79ストライク 協会のお仕事


「え〜と……ですから、あなた様には無理だと思いますよ……?」



 受付の女性が困った様にそう告げると、その言葉を聞いていた目の前の男は苛立った様子で受付台を強く叩いた。



「はぁぁぁ!?何言ってやがる!"インビジブル"のヘイム=スコールズ……この俺を知らないのか!?」


「い……いえ、ごめんなさい。知らないんですけど……」



 先ほどからこのやり取りは何度目だろうかと、心の中でため息をつくが、不満を隠す事なく自分勝手に喚く男を前にして、受付嬢のマリーは苦笑いでそう答えるしかない。


 ここはベスボル協会アネモス支部。

 ベスボルに関わる全ての人と仕事が集まる場所だ。



「……ったく!お前はただの受付嬢だろうが!俺は今からベスボルで頂点を目指すだからよ!さっさと選手登録を済ませろってんだ!」


「そう言われましても……ねぇ……」



 挑発とも思える物言いだがマリーがそれに応じる事は一切なく、怒り狂うヘイムを見て彼にバレないように小さくため息をついた。

 実は彼女は相手の素質を見抜く力を持っていて、その両眼で見た相手の魔力やスキルなどの基礎的な素質を見抜く事ができる。"鑑定眼"とでも呼べばわかりやすいかも知れないけれど、あくまでもこれはスキルではなく彼女が生まれ持った才能であって、この眼の力を買われてアネモスのベスボル協会に雇われる身となった事は、協会関係者しか知らない事実であるのだが、目の前でイキがるこの男は知る由もない。



(はぁ……。こいつ、何が"インビジブル"なんだか……たいそうな二つ名だけど、使えるのはただの物体隠蔽スキルじゃない。そんなんでベスボルの世界で生き抜ける訳ないでしょ!)



 大都市にある協会とは違い、地方の都市に点在する協会ではこの様な場面に出くわす事は少なくない。地方に行けば行くほど、身の程を弁えずに勘違いした者たちが協会にやって来ては選手登録を所望する。選手が所属できる正式なチーム数にも限りがあるので、望んだ者全てを登録していては選手だけが飽和状態になり、協会としても余計な仕事だけが増えていく事になる訳だ。

 なので、それを防ぐ為に協会では2段階に分けて選別を行っており、その第1段階がマリーたち受付嬢による選別であった。

 もちろん、個人の好みで判断するわけではなく、多くの経験と知識が求められる職業ではある。受付に来るのは今回の様に才能がない者ばかりではなく、それなりに原石を輝かせている者もおり、彼らの素質を的確に見抜き、チームに、強いてはベスボル界に貢献する為に彼女たちはプライドを持ってこの仕事にあたっているのである。

 そんな中で、マリーの力はまさに適材適所。この仕事は天職という訳だ。


 目の前の男は物体の姿を隠すスキルしか持っていない平凡な男であり、どう見てもベスボル選手として通用しない事はマリーの眼には明白だった。試験を行い実力をわからせてやってもいいのだが、こういった輩はたとえ試験に落ちても何かと理由をつけていちゃもんをつけてくるから面倒くさい。


ーーーどうやってこの場を諌めようか……


 そう思案するが良い案が浮かばない。

 だが、面倒だなと悩んでいると、ヘイムの横にいつの間にか二人の少女が立っている事に気づいた。



「受付のお姉さん!俺とこの子、選手登録したいんだよね!」



 自信たっぷりな態度で少女の一人がそう告げる。

 だが、その言葉にいち早く反応したのはマリーではなくヘイムだった。



「おうおう、小娘!今は俺が先に受付してんだろうが!順番抜かしてんじゃねぇよ!」



 大人気なくも少女たちに絡み始めるヘイム。

 大の大人が少女たちを睨みつけて威嚇する態度に呆れ返るマリーであるが、少女が次に発した言葉には少々驚いた。



「あ〜、おじさん!俺たち、あんたに構ってる暇はないんだよね。どうせ物の姿を消すスキルしか持ってないじゃん。それだけじゃ、プロでは通用しないんだから諦めなよ!」



 ヘイムに睨まれようとも動じないメンタルと、表情から滲み出る自信。見た目は10代前半くらいだろうけれど、それを感じさせない風格が彼女にはあった。ヘイムも面を食らったような顔を浮かべていて、口をパクパクさせている。

 だが、それ以上に驚いたのは少女が的確に彼の能力を言い当てた事だ。



(この子……いったい……)



 突然の事で言葉が出ずにいると、怒りを露わにしたヘイムが少女に向かって声を荒げる。



「て……てめぇ!誰に向かって口聞いてやがる!」


「え……?俺、あんたに言ったつもりだったけど、聞こえなかったの?」



 その言葉はヘイムの怒りの炎に油を注ぐ様なものだ。

 こめかみに浮き出た血管から血が噴き出るのではないかと心配になるほど怒り心頭のヘイムは、少女を指差してこう告げる。



「バカにしやがってぇぇぇ!お前、俺と勝負しやがれ!その身をもって俺の実力を解らせてやる!!」


「え……別にけっこうですけど……」



 面倒くさそうに自分の顔の前で手を振って断る少女だが、ヘイムがそれを許すはずもなく少女をさらに睨みつけている。それに、彼が大声で叫ぶ姿に周りも興味を抱いており、すでに野次馬が集まり始めていた。

 金髪少女が連れ添った獣人族の少女も少し怯えているように見えるし、野次馬たちもざわつき始めている。



(このままでは収拾がつかなくなりそうね……面倒くさいわ……)



 そう懸念を抱いたマリーは、注目を集める為に受付台を強く叩くとこう告げた。



「皆さま、少し黙っていただけますか?スコールズさん、そんなに彼女と勝負したいならやればよろしいですよ。あなたも挑発したんだから異論はありませんね?」



 その言葉にヘイムは大きく笑みをこぼし、少女は大きくため息をつく。そんな二人を見て、マリーはその両眼を鋭く光らせた。



「お二方とも、裏にあるグラウンドに来てください。試験も兼ねて一本勝負といたしましょう。」

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