第4話

 来た道を折り返すように車を出したはものも、この道に合流した地元方面へは戻らず、更に海岸線沿いを西側へと向けて走る。そちらへ向かうとまた違った形で綺麗に海が見えるエリアがあり、そこを経由して送れば時間的にも調度良いのではないかと考えていた。

 その海へは幼い頃に父親と2人で泳ぎに来たことがあり、いわゆる海水浴場のような広い砂浜のようなそれではなくプライベートビーチのような地元の人にしか知られていないような穴場だった。海の水が透き通って見えるというのはテレビで観る海外や沖縄のビーチならではの印象を抱きがちだが、そのエリアだけは不思議と海水を通して海底の白い砂が見えるのだった。


 ハンドルを握りながらBGMを適当なものに変える。普段激しいロックサウンドを好んで聴く僕はこうした時のために、バイト先からグレイテスト・ヒッツなるアルバムをレンタルして来ては、どうにでも取り繕えるようにコピーしたディスクを数パターン車に備えていた。

 ディスクを変えて何曲目かにバックストリート・ボーイズが流れると、綾が突然驚いた様に問い掛けて来た。

「何でこの曲があるんですか…」

「ん?」

「私この曲一番好きなんです…」

「マジか、それは良かった」

 そう返しながら僕は曲名も知らない。普段聴かない音楽は誰にとっても全部同じように聞こえてしまうものだ。何でも聴けてしまう人を羨ましく思う。


 そんなBGMが流れる中、目当てのビーチ沿いに差し掛かる頃には少し空に雲が増えていた。午前中に味方をしてくれた天気に感謝しながらも、わざわざ下車して透き通った海を眺めるほどではなくなったと、何も無かったように適当な場所でUターンして自宅方面へと車を進めた。

 家に送るには少し早い、だがこれから何処かへ行くにはバタバタしてしまう、15時を回るか回らないかのそんな微妙な時間だった。そう思い、山を越える途中にあるダムの敷地にある公園の駐車場に車を停めて、話の続きをしながらこの後どうしようかという話をすることにした。

「曇って来たね、これからどうしようか?」

「微妙な時間ですよね…」

「市街地へ行くには帰りが遅くなるし、みたいな」

「帰るには早いですね。まだ親仕事中で迎えに来てくれないです(笑)」

「まだ時間はあるってことね。車で喋ってても良いけど、公園散歩する?」

「雨降らなければそれでも良いですね」


 散歩しながら会話を続けるというのも良いと思った。ただ、本当にそれで良いのかという葛藤が僕を襲う。

「カラオケでも行く?」

「カラオケですか?」

「余り好きではない?」

「そうではないですけど、何処でですか?」

「確かに言いながら思った。今から街の方へ出ると遅くなるんだった」

「ですよねー」

「変な風に取らないで欲しいんだけど、そこにラブホ密集したとこあるじゃん?そこなら近いかも…」

「カラオケするんですよね…?」

「もちろん。まぁこうしてずっと密室に2人でいるわけだし同じかな、みたいな…?」

「カラオケですよね。行きますか」


 あと半月程あとであれば、この公園も桜で満開だったであろうが、時期的には未だその手前でおまけに曇り空だ。仮に桜が満開であったならば、それをネタに相手の同意を求めることもなく、花見がてら少しは外をぶらついてみようと持ち掛けたかも知れない。花見シーズンと重なれば人の出入りもそれなりに多くはなるが、返ってそんな中を2人で過ごすということがある意味では互いの気持ちを高める要素にも成り得たのかも知れない。

 だが今は駐車場を見渡しても周囲には車も人影もほとんど見当たらない。それが余計に手持ち無沙汰となって突拍子も無い提案を持ち掛けさせているのではないか。カラオケしのラブホへ行こうなどという打診は我ながらも流石に滑稽ではないか。

 今日の2人で過ごした時間は乗っけのドライブから何もかも順調で、互いに印象は良いはずだ。このまま自宅へ送り届けても、綾が上京後長い休みの合間に帰省するようなことがあれば、大学生活はどうだ、その後彼とはどうなったのだという語り合う時間を普通に持てるだろう。にも拘らず、帰宅するには少し早いからといって、ホテルの一室にしけ込み、提案通りにホテルの一室でカラオケ楽しむのかという話である。


 最初に声を掛けた時からちゃらけたり軽い素振りはもとより、僕の方からは性的な趣向を匂わせたりもしていない。夜の街で出会い酒でも入った状態で2人きりになっていたならば、盛り上がりついでにボディタッチからキスくらいはしているかも知れない。コトに至るとしたとして、普段であればそういった流れの中での手応えを元に次への一手を繰り出し、自然に抱き合っているものだ。

 一方で、綾の帰るにはまだ早いといった発言も本意を見抜けずにいた。単純に親が迎えに来ることが出来る時間よりも早く帰宅してしまっていれば、親がわざわざ駅前に迎えに来る必要も無くなり手間も省けるのではないか。そうだとしても、遊び慣れていない綾にとっては、予め告げた通りに行動して余計な言い訳などの取り繕いや摩擦を避けたい一心なのかも知れない。だからと言って、初対面に近い僕とカラオケをするために、といわれたからといって密室のホテルの部屋へついて行こうとするだろうか。


 普段なら可愛い女性と機会があれば誰とでもコトに及びたい僕であったが、そうすることが正しいのか、特にカラオケがしたくて仕方ないという訳でもなければ、車内で会話でもしていた方が自然ではないか、そう問答しながら一旦は車を出した。

「カラオケですよね?それであれば」とはっきりと応じた綾の方が堂々としているかも知れない。


「カラオケとかよく行くの?」

「予備校行ってたし最近まったく行ってないですね」

「高校の時はよく行った?」

「電車待ってる時間には友達と行ってました」

「唄うの好きだったりする?マイク離さない的な」

「全然、聴いてる方が好きです(笑)」

「なるほど…」


 峠の道に沿うように大きめのラブホテルが左右に4、5件ずつ連なっているエリアがあり、そこへと差し掛かる。

 日中だということもあり、何処も空室の表示が掲示されていたため、新しくて綺麗そうなホテルに入る。2階の部屋へ伸びる階段へ通じる入口の傍に駐車スペースが有り、部屋ごとに何号室といった番号ではなく果物の名前が付けられている。特に部屋を見繕う訳でもなく、ホテルの敷地に入って視界に入った無難な部屋の駐車スペースにバックで停車する。

 車を降りて入口の階段を上がろうとする時に、既にカラオケをしようといった空気とは異なる雰囲気に飲み込まれそうになる。綾もこうしたホテルのかってを知ってか、先へと促すと急な階段をしっかりとした歩調で進んでいく。入口の施錠をし、手摺りに手を這わせるようにしながら僕も綾を見上げるように後に続いた。小ぶりな尻に改めてドキッとしながらも、その後ろ姿が毅然とした佇みにも思えて動揺する。

 階段を上がりきると既に綾が扉を開けて部屋の中に入ってベッドに腰を掛けていた。感覚的にこれは不味いと思った。白を基調にした部屋の壁やベッドのシーツが、青々と輝くブラックライトに照らされている。


 食事をして無難にドライブ楽しんでいた車内とは打って変わり、こうして青白く異質な空間で2人になると、自分から持ち掛けておきながらその先のあらゆる言動を躊躇してしまう。その異質さがまるで時の流れをも止めているかような非日常さを煽る。落ち着かない僕も一旦綾と少し間を開けて隣に腰を下ろした。

 大きな液晶テレビを乗せたテレビボードにはAV機器に加え、割と新しめのカラオケ設備も備わっている様子が見て取れた。マイクが2本脇に添えられている様子に、果たしてこのマイクをこうした場所で手に取る者がいるのだろうかと訝しく思う。

 やはりここでカラオケは無理があるのではないか。実際にそれらの機器に手を掛けながら取り繕うことは出来るし、ブラックライトの照明から通常の照明を全灯させればこの雰囲気は打ち消すことは出来たが、どうにもこうにも僕にその意志が全く働かない。きっとまた何処かのタイミングでブラックライトに切り替えて、綾の反応を意地悪く伺うようなことを、慣れて来た頃にするに違いない。で、あればこのままの流れを活かしてマッタリ過ごした方が良いのではないか。


「暗いね。でも眩しい…」

 そう言いながら僕はベッドのシーツの上に斜めに仰向けになった。

 綾が体を倒せば自然に重なるような角度を取る。

「はい、思っていたより…」

「ラブホテルは初めて?」

「実は…」

「カラオケで初体験って感じだ!」

「本当にカラオケもあるんですね…」

「そのつもりで来ているんだから、そりゃあるさ」

「しますか…」

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