172ストライク 重なる過去
ユリアチームとの顔合わせが終わり、それから数日の時が流れた。
今俺たちがいるのはファイス宗国にある競技場。もちろん帝国にあるものと比べれば、そこまで大きくはない。わかりやすく言えば、帝国はドームでファイスは市民球場といったところだろう。
それでも、今回の試合を観戦しようと訪れる観客は多く、競技場の入口には入場者が長蛇の列を作っており、それを中心にところどころで人溜まりができている。その中にはちらほら別の国の者らしき者たちもおり、おそらくは貴族やスカウト陣たちであると想像ができた。
お目当てはおそらくはユリアだろうと俺は推測している。もう少し正確に言えばユリアのチームが目当て。プリベイル家の元令嬢という肩書きに加えて、彼女自身もチームメンバーもあのゲイリーの教え子であるという事が、さらに箔をつけているのだろう。
そんな様子を控え室のバルコニーから眺めながら、俺は小さくため息をついた。
「ユリアも本当に大変だよなぁ。」
「まぁ、仕方ないだろ。"元"とは言っても帝国の公爵家令嬢様だからな。まだまだ甘い汁が吸えると思ってるやつも少なくないだろうし。」
「にゃ。それにベスボルの腕も一流なんだからにゃ。」
「そうだなぁ〜。しかし、ユリア自身はどう思ってんのかねぇ。」
ミアとオーウェンへと向き直り、バルコニーの柵に背中を預けて空を見上げる。澄み渡る晴天と微風が心地よく、まさにベスボル日和と言ったところであるが、ユリアの心情を想像してみるとなんとも複雑な感覚を覚えてしまう。
ユリアはベスボルに専念したいのだろうか。それとも、やはり公爵家との関係性を取り戻したいのだろうか。父親に勘当されたと聞いた時から、俺の中でこの疑問がぐるぐると回り続けている。
彼女の本心を聞きたい気持ちはある。だからこそ、彼女と再開を誓ってここまでやってきたわけだが、実際にユリアに会ってみると、それを聞く勇気が湧いてこなかったのも事実だ。
「俺も似たようなもんだしな……」
その呟きはミアたちには聞こえていないようだった。
前世での俺は、プロ野球選手になるという夢のために突き進んだ。そのための才能も運も持ち合わせており、最後は確かにプロの世界へと足を踏み入れた。
しかし、俺の親はそんな俺自身の事をよく思っていなかったらしい。試合で怪我をして引退を余儀なくされた俺は、当時はまだ離婚前だった妻からそれを聞いてショックだった事を鮮明に覚えている。
中学高校と野球部でかなりの活躍を見せていたのに、なんで応援に来てくれないんだろう。
確かにそんな疑問は抱いていたが、父も母も仕事が忙しかったから仕方ない事だと、自分の中で納得していた部分もあった。
父は一般企業のサラリーマン、いわゆる中間管理職というやつで、母は企業の契約社員として勤めていた。そんなごく普通の家庭に生まれた俺だが、いつしか野球を志すうちに親から見放されていたようであった。
その理由はもはやわからない。引退後、本人たちに理由を聞く勇気もなく、夢を諦められずにトライアウトに挑戦し続けた挙句、俺は死んでしまったのだから。
小さくため息をついて、ミアとオーウェンへ向き直る。
「なぁ、みんな。ユリアはさ、どうしたいのかな……」
そんな取り留めもない質問を投げかける。もちろん、こんな事を聞かれても2人が困る事はわかっている。でも、どうしても聞かずにはいられなかったのだ。
ミアもオーウェンも珍しく弱気を見せる俺の態度に少し驚いている。それもそのはずだ。こんな抽象的でよくわからない質問にどう答えればいいのかなんて、普通ならわからないだろう。
だが、彼らはお互いに顔を見合わせると笑顔を俺に向けた。
「何言ってんだよ。ユリアは絶対にベスボル選手になりたいに決まってるじゃん。」
「え……?」
俺はオーウェンの発言に驚いた。具体的に聞いたつもりはないのになんでわかったのだろう。
しかし、言葉を失っている俺に対して、今度はミアが告げる。
「ユリアちゃんは細かい事で悩むタイプじゃないにゃ。それはソフィアもよく知ってるでしょ?だから、ソフィアはそんな事で悩む必要はないと思うにゃ。私たちが今考えるべきはユリアちゃんチームに如何にして勝つか。それだけにゃ。」
「2人とも……」
ふと、生前にバッテリーを組んでいた拓実の事を思い出して視線を落とす。
あいつはいつも俺の気持ちに気づいて前を向かせてくれてたっけ。野球の事もそうだけど、家族の事や引退した後の事、それにトライアウトの事だって。いつだって俺の手を引いて立ち上がらせてくれたんだ。
もう彼に会う事は叶わない。拓実の口から叱咤激励を受ける事は今後ない。
でも、それに負けない仲間が目の前にいる事に、俺は改めて気づかされた。
(今日は俺が監督なのにな。)
試合前に選手のモチベーションを上げるのもマネジメントの1つなのに、俺が元気付けられてしまうなんてなんだか悔しさでいっぱいだ。
そんな思いを胸に、俺はミアたちに視線を戻す。
「ありがとう!2人とも!今日は絶対に勝ってユリアをチームに加えるぞ!」
ミアもオーウェンもその言葉に賛同し、右手を高く上げた。
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