33話:聖界の町③



 

 今頃、無風むふう隣陽りんようは出会い、甘い雰囲気になっているはず。

 

 川の縁にある小岩に腰を下ろし、景観を眺めながら待つこと四半刻。蒼翠そうすいは二人の姿を想像しては、怪しく微笑んでいた。

 

 

 ──そういや、中国ドラマってキャラ同士が恋に落ちる瞬間、必ずスローモーションがかかって、画面がクルクル回るんだよなぁ。

 


 ドラマあるあるというか、お約束というか、お決まりの演出みたいなものがあるのだが、きっと今頃は二人にもそんなクルクルキュンラブ効果が起こっていることだろう。本当ならこの目で直接見てみたかったが、蒼翠が近くに行けば無風の気を逸らしてしまうゆえ、やむを得ず我慢した。

 今日の自分の使命は、二人の邪魔にならないこと。そのため、ここはドラマのシーンを思い出して我慢することにした。


「えっと、確か無風が隣陽にかけた台詞は、『君は無謀だけど、面白い人だ』だったかな」

 

 あの低く響く心地好い声で隣陽に語りかけているのかと想像すると、相手が自分ではないのに心が震えてしまう。なんて考えると妖しい方面に傾いてしまいそうだが、無風はそれぐらいいい男だから仕方ない。


 

 ──戻ってきたら、どんな感じになったのか聞かなきゃな。

 


 と、楽しみを抑えられずウズウズとしていたその時。

 やにわに何かが蒼翠の肩を叩いた。



「よぉ、キレイな兄ちゃん。こんなとこで何やってんだ?」



 呼ばれたことに気づいて振り向くと、気づかない間に蒼翠の背後に四人の男が立っていた。全員体格よく腕っ節も強そうで、用心棒を稼業にしていそうな輩たちだ。

 ただ、よく見れば服は汚れが酷く、袖や裾はボロボロに擦り切れて見窄らしい。髪もざんばらで、ニヤリと笑った口の中は抜け歯が目立っている。おそらくだが用心棒というより、職にも就かずふらふらと遊び回っているならず者だろう。

 

「兄ちゃんいい身なりしてるし、たんまり金持ってるんだろう? ちょっとでいいから俺たちに恵んでくれないか?」



 四人の中で一番偉そうな男が、下品に笑いながら蒼翠に乞う。曰く、今日食べる分もないそうだ。確かに見たままの様子からすると持ち金はなさそうだが、あまり困っているようにも見えない。

 これは多分、毎日のように誰かを脅し、金を巻き上げている種の輩だ。

 

 

 ――どの世界にも不良っているんだな。

 

 

 傍から見れば窮地以外の何物でもないが、蒼翠は呆れと若干の感動すら覚えつつ男たちを無言で眺めた。

 

 ――邪界の皇子に集るなんて度胸があるというか、逆にお目が高いというか。けど中身が俺でホントよかったよ。もしこれが本物の蒼翠なら三秒で丸焦げだぞ。

 

 

 冷酷で慈悲もなければ本来の蒼翠は、こんな場面に出会そうものならここぞと言わんばかり残虐を愉しむはず。



 ――でも、どうするかなぁ。



 偉大なる邪君じゃくんの血を継いでいるおかげか、攻撃術が苦手な自分でも、この男たちぐらいは軽く退けることはできる。しかし少しでも術の匙加減を間違えれば大事になるし、それ以上に聖界せいかいの管理下であるこの町で黒龍族こくりゅうぞくの皇子が揉め事を起こすのは非常にまずい。



 ――ここは平和的解決が最善の手段だな。

 

 

 面倒なモブキャラには早々に退場いただくことにしよう。こういった男たちは目的さえ果たせば、自然に消えてくれるはず。そんな結論に至った蒼翠は銀銭の入った袋財布を取り出そうと、深衣の合わせに手を差し込んだ。が、

 

 

「……あ」



 財布がない。

 


 ──そうだ、財布は無風に預けたんだ。

 

 

 先ほどサンサジ飴を買った後、無風に「お店の方との話は私がしますから、欲しいものがあったら仰って下さい」と言われ、了承して財布を渡していたことをすっかり忘れていた。

 

「あー……悪いが、財布は連れの者に渡したままだ。ここにはない」

「はぁ? 渡したくないからってホラ吹いてんじゃねぇだろうなぁ?」

「本当だ。嘘だと思うなら調べてみればいい」



 疑いがなくなるまで好きなだけ探ってみろと、蒼翠は腕を広げて「どうぞ」と男たちに促す。するとすぐに両脇にいた男たちが手を伸ばしてきて、無遠慮に袖や懐の中を弄り始めた。

 蒼翠は時折背筋と脇腹に走るくすぐったさを我慢しながらやれやれと目を閉じ、為すがままの状態で待つ。すると──。

 

 

「蒼翠様っ!」 

「ぅぐあぁぁっ」


 突然、閉じた世界の中に男たちの汚い悲鳴が飛びこんできて、蒼翠は驚いて目を開けた。



「え……は? 無風? なんで?」



 すぐ隣にいたのは、うっかり修羅でも宿したかと疑うほどの鬼の形相をした無風だった。

 

 

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