152ストライク 邪魔しないで
「ユリア様……それはお答えにはなっておりませんよ。」
協会長はそうクツクツと笑っているが、ユリア自身はずっと俺を睨みつけている。まるで協会長の言葉が耳に入っていない様なその態度を見て、いろんな意味でさすがだなと内心で呟いた。
「ユリア、俺も君との勝負を望む。あの時忘れてきたものを取り返したいからな。」
「あんたが忘れたものなんて、たかが知れてるわ。私に比べれば……ね。」
それは確かにそうだろう。
あの試合の後、公爵家を勘当されたユリアの生活は一変し、今日この日まで多くの苦難を乗り越えてきたはずだから。それに比べれば俺の悔しさなんて大した事はない。
……とは絶対に俺は思わない。
なぜなら、俺には俺の矜持があり、それは他人と比べられるものではないからだ。
俺は前世で大きな挫折を味わい、そして死んだ。その後悔と悔しさは、ユリアのそれに負けず劣らず大きな傷として俺の心に残っている。本来、この体はソフィアのものであって俺はただ借りているだけに過ぎないが、それでも今は俺のプライドを全面に押し出させてもらおう。
「ははは、さすがユリアだね。でも、俺も負けてるとは思ってないよ。前回みたいなヘマは絶対にしないし、今回は俺が完璧に勝つ。そして、君を俺たちのチームに引き入れる。」
「ふ〜ん、あの時はヘラヘラしててムカつくやつだと思ってたけど、言うようになったじゃない。でも、それはそれでムカつくわね。今回こそ、その鼻を完膚なきまでにへし折ってやるわ!」
俺とユリアは互いに睨み合い、火花を散らす。
もちろん、口元には深い笑みを浮かべている。
だが、俺たちとは逆に協会長の表情には不満が募っていた。おそらくは、自分の思い通りにならないユリアの言動が気に食わないのだろう。
「ですから、勝手に決められては困るのですが……今、ユリア様はファイス宗国に所属しているのですよ?この国で登録を取り消さない限りは、帝国での活動はできないんですよ。」
先ほどまで浮かべていた笑みは消え、代わりに不満の色が広がっており、その語気も柔らかいものではなくなっていた。
確かに彼の言う通り、現状ではユリアはファイス所属の選手であるため、規則ではマスターズに上がるまではファイス宗国のリーグで実績を積んでいく必要がある。
だが、"ベスボル自由権"によって選手は保護されている事は前にも話した通りだ。選手は自分の意思で活動する地域を選択できるので、登録の取り消し手続きはさほど難しいものではなく、課せられるペナルティも取り消し後の約半年の間だけ選手登録ができなくなるくらいである。
だから、本来なら協会長が言っている事は、選手には全く気にする必要がない事なのである。
しかしながら、それはあくまでも一般的な選手の話であり、ユリアほどの選手となれば話は別となる。国としては有能な選手をおいそれと手放したくない為に、さまざまな理由を作ってそれを阻止しようとする事案が過去も多く発生してきた。その度に選手は協会と揉める事となり、最悪の場合は選手登録権を剥奪までされた事案だってあるくらいだ。
だから、彼は暗にこう言いたいのだろう。
極論を言えば、協会長権限でその自由を奪う事だってできるんだぞ、と。
協会長とは、それだけの権力を有している役職なのである。
だが、彼にはまだ気づいていない事がある。
それは今話している相手が、あのユリア=プリベイルだという事だ。
「ていうか、あんた誰?さっきからごちゃごちゃとうるさいわね!私は今、こいつと話してるのよ!邪魔しないでよね!」
「は……?」
ユリアが投げつけた言葉は、協会長でさえ拍子抜けするほどのぶっ飛び具合だった。相手はベスボル界でも指折りの権力を有している協会長様だ。なのに、ユリアはまったく臆する事なく黙っていろと言い放つ。
まさに勇往邁進。
我が道を突き進むユリアの性格を改めて見て、さすがだなと内心で笑ってしまうが、一方で協会長と受付嬢のシャロンの表情がみるみると怒りに満ちていくのが窺えた。
「ユリア様……いくらあなたでもその様な言い振りは良くないのでは……?」
顔を引き攣らせながらも平静を装う協会長に、ユリアはさらに眉を顰めてこう告げる。
「だからさ〜!さまさまさまさまって、さっきからうるさいのよ!私はもう公爵令嬢でもなんでもないのよ!?余計な気遣いなんかしちゃってバカみたい!」
俺もさすがにこれは耐えきれず、腹を抱えて笑ってしまった。
「ぶっひゃっひゃっひゃ!ユリア……!さすがにそれは言いすぎだろ〜!協会長さんが呆けてるって!」
たぶん、ユリアの目には俺以外映っていない。協会長なんて初めから眼中になく、俺との勝負しか頭にないのだ。それなのに、横槍を入れられて単にイラっとした……おそらくはそんなところだろう。
だが、やはりユリアはこうでなくてはと思う。
俺自身、権力に屈してスポーツなんかできる訳がないと思っているから、ユリアのこういう保身がないところは好意が持てた。
「何笑ってんのよ!真面目にやりなさいよ!こっちは本気なんだから!」
「ははは……ごめんごめん。とりあえず協会の事は置いておくとして、君が俺たちのチームに入ってくれる条件を聞いてもいいか?」
俺はこちらの提案を率直に伝える事にする。
ユリアの場合は遠回しに話してもたぶん意味がない。ぐだぐだと画策したところで、彼女には響かない事は承知している。
それなら、シンプルにこちらの気持ちをぶつけた方が、彼女はそれに素直に応えてくれるはず。もちろん、その"素直"という言葉は彼女場合は言葉通りの意味ではないが。
「チームに入るとか入らないとか関係ないわ!ソフィア=イクシード!わたしと勝負しなさい!話はそれからよ!」
「そういうと思った。」
ユリアの言葉に俺は小さく笑みを浮かべた。
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