一話 転校生


「おーいそこ静かに。急なことだが転校生を紹介する」 


 ざわざわしていた教室にとても気だるげな先生の声が響く。

 ここが今日から通う赤羽高校あかばねこうこうか...



 僕は今すごく緊張している。緊張か他の要因かわからないが、心臓の音がバクバクとなっているのが自分でもよくわかる。


「入ってくれ」

「はい」



 僕は先生に呼ばれ教室の扉を開けて中に入る。


 教室中はこの時期に転校してくる人が珍しいからか、少し騒がしかった。

 その時小声でどこからか



「なんか見た事あるかも?」



 という声が聞こえ少しドキッとしたが、平然とした顔を保つ。


 先生に促されるままに黒板の前にある教卓の隣に立ち、緊張しながらも真正面へと顔を向ける。



「自己紹介を頼む」

「はい。甘城あまぎ高校から来ました水無瀬みなせ そうです。得意なことは、、サッカーです。仲良くしてください」



 得意なことについて少し迷ったが、迷うだけ無駄だと思い無難な自己紹介をした。その時教室に誰かの声が響いた。



「俺見たことある!甘城高校に12年ぶりに現れた天才!数百人も部員がいる中で唯一の一年生スタメンで、全国優勝に貢献したあの水無瀬みなせだろ!」



 その一言を皮切りにポツポツと



「俺も見たことある」

「私も」



 などと同調する声が大きくなっていった。僕は少し困りながら教室を見渡す。



 すると一番後ろの窓側から2番目の席の女の子と目があった。


 その女の子は綺麗な子が多いと評判のこの学校の中でも、一際異彩を放っていた。


 透き通るような透明な肌に綺麗な黒い髪。手入れが難しいことが容易にわかるほどのロングヘアー



 そう、とても言葉にできないくらい美人だったのだ。その子と目があっていた時間はどれくらいだっただろうか、ほんの数秒だっただろう。


 だが体感では数十秒ほどにも感じていた。その子に見惚れていた、有無を言わさずに目を奪われていたのだ。



 まさかこれがいわゆる一目惚れ、、そんな考えが思い浮かんできた後にその考えを頭から切り捨てた。自分には、意味のない感情だと割り切って。



 そう考えている間にも教室は騒がしくなっていく。


 すると彼女の凛とした声が教室に通った。



「先生、水無瀬くんが困っています。まず席に案内しては?」

「そうだな。水無瀬お前の席は窓際の一番後ろの席だ。いいな?」


 そう言われた。



「はい。わかりました」



 そういって僕は言われた席まで歩いて行く。窓際の一番後ろの席、視線を横に向けると外がよく見える場所だった。自分の席まで行くとあることに気がつく。



 そこは先ほど目が合い、僕に助け舟を出してくれた女の子の隣ではないか。


 少し緊張しながらも席につきその女の子に話かける。



「さっきはありがとう。自己紹介したけど僕は水無瀬みなせ そう 水無瀬でも蒼でもいいよ」

「感謝されることでもないわよ。私は小鳥遊たかなし 瑞樹みずきこれからよろしくね。水無瀬くん」

「うん。よろしく小鳥遊たかなしさん」



 互いに自己紹介を終えた時先生が、



「これで今日のHRを終わる。水無瀬に質問やらなんやらするのは構わないが、水無瀬を質問攻めにして困らせるなよ。あと次の授業に支障をきたさないようにな」



 そういうと先生は教室から出ていった。すると教室の雰囲気が変わった。


 いつものように座りながら友達と話していたり、立ち上がってグループで会話していたりとさまざまだったが、やはり皆僕のことが気になっているのだろう。



 チラチラと視線が刺さる。その空気に耐え難かったのか一人の生徒が僕に話しかけてきた。



「な、なあ水無瀬って甘城サッカー部のあの水無瀬だよな」

「うん。まぁ一応君が想像している水無瀬だよ」



 そう僕が言うと



「やっぱりそうか! ここのサッカー部に入るのか!?」

「...ごめん。サッカーはもうやるつもりはないんだ」

「え!? なんでだよ!! 水無瀬めっちゃうまいのにもったいねえよ!」



 そして一人が質問するようになったら他の人も質問してくるようになり僕の席にたくさんの人が集まってくる、予想はしていたがサッカーに関しての質問が多く飛んできた。



「なんでうちに転校してきたの?」

「ねえねえ彼女いるの?」

「サッカー部入ってくれよー」



 そして他のことについてもたくさんの質問が飛んでくる。


 その質問に答えられずにいたら少し茶色がかった髪をした前の席の男子が立ち上がり、パンパンと手を叩きながらその場を収めてくれた。



「まぁまぁその辺にしておけよ。先生も言ってたろ?質問攻めにして水無瀬を困らせるなって。それにもうそろ授業始まるぞ」

 


 そう言われ時計を見ると確かにあと5分ほどで授業が始まろうとしていた。


 その男子のおかげで僕の席に集まっていた生徒が自分の席に戻っていった。



「助かったよ。えーと、、」

「いいってことよ。俺の名前は藤沢ふじさわ まこと、誠でいいぜ」

「よろしく誠。俺は水無瀬でも蒼でもいいよ」

「んじゃ蒼で。席前後だから困ったことあったらなんでも言ってくれよ。てか蒼ってすげえな」

「ん? 何が?」

「何がって、あの美人の小鳥遊さんと普通に話してたし」

「確かに美人だけど話をするぐらい普通じゃないの?」

「それが普通じゃないんだよなー。小鳥遊さんてすげー美人じゃん?だから先輩とか同級生からめっちゃモテるんだよ。入学したてなんて告白ラッシュだったんだぜ。

 当然同性からのひがみも酷くて、それで小鳥遊さんって必要以上に男子と会話しなくなったんだよ。話しかけられても、そうですかとか、わかりましたとかで男子と会話しなくなっていったんだよ」



 誠は女の子怖ぇー。とふざけて言う、確かにそんなことで色々起きるのは怖いな。



「そうなんだ」

「そうそう。だから自己紹介とはいえあんなに綺麗に小鳥遊さんが異性話すところなんて、久しぶりにみたんだよ。ってやべ!授業始まるじゃん」



 誠は前に向き直り授業の準備を始める。いつの間にか一時間目の先生が教室に入ってきており、授業の準備をしていた。


 僕も教科書を出し授業に備えようとした時、全身から血の気が引いた。


 鞄をいくら探そうと教科書が見つからないのだ。焦っていた時隣から先ほどと同様の凛とした声が聞こえてきた。



「水無瀬くん、もしかして教科書忘れたの?」と


「そうみたいです。あのお手数をおかけするんですが教科書を見せていただけませんか?」



 そういうと小鳥遊さんが少し噴き出した



「ぷっ。なんでそんなに敬語なのよ。もっと崩してもいいのよ?それに転校初日から教科書忘れるなんて、結構ポンコツなのね。なんでもできそうな顔してるのに」


 

 と少し笑いながら言ってきた。そして机を僕の方に寄せてきた。


 僕が少し驚いた顔をしていると小鳥遊さんは、



「なんでそんな顔してるのよ」

「いや見せてくれると思わなかったから、、」

「そんな酷いことしないわよ。それに教科書がないと授業受けられないでしょ? それとも何? 教科書見たくないの?」



 小鳥遊さんは少しムッとした顔をして机を離すような仕草をし始める。



「すみませんでした。教科書見せてください」

「よろしい」



 二人の机の上に教科書を置いたところで授業開始のチャイムがなった。


「起立 礼」


 気だるげな男子の号令がかかり授業が始まった。

 

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