81ストライク 女神降臨?


 マウンドで大きく振りかぶるヘイムを見て、俺はこっそりと神眼を発動させた。

 彼がスキルを一つしか持っていない事は右眼の魔眼の力で把握済みだし、それが水属性と光属性を掛け合わせ、光の屈折を利用する事でボールの姿を隠すスキルだと言うこともわかっている。



(タネがわかればなんて事ないスキルだな。こんなんでよく上を目指す気になったもんだ。)



 そう呆れつつも、神眼が予測したボールの軌道線を確認する。ヘイムの動作がまだ投げ始めの為、予測された軌道線は無数に示されているが、ヘイムの体の動きに合わせてそれらはゆっくりと収束されていく。

 それを見ながら、ふと思った。


ーーーヘイム程度の相手に対して、俺はこの両眼の力を使わないと勝てないのだろうか……


 確かにこの世界は俺がいた世界とは違い、人や生き物は魔力とスキルという特殊な能力を有している。だから、それに対抗するために俺自身も同じように魔力とスキルを使わなければならなかった。

 だが、今からベスボルの頂点を目指すというのに本当にそれだけでいいのだろうかと、今更ながら疑問が浮かぶ。この世界に来てからというもの、俺はずっと魔力に頼り切りだったが、スポーツとは自分の体で鍛錬を積み、互いにそれをぶつけ合うもののはずだ。

 それに俺が人生を捧げてきた野球は、ただボールを投げて打つだけのスポーツではない。相手の情報やこれまでの経験からお互いに相手の考えを予測し、推測し、駆け引きを行う醍醐味がある。

 なのに、俺は今までそれを忘れていたのではないだろうか……


 俺は自然と神眼を解除していた。

 視界の中の予測された軌道線が全て消え、見えるのは左足を高く上げた状態のヘイムのみ……

 確かに勝つためには全ての力を出し切る事が重要だ。だが、今回の相手であるヘイムのスキルは、単純にボールの姿を消すだけの単なる子供騙し。この程度の相手を魔力に頼らず己の力のみで打ち砕けないのなら、これから現れる強力なライバルたちに勝つ事はできない……そう思い込む。


 改めてヘイムに鋭い視線を向ける。

 神眼を解いた事で時間の流れが通常に戻り、彼はすでに高く上げていた左足を地面に着地させようとしている。



(予測、推測、そして長年の勘!!俺には前の世界で培われた野球の経験値があるんだ!魔力に頼らずにこの勝負、ぜってぇ勝つ!!)

 


 そう心に決めたソフィアは、ヘイムの投球モーションに合わせてタイミングを見計らい、軸足を固定してテイクバックした。





「な……!?なぜ今、魔力を解いたの!?」



 マリーは目の前の光景に驚愕の色を浮かべた。

 今からベスボルで勝負するというのに、打席に立つ少女はこともあろう事に纏っていた魔力を解いたからだ。

 ベスボルの基本は魔力とスキルであり、それらを駆使して互いに駆け引きを行うスポーツだが、そのスキルは時に人に牙を向く。魔物たちが獲物を前にしてそうするように、人が使う魔力とスキルも相手に怪我を……いや、最悪の場合、死に至らしめる事すらあるのだ。

 今の彼女は、まさに丸裸で魔物の前に立っているようなもの……この試合を早く止めなければ大変な事になる。


 だが、居ても立ってもいられなくなったマリーがベンチから勢いよく腰を上げたところで、隣に座っていたミアが口を開いた。



「あ……う……受付のお姉さん。たぶん……たぶん大丈夫にゃ。」


「え……?!」



 ソフィアと共にいた獣人族の少女の呟きに、マリーは足を止めて振り返る。



「いったい何が大丈夫なの!勝負の最中に魔力を解くなんてただの自殺行為なのよ!」


「う……!にゃ……ご……ごめんなさいにゃ……!」



 理解できずについ語気を強めてしまったマリーは、すぐにハッとして我に返るが、獣人族の少女は怯えるように頭を抱えてしまっていた。

 自身の失敗にため息が出るが、今はそれどころではない。とりあえず彼女のケアは後回しだと思い、グラウンドへ視線を戻すと、すでにヘイムはスキルを発動する寸前だった。



「簡単には打たせねぇ!これが俺の必殺スキル"インビジブルショット"だぁぁぁぁぁ!」



 マリーは彼のスキルを見て、一目で人を殺せるほどの威力はないと理解し安堵した。

 だが、一方で自信満々で豪語するヘイムとは対照的に、ソフィアは鋭い視線のまま静かに、冷静に彼を見据えている。まるで、これからどんなスキルが来るのかがわかっている様な態度に大した胆力だと感心していると、ふと獣人族の少女が言っていた言葉が脳裏に浮かんだ。


ーーー大丈夫……


 確かにそう思わせるほどの何かを、今の彼女からは感じる。

 だが、魔力感知も使わず、本当にあのボールを見極めきれるのだろうか。魔力もスキルも使わず、目に視えないボールを捉えるのはプロでも難しいはずだ。このままの状態で、さすがに勝つのは難しいのではないだろうか。


 そう感じ始めたマリーの考えは、約1秒後に一瞬で砕かれる事になる。


 すでに視えなくなったはずのボールに対して、ソフィアは無駄のないスイングで振り抜いた。

 本当にボールの位置がわかっていたのかと思わせるほどに、一切迷いのないスイングで振り抜いた彼女の姿はとても綺麗であり、マリーはその背に女神の姿を見たのだった。

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