119ストライク 天使降臨
「今のは……もしや!」
魔物の咆哮と同時に轟音がなったかと思えば、大きな地響きが洞窟内を揺らした。
その反動で天井からパラパラと落ちてくる小石が足元で跳ねている中、わしはアントスにそう尋ねた。
「奴が使ったスキルでしょうね。おそらくは最初に使ったあの広範囲スキルと同じ……ただ、その位置が気になります。」
「位置?どういう事じゃ。」
「使うならこの洞窟に向けてくるかと思ってました。そろそろ痺れを切らす頃じゃないかと。だけど、今のは少し離れた場所で使った様です。ちょっと外の様子を確認します。」
アントスはそう告げると、洞窟の入り口へと歩き始めた。わしがその後に続くと、彼はさらに話を続ける。
「1度目は単なる威嚇だったと思いますよ。洞窟に直に当てれば、入り口を潰す可能性があったので。」
「……ま……魔物にそんな知恵があるのか。」
「基本的に魔物ってのは狡猾なんですよ。そして、俺らを肉としか見てない。だから、奴も俺たちを食いたいはずなんです。でも、洞窟の中に手は届かない。なので、スキルで力を示し、恐れて飛び出してきたところを狙おうとしたんだと思います。」
わしが「なるほど。」と漏らすと、アントスは疲れた笑みをこぼす。
「だが、さっきから奴の気配が遠いんです。一発目のスキルの後、何かを追う様に少しずつここから離れて行った。そして今、かなり遠い位置でまたスキルを放ったようです。」
「……何かを追う様に?」
洞窟の入り口付近へと辿り着いたアントスは、わしにその場で待つ様に指示を出し、慎重に外へと顔を出した。
固唾を飲んでそれを見守っていると、どうやら安全を確認できたらしく、彼はこちらに振り向いて手を招く。
「ど……どうじゃ?」
「やはり、奴の位置はここか、かなり離れている様です。とは言っても、せいぜい数百メートル程度ですが……」
雨はいまだに止む気配はない。
天候のせいで辺りに漂う薄暗さがいっそうと気持ちを滅入らせる。
だが、人とは希望に縋りたい生き物だ。
「……い……今なら逃げられるんじゃないか?」
「いや、それはやめた方がいいでしょう。こちらには怪我人もいるし、奴の足なら数百メートルなんて一歩に等しい。気づかれた瞬間に全滅です。」
「そ……そうか……」
肩を落とすわしを見て、アントスも「せめて奴が何を追いかけたかがわかれば……」と悔しそうに唇を噛んでいる。
ーーーできれば、その何かを追ったまま、奴がどこかへ消えてくれないだろうか。
そんな淡い期待を寄せながら、まるで自分の心を映している様な空模様を見上げていると、アントスが「戻りましょう。」と告げた。
だが、それに頷いて振り返ろうとしたその時だった。
「あなたがケルモウさん?」
「え……?」
わしの名を呼ぶ可愛いらしい声に無意識に振り返ると、そこには長く綺麗な金髪を雨で濡らし、弓を手に持ったまま微笑む少女の姿があった。
「お……お主は……」
まるで天使でも舞い降りたのではないだろうか。
整った容姿だけではなく、そう思わせるほどの何かを彼女の雰囲気から感じて言葉を失うわしの後ろで、同じ様に彼女の存在に気づいたアントスが歓喜の声を上げた。
「ソフィア……?おい、お前ソフィアじゃないか!!」
「あれれ?アントスのおっさん?」
どうやら、アントスはこの少女の事を知っており、彼女もアントスの事を知っておる様だ。非常事態にも関わらず、まるで久しぶりに顔を合わせた親戚のおじさんと姪っ子の様なやり取りを行なっている。
「お前が来たって事は……ジルのやつも来るのか!?」
「父さんには伝令は届いてると思うよ。でも、ここに着くのはもう少しかかるんじゃないかな。」
「そ……そうか。確かにサウスからだとそうなるか……」
アントスは悔しげに肩を落とした。
そのジルという人物が来れば、おそらくはこの状況を打破できるという事なのだろう。そう感じさせるほど、アントスの中で期待が大きかった事は、彼の態度から見て取れた。
だが、目の前の少女はそんな事は気にも止めず、飄々とした態度で驚くべき事を告げる。
「でも、父さんが来なくても俺だけでどうにかできそうなんだよね。」
「どうにかって……まさかお前一人でか!?」
「そ。そのまさかだね。」
ソフィアと呼ばれた少女は親指を立て、我々に笑顔を向けてきた。それはまるで、これから遊びにでも出かける様な悪戯な微笑みで、だ。
「た……確かにお前になら任せられるが……親父に怒られないか?」
「そりゃ、手こずったりしたら怒られるだろうけど、たぶん大丈夫。さっきの手応えなら問題ないよ。あいつのランクは推定だけどAだから。」
「……そうか。お前がそう言うならそうなんだな。」
アントスは納得した様に頷いたが、わしには二人の会話が信じられなかった。
目の前にいるのはまだ年端も行かない少女だ。そんな彼女があんな凶悪な魔物を一人で相手すると言うのだ。誰が聞いても信じられる話ではない。
「に……にわかに信じられんのだが……アントス殿、本当に彼女に任せるというのか?」
少女に今の自分たちの現状を伝えているアントスにそう問いかけてみると、彼は頭を掻きながらわしにこう告げた。
「ケルモウさん。この前話した冒険者の話、覚えてます?」
「この前……あぁ、イクシードの事か?それが何なのだ……って、まさか!?」
そこまで言った瞬間、わしは目の前にいる少女の正体を悟っていた。
イクシードとは、現在帝国内で最強と呼ばれる冒険者一族の家名だ。それは誰もが知っている衆知の事実である。
そして、その現当主がジルベルト=イクシードであり、アントスが"ジル"と呼んだ人物がまさにその彼に当たるのだろう。
ならば、そんな彼を父と呼ぶ彼女の名は……
「お主がソフィア=イクシードか!数年前、あのプリベイル家の令嬢とやり合ったという伝説のホームラン娘!」
「なんだよ、そのダサい二つ名は……」
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