170ストライク ユリア節炸裂

「嬢ちゃん、今日はどこへ行くんだ?」



 獅子のような髪型を携えたいかつい男がユリアにそう尋ねた。その横にはヒョロ長く三白眼が特徴的な男もおり、ユリアの回答に興味ありげに顔を覗かせる。



「今日はあんたたちの試合相手と事前の顔合わせよ。だから、ライオネルは大人しくしときなさいよ。」


「ほう。それは楽しみだぜ。どんな豆粒と会えるんだろうな!カカカ!」



 ライオネルと呼ばれた男が楽しげに笑う様子を見て、ユリアが少し怪訝な顔を浮かべていると、今度はヒョロ長の男が口を開く。



「お嬢、そいつらとはどこで会うんです?」


「どこって……協会に決まってるじゃない。」


「そっすか。グラウンドとかじゃないんすね。」


「何よダコンダ……文句があるわけ?」


「いえいえ、そんなことないっす。でも、せっかく会うなら……なぁ。」



 ダコンダがそう呟いてライオネルにちらりと視線を送ると、ライオネルもそれに合わせて再び笑う。



「そうだぜ、嬢ちゃん!せっかくならその場でプチっ潰してやった方がそいつらの為だろう?」


「あんたたちね……」



 2人の態度にユリアはさらに苛立ちを募らせた。

 出会った時からこんな調子の2人は傲慢、横柄、高慢……こんな言葉がいくらでも当てはまる。そんな2人の性格に嫌気が刺すが、1番苛立つ理由は彼らを見ていて昔の自分を思い出すからだろう。

 才能はあった。だから誰よりも上手いと自負するまではよかったのだろうが、それ以上に相手を見下していたあの頃の自分を思い返すと本当に情けない思いでいっぱいになる。公爵家を勘当されて外の世界に踏み出せた事により、常識的な経験を積めた事は本当に良かったと、ユリアは改めて感じていた。

 だからこそ、彼らの振る舞いに苛立つのだが、今回は監督としてチームを率いなければならないため、怒りに任せて彼らのモチベーションを下げる訳にもいかない。正直に言って、どうすればいいのかユリアにはわからなくなっていた。

 ユリアは小さく疲れたため息を1つつく。



「はぁ……今日は暴れるんじゃないわよ。協会長も一緒なんだから、面倒事はごめんよ。」


「へいへい、わかってるって。まぁ、相手には今日会ってビビらせちまったら申し訳ねぇけどなぁ。」


「そうっすね、へへへ。なんたって自分ら、ゲイリーさんに教えてもらってるんすからね。」



 馬鹿みたいに笑う2人にユリアは再び大きなため息をついた。





 協会に着くとシャロンが出迎えてくれ、そのまま応接室へと案内された。中に入るとソフィアとミア、そしてオーウェンがすでにソファーに座っており、こちらに気づいて笑顔を向けてくる。



「よう!ユリア。」


「……」



 ソフィアに笑顔で声をかけられたが、何で返せばいいのか分からずに無言で対面のソファーへと腰を下ろす。それなのにソフィアは怒る事も嫌な顔を浮かべる事もせず、ただニコニコとこちらを見ている。こいつはいったい何を考えているのかと内心で怪訝に思いつつソフィアの笑顔から顔を背けていると、やはりライオネルが余計な口を挟んだ。



「よう。お前がイクシードか。」



 ズケズケとソファーに腰をかけ、偉そうな口調でソフィアに声をかけるライオネル。その横でニヤニヤといやらしい笑みを浮かべているダコンダ。

 そんな2人の態度に再び苛立ちを覚えて注意しようした矢先、ソフィアが口を開く。



「ユリア、今日来たのは君だけ?」


「え……?」


「は……?」



 まるでライオネルの言葉を無視したような口振りに驚いて、とっさにソフィアへ視線を向けると、彼女は相変わらず飄々とした笑みを浮かべている。反対に、自身も想定していなかったソフィアの対応に、ライオネルは出鼻を挫かれたように呆気に取られた顔を浮かべているようだ。



「い……いや……この2人が……一緒に……」



 ライオネルもダコンダもちゃんと横にいる。そんな誰が見ても一目瞭然である事実を説明し直す事に、ユリアが違和感と動揺を感じていると、案の定ライオネルが口調を荒げた。



「て……てめぇは俺をバカにしてんのか!?」


「ん?なんだしゃべれるのか。俺はてっきり躾のなってないでっかい犬をユリアが連れてきたのかと思ったよ。」


「な……!犬……だと!?ふざけんじゃねぇ!!」



 ソフィアの言葉に怒り心頭の様子のライオネルは、怒りに任せて目の前のテーブルを両手で叩きつけると、まるで売られたケンカは買うぞと言わんばかりにその場に立ち上がった。ダコンダも鋭い視線をソフィアに向けて睨みつけている。

 だが、ソフィアは涼しげな表情を浮かべて笑っているだけで、大して気にした様子もない。ユリアにはそんなソフィアの態度に初めは驚いたが、内心で面白おかしくなっていた。



(バカは私ね。監督としてやるべき事に囚われてしまうなんて……)



 そう思って大きなため息をつくユリアの横で、ライオネルがさらに声を荒げる。



「いい度胸じゃねぇか!やっぱりお前は今この場でプチッとぶっ潰してやるぜ!」


「お前が?俺をか?」


「てめぇ!このクソが!!」



 ソフィアの挑発にライオネルは堪忍袋の尾が切れたらしく、ソフィアに殴りかかろう大きな手を振りかぶる。

 だが、その瞬間ユリアがライオネルの脛に一撃を見舞った。



「ぐぉっ!」



 そのあまりの痛さに大きな巨体をその場に埋めたライオネルら、今度はユリアを睨みつける。



「な……何しやがる!」



 しかし、先ほどまでライオネルたちの態度に悩んでいたユリアはそこにはもういなかった。



「あんた、マジでうるさいわね。今ここで捻り潰すわよ。」


「う……」




 ユリア節が炸裂し、その威厳ある態度にライオネルは言葉を失うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る