格の持ち主でないと、皇族でも簡単に蹴落とされてしまう。ゆえに目下の者にはああいった態度を取らなければならないのだ。

 

 

 ――この姿、あまり無風に見せたくなかったんだけどな……。

 

 

 無風に同行を願われた時、一番に懸念したのはこれだった。公務の時の自分は、ドラマの冷酷非道な蒼翠をモデルにしている。無風が一緒に来れば、否が応でもその姿を見られることになってしまうため、幻滅されるのではと不安だった。



「なぁ無風、分かっているとは思うが……」

「はい。今のお姿が本来の蒼翠様ではないと、十二分に承知しております」

「毎度のことながら、俺のことよく理解してて感心する」

「お褒めの言葉、ありがとうございます」



 半分呆れも入っているが、感心しているのは本当だ。と同時にもう少し気をつけて顔色を読まれないようにしなければと、大いに反省もしているけれど。



「ですが蒼翠様……」

「ん?」

「公務に関して私が口を出すべきではないと分かっているのですが、そのお姿は少々……」

「少々?」

「扇情的すぎるのではないかと思うのですが」

「は?」



 まったく予測していなかったことを指摘され、蒼翠は思わず自分の姿を確認する。

 

 

 ――え、ドラマの蒼翠みたいにダラーっと長椅子に寝転びながら仕事してるだけだけど、これのどこが扇情的なんだ?

 

 

 ドラマの蒼翠は常に気怠そうな、すべてが面白くなさそうな顔と格好で公務をしていた。ついでにいえば起きている間はずっと酒を片手にしていた。今は何が起こるかわからない場なので酒乱まで真似ることはできなかったが、頭の中に描いた本物の蒼翠をできるだけ忠実に演じているつもりだ。

 


 ――まだまだ傲慢さとかが足りないのか?

 

 

 というか、その前に扇情的ってなんだ。扇情的って。

 蒼翠がエロいわけないだろう。

 


「お前、なに頓珍漢なこと言ってるんだ? さっきの将軍を見ただろう? 完全に俺のこと怖がってたぞ」



 これまで何度も暴徒やあやかしを討伐してきた歴戦の猛者が、蒼翠を前に視線を彷徨わせ、言葉だって震わせていた。無風だってその様子を間近で見ていたはず。そう反論するが、無風は呆れたようなため息を吐くだけだった。



「いえ、アレは蒼翠様のお姿に当てられていただけかと」

「お前、人を猥褻物わいせつぶつかなにかと思ってないか?」 

「まさかそんなこと。蒼翠様は唯一無二、珠玉の存在です」

「煽てればなんでも許されると思ってるだろう」



 まぁ、余程のことがない限り許すけれど。

 


「とにかく、ここではこれが一番効果的なんだ。それに文句は受け付けないって言っただろ。少々見苦しくても我慢しとけ」



 同行を許可する際に交わした約束を出すと、無風は納得しきれていない表情を見せつつも、すぐに諦めて口を閉ざした。



 ――ってか俺も分かりやすい顔してるけど、無風も同じじゃないか。

 

 

 あからさまに唇は尖らせたりはしていないが、一目で無風が不満を抱いていると分かってしまった蒼翠は、気づかれないように小さく笑った。

 やっぱりまだまだ青いな。そう思いながら、空になった茶器を差し出す。



「お前が入れた茉莉花茶が飲みたい。あと、この前作ってくれた甘薯かんしょの菓子も絶品だったから、また食べたいんだけど……」




 隣に立ってる無風を視線だけで見上げて願う。できるだけ可愛く、そしてドラマの蒼翠なんて絶対にしないであろう女子のような頬杖をついて。きっと大の男の上目遣いなんて気持ち悪い以外のなにものでもないが、主に忠実でさらに勘のいいウチの弟子ならば――――。



「…………分かりました。今から作ってきます」



 これが蒼翠からの「仲直りしよう?」だとすぐに気づいてくれる。

 思惑どおり無風は再びのため息を吐きながらも表情を緩ませ、柔らかな笑みを見せてくれた。

 自分も無風に甘いけど、無風も十分こちらに甘い。

 今の様子を仙人が見たら「この似たもの主従が」と、それこそ百パーセントの呆れ顔を見せてくれることだろう。

 

 

 けれど、これが『この世界の蒼翠と無風』なのだ。

 自分が蒼翠である間は、決して無風と決裂はしない。いつか来る別れの日の朝まで、邪界一の仲良し師弟で過ごす。それが今の一番の目標だ。



 ――昔は、将来無風に殺されないようにする対策ばっかり考えてたけど、人は変わるもんだな。

 

 

 自分の中で起こった変化に驚きつつも、こういう人生も面白いなと蒼翠は密かに笑みを浮かべ、天幕の隣に併設された厨房へと向かう無風の背を見送った。

  

 

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